胡椒売りのコレット。
「お邪魔虫夫人の朝刊小説、読みまして?」
「えぇ、読みましたわ……今回の新作も良いわよね。しかも毎朝少し進んでいくでしょう?まるで自分が主人公になってしまったような気持ちになりますわ。」
「噂ではお邪魔虫夫人の出来事をモデルにしているのだとか……」
「そうなんですの!?それは……ますます気になりますわね。お邪魔虫夫人……いつかお会いしてみたいですわ……。」
「「「ですわねぇ~。」」」
***
「暇ねぇ……」
早朝――
昨夜早く寝てしまったこともあり、日が昇ると同時に目が覚めてしまったコレットは、持ってきていた一冊の本を取り出した。
トランクケースの中を見るが、それ以外の本は入っていない。
「本当はもっと持っていきたかったのに……お父様が止めるから……」
ため息を吐きながらトランクケースから荷物を取り出していると――
ぐぅぅ~
コレットのお腹が音楽を奏で始めた。
「そういえば……昨日の朝から何も食べてなかったわね……」
相手はこの国の国王と従兄弟でもあるシルベリアン公爵家。
豪華な結婚式を見越して、食事も用意されるだろうと思っていたのだが、コレットの思惑は全て外れていた。
(これなら……昨日の朝食もちゃんと食べておけばよかったわ……)
コレットはお腹をさすりながら辺りを見渡す。
だが、この離れにキッチンはおろか、食べ物は一切置かれてはいない。
「今思えば……公爵様が国王すら結婚式に呼ばないのはおかしな話よね。」
今回の結婚式――
急に決まった結婚ということと、相手からの願いで大々的なお披露目の場は設けられなかった。
貴族同士の結婚である以上、国王への届出は必ず必要になるのだが……
「これも……『名前を貸してほしい』に関係してるのかしら……」
コレットは、ベッドから起き上がると、ハスキーの言葉を忘れるように首を横に振った。
「今は考えるのはやめましょ。それよりも、食べるものよね……それと、これからどうしていくか考えないと……」
あるものといえば、コレットが作った藁のベッドと、コレットが持ってきたトランクケース一つのみ。
料理に役立つものはひとつもない。
「とりあえず……ここから一番近い街に行ってこれを売るしかないわね……」
コレットはトランクケースの中から小袋を取り出した。
中には伯爵家の名産でもある胡椒がびっしりと詰まっている。
父が今まで何度騙されてきても、何とかなってきたのには理由があった。
その一つがこの胡椒だ。
借金が増え続け、伯爵家としての仕事だけでは太刀打ちできなくなってきた頃、コレットが胡椒の実を見つけてきたのだ。
初めての調味料に、国全体が激震した。
胡椒の実が栽培されるのは、ボルダコリー領のみ。
そのお陰で高値で取引ができるというわけだ。
「これならそれなりの値段になるでしょ。数ヶ月は持つはずだし、その間に今後の身の振りを考えないと……」
コレットはトランクケースから小さな鏡と、シンプルな白と水色を基調としたワンピース、化粧品を取り出した。
そして、鏡を見ながら自分の顔に化粧を施していく。
「こういう時は地味な顔に感謝だわ。」
ファンデーションで綺麗にそばかすを隠すと、アイシャドウ、アイラインの順番に慣れた手つきで作業を続けた。
一重は二重に見えるように、糸を使ってまぶたを持ち上げる。
少ない下まつげは細い筆で足していく。
そして、紅を頬に乗せ薄く色づかせれば完成だ。
「うん……いい感じ。これなら、ハスキーたちにもバレずにすみそうね。」
周りからは残念そうに思われる顔だが、コレットはこの顔をいたく気に入っている。
化粧映えがするお陰でどんな自分に変装をしてもバレないからだ。
そのおかげで、今まで町娘として王都をふらついていても、貴族の娘とバレたことが一度もない。
コレットは髪を三つ編みにすると、スカーフをリボン代わりに頭に結んだ。
(……と言っても、昨日の感じじゃ私の顔すら覚えてなさそうだけど……)
そして、トランクケースを藁の中にしまい込むと、そのまま離れを飛び出した。
「ま、眩しい……」
薄暗い部屋の中にいたからか、陽の光がやたらと眩しく感じる。
コレットは反射的に目を閉じると、空気を深く吸い込んだ。
「森の中のおかげか空気が綺麗ね。」
小鳥のさえずり、川のせせらぎ――
昨日は疲れもあってそれどころではなかったが、住むにはいい所なのかもしれない。
まぁ、目の前にある離れが、ちゃんとした家であれば……の話だが……。
「まっ、住めば都と言うし……お父様のおかげで逆境には慣れてるわ。」
コレットは目を開けると一歩を踏み出した。
「――って、街はどっちかしら……?」
***
「父上。本当に姉上を嫁に出してよかったんですか?」
「嫁に出すも出さないも……ないだろ?相手は公爵家だ。断れるはずがない。」
その頃――
マリウスは馬車の中で、父であるマーティスと顔を合わせていた。
「そうですが……。仮にも公爵家と伯爵家の結婚式。急いで行ったのもあるかもしれませんが、それにしても……」
「わかっている。」
マーティスはマリウスの言葉を遮ると、窓の外を眺める。
どうやらそれ以上は口に出すなということらしい。
マリウスは小さくため息を吐くと、父と同じように外を眺めた。
そっくりな顔がガラス越しに映る。
(シルベリアン公爵家か……)
今の代になってからのシルベリアン公爵家にはいい噂がなかった。
十二歳という若さで公爵家を継承。
その後、数回結婚するが、長くは続いていなかった。
それどころか相手の女性は結婚してしばらくすると、行方をくらましているのだという。
(まぁ、姉上のことだから大丈夫か……。)
好奇心旺盛でありながら、興味のないことはとことん興味を示さず……
夜会などに行っても、わざと地味な化粧を施して壁の花となっているコレット。
母に似て、化粧映えのする綺麗な見た目をしているはずなのだが、結婚相手を見つけようともせず……人を観察するだけ。
(まぁ、それも父上のせいか……)
コレットが心配ではないと言えば嘘になる。
だが、マリウスにはコレットなら大丈夫だと言う、妙な確信があった。
(生命力は雑草並だからな……)
マリウスは、ガラス越しに父を見ると、バレないようにため息を吐いた。




