お邪魔虫夫人からの暗号。
「久しぶりですね、パドリック。」
「珍しい客だな。今日はどうしたんだ?」
マリウスは家に突っ込んできたセドリックと一緒に、シェアパード公爵邸を訪れていた。
「まずはお土産です。こちらをお返しします。」
朝早くに屋敷へ押しかけてきたかと思えば、「コレットが助けを求めている!」と勝手に騒ぎ出し、そのままシルベリアン公爵邸へ突撃しようとする。
それをどうにか取り押さえ、ここまで連行してきたのだ。
「うっ……くるじい……」
セドリックの体には縄がぐるぐる巻きにされており、更に首根っこを掴まれているせいか、息ができない状態になっている。
「はぁ……またか。おい、そいつをどこかに置いておいてくれ。」
パドリックは額に手を当てて首を横に振ると、後ろに立っていた従者に指示を出した。
「承知いたしました。」
従者はマリウスからセドリックを引き取ると、縄を解くことなくそのままずるずると連れていく。
「あ、兄上! 待ってください。俺も話を……」
引きずられながらセドリックは何かを言っていたが、見慣れた光景なのか、それを誰一人として止めようとはしなかった。
「はぁ……やっと静かになった。」
「いつもすまないな……普段はもう少しまともなんだが……どうもコレットが絡むと途端に知能が落ちるんだ。」
「ははははは……」
マリウスは扉の外へ連れて行かれるセドリックを見ながら、乾いた声で笑った。
バタン
扉が閉じると同時に、先ほどまでうるさかった室内が静けさを取り戻す。
自分が話を切り出すべきか考えていると、パドリックはバサッと一冊のノートを取り出した。
「……で、話とはきっとこれのことだろ?」
そのノートには『お邪魔虫夫人』と大きく書かれている。
「これは……?」
「俺の妻が“お邪魔虫夫人”のファンなんだ。いつも楽しそうに朝刊小説を切り抜いては、綺麗に糊付けしている。」
マリウスがノートの表紙をめくると、そこには朝刊小説の連載開始日から今日までの全ての記事が、一枚の乱れもなく丁寧に貼られていた。
「……で? お前が来たところを見るに、この小説を書いているのはコレット……ということか?」
(本当……この人と話すの苦手なんだよな……)
コレットとパドリックはいわゆる乳母兄妹だ。
パドリックが生まれてすぐ、パドリックの母の産後の肥立ちが悪かったこともあり、コレットの母が乳母として雇われることになった。
そのため小さい頃からよく一緒に行動していた。そして二人は、「本当に兄妹なのでは」と思われるほど考え方がよく似ていた。
特に二人が好んでいた遊びは、セリフ当てごっこだ。
『パドリック、あの二人の会話を当ててみましょ。』
『いいだろう。じゃあ、お前は女の方をやれよ?』
『わかったわ。』
そうして二人は、お茶会や夜会で隠れてはこそこそと会話を当てて大人を困らせていた。
『あの二人……これから修羅場ね。』
『そうだな……お互いに他に恋人がいるようだ。違う匂いをつけている。』
バチーン
『あっ、始まったわ!』
ちなみに、まだ五歳の時の話である。
周りの大人たちは「他にもっと楽しい遊びがあるのでは?」と何度も説得を試みたが、全く耳を貸さなかったらしい。
「流石ですね、パド兄。姉上のことは、てっきりパド兄が貰ってくれるものだと思っていたんですが……」
その言葉に、パドリックはこめかみをぴくりと動かした。
「いや、あいつとだけは結婚したくない。お互い熟知しすぎている。休まった気がしないだろう? それに俺には最愛の妻、ニコレットがいるからな……」
「おしどり夫婦で有名ですもんね。それで? この“お邪魔虫夫人”ですが……パド兄の仰る通り、姉上で間違いありません。ついこの間、夜会で姉上本人から聞きましたので。」
パドリックは目を見開いた。
一体何に驚いたのか……。
(一つしか思い浮かばないな……)
「あいつが夜会に出たのか? そりゃ雪か? 嵐にでもなるんじゃないか?」
「ならなかったので安心してください。それより、今回の回なんですが……この“羊飼いの財布”。パド兄なら何か意味をご存知なのではないかと……」
マリウスは今回の記事を開くと、“羊飼いの財布”と書かれているところを指さした。
パドリックはマリウスの指先を見つめる。
「あぁ~おそらく俺への言葉……というより、シェアパード公爵家に対しての言葉と言った方が正しいか。偽金貨を作っている奴らがいると言いたいんだろ。」
「……では、この小説の内容は本当なのですか?」
「そこまではわからん……だが、あいつのことだ。何かしら意図があるに決まっている。」
そう言うと、パドリックは組んでいた足を解き立ち上がった。
「ちょっと用事ができた。お前はお前で動け。まぁ、わかる範囲で構わん。お前もあいつの弟だ。何かしらわかるだろ?」
(いや、わかっていたら来てないんだが……)
パドリックは言いたいことだけ言うと、そそくさと部屋を後にした。
残されたマリウスは、小さくため息を吐く。
「本当……姉上といい……パド兄といい……もっと話がわかりやすい人はいないものなのか……」
その声は誰にも届くことはなかった。
「これなら、わかりやすいセドリックと父上を相手にしている方がマシだな……」
***
「皆さん、今日のお話は読みまして?」
「もちろんですわ。」
サロン内――
ご婦人やご令嬢は、自分が持ってきたノートを高々と掲げた。
一人一人が朝刊小説の内容を忘れないようにと、一つにまとめているらしい。
そのノートには、それぞれ個性が出ていて面白いものがある。
「この“羊飼いの財布”ですけれど……なんだか意味がありそうですわよね。」
「今回もそうですわ。たしか、亜鉛鉱石でしたっけ……? それにフレンチ男爵のお父さんの話も気になりましたわね。“とある男”の名前を聞いて顔色を変えるんですもの……」
「これからどうなっていくのか楽しみでなりませんわ。」
「次週の小説は色々見えてきそうですわね。」
「早く週末終えてくれないかしら~。」
朝刊小説が刊行されるのは月曜から金曜までの五日間。週末はお休みとなっている。
「「本当ですわね~。」」
それぞれ思いの丈を話し終えると、また来週にという約束だけして帰路へ着いた。
一方、何も知らないシルベリアン公爵は――
「ハハハ、こんな簡単に亜鉛鉱石が手に入るとは思わなかったな……」
「そうですね……これで国が混乱するのも時間の問題です。もうすぐこの国は貴方様のものですね……アデラール様、いえ、アデラール次期国王陛下。」
「そうだな……これで父の夢も叶えられよう。本当にお前のおかげだ……ジャッセル侯爵。私が次期国王となった暁には、君を宰相に任命する。」
「ええ。そのためにも、まずはこの国を混乱させねばなりませんな……」
ガタンッ
「「誰だ!?」」
二人が扉の外へ向かって声を発すると、外から小さな悲鳴が聞こえた。
「ひっ……」
その日、偶然その部屋の前を通りかかった一人の侍女。
その侍女の姿を見た者は、この日を最後に誰もいなかった。




