結婚早々離れ送りになりました。
「先月発売された『お邪魔虫夫人』の新刊、お読みになりまして?」
「発売されてすぐ買いましたわ。わたくしも大ファンなんですの。」
「話が現実離れしていなくて、読んでいて飲み込まれてしまいますのよね。」
「「分かりますわぁ~……!」」
貴族女性たちが集まるサロンで一際人気を集めている小説家がいた。
「なんでも、お邪魔虫夫人が朝刊小説を掲載するそうですわ。」
「わたくしも小耳に挟みましたわ。確か来週からスタートですわよね。」
「あら……それは楽しみがひとつ増えましたわ。」
貴族女性たちは紅茶を片手に、その作者について盛り上がっていた。
今やその作者の名を知らぬものはいない。
「お邪魔虫夫人の新作、早く読みたいですわ~」
「「そうですわね~」」
サロンにいた声が重なった瞬間だった。
***
「コレットと言ったか……。君には森の奥にある離れを用意した。そこから一歩も出るな。」
「はぁ……外に出るな……ですか?」
コレットは目の前にいる男に首をかしげた。
見目麗しい男の横には、これまた見目麗しい女が、男にもたれかかりながらこちらを見ている。
(私……結婚したはずじゃ?)
数時間前、コレットは小さな教会で結婚式をあげたはずだった。
それも目の前の男と……だ。
「そうだ。私は君に興味がない。興味があるのは君の名前だけだ。もし外に出るのであれば、必ず私の許可を取るように。わかったな?」
「はぁ……その……そちらの方は……」
コレットが女性を見ると、結婚したはずの男はカッと顔を赤くし、こちらを睨みつける。
(誰か聞いただけじゃない……)
そんなに怒ることなのか……
「君には関係ない……が、君が私の大事な義妹に手を出したりしたら大変だからな……念の為に伝えておこう。この子はアリス。私の義妹で、私にとって何よりも大切な存在だ。」
(義妹ね……義妹がいるなんてお父様言っていたかしら……?)
――二週間前。
「コレット。お前に話がある」
コレットが書斎で読書をしていると、父であるマーティスが乗り込んできた。
「……話ですか?」
(またろくでもない話だわ……)
父が乗り込んでくる時はいいことがない。
突然縁談を持ってきたかと思えば、相手が薬の売人と繋がっていたり……
良い商売に誘われたと笑顔で帰ってきたかと思えば、借金だけ置いて相手がいなくなったり……
後妻になる人だと連れてきた人には家を乗っ取られそうになったり……
要するに騙されやすい人なのだ。
まぁ、人に優しい、いい人ではあるのだけど……
(いい事では無さそうね……)
コレットは小さくため息を吐く。
そして、本から顔を上げることなく耳だけ傾けていると、マーティスが勝手に話を続けた。
「ククッ……ついにお前に縁談が来たぞ。良かったな!!」
(やっぱりね……)
何回聞いたか分からない縁談という言葉。
マーティスは気づいているのか分からないが……
何度も繰り返した縁談と破談のお陰で、コレットはいつからか“貴族会のヴィンテージレディーン”と呼ばれるようになっていた。
(ヴィンテージワインと掛けるなんてよく考えたものよね。)
「縁談……ですか。」
「と、言うよりも……縁談を通り越して結婚だ!!良かったな。遂にお前も結婚だ……グスッ……このままずっと結婚出来なかったらと思うと気が気ではなかったのだぞ……」
(結婚できないのはお父様のせいですけどね……)
コレットはパタンと本を閉じるとマーティスを見た。
突然笑ったかと思えば今度は泣き出すマーティス。
情緒不安定にも程があるだろう。
(あの時のお父様……面倒だったわね……)
「まぁ、こんなオチだろうとは思っていたけど……」
コレットは二人に視線を戻した。
「コレット。いやヴィンテージレディーンと呼ばれる君を貰ってやったんだ。ありがたく思え。」
(別に私は一人でよかったんだけど……)
「よろしくお願いいたします。コレットお義姉様。私ずっとお義姉様が欲しいと思っていたのです。仲良くしてくださると嬉しいですわ。」
アリスは、コレットを見つめると、小さく鼻で笑った。
(あれは……バカにしているわね……)
コレットは昔から目立たない容姿だった。
頬にはそばかす。
ストレートではないウェーブの癖っ毛。
熟したぶどうを思わせる赤紫の髪色は貴族らしい華やかさから程遠い。
(まぁ、慣れているからいいのだけど……)
唯一自慢できる翡翠の瞳も地味な容姿に埋もれてしまっている。
コレットはバレないように、口角を上げて微笑んだ。
「そうですか……。わたくしも義妹ができて嬉しいですわ。それでは、わたくしは疲れましたのでこれで。」
「え~っ。もう行ってしまうの!?私、まだお話したいわ!」
アリスは風船のようにプクっと頬を膨らます。
ブロンドの髪色に綺麗なストレート。
(こういう子がやるから可愛いのね。)
コレットはアリスの隣から感じるうるさい視線を頭の中で追い払う。
「申し訳ございません。また今度お茶会でもいかがでしょう。美味しいお茶を用意しておきますので……」
「約束よ!?」
「はい……約束です。」
コレットは短く返すと、離れへと向かった。
***
「やっと……着いた……?」
真っ白なドレスのまま、森の中を彷徨うこと数十分。
家のようなものがチラチラと見え隠れする。
「こ、れが離れ?」
丸太を積んだ小さな小屋。
人が数人入れば壊れてしまいそうなほど小さいそれは、ただの物置にしか見えない。
試しに中に入ってみると……
「藁しかないじゃない……藁だけに笑えないわね……」
コレットの声が、小さい小屋の中に木霊する。
しかし、その言葉に誰かが返すことはない……
(誰か使用人を家から連れてくるべきだったかしら……)
「まっ、今更何言っても仕方ないわ。」
コレットは持ってきたトランクケースを下に置くと、ビリビリッと着ていたウエディングドレスを引き裂いた。
「ふぅ、これで少し歩きやすくなるかしら。」
「まずは寝床の確保ね!」
藁を一つにまとめると、その上に破いたウエディングドレスを被せる。
「一回やってみたかったのよね。」
本でよく見かける藁のベッド。
寝心地はどんなものなのか、ずっと気になっていたのだ。
コレットは破けたウエディングドレスを脱ぐと、持ってきていたワンピースに着替えた。
そして――
ドサッ
音を立てながらベッドに大の字で寝転がった。
「はぁ~幸せぇ。やっぱりこっちの方が楽ねぇ。」
天井を見つめながら、これからのことを考える。
「寝床はとりあえずこれでいいとして……これからどうしましょう。実家に帰ってもバレなさそうだけど、お父様が騒ぎ出しそうだし……それはそれで面倒よね。」
「なんか名前だけ貸してほしいとか言ってたっけ?何に使うつもりかしら……」
父を見ていれば名前を貸して大変なことになることはよくわかっている。
契約書に名前を書いて借金を背負わされている姿を何度も見てきたからだ。
「変な使い方じゃなきゃいいけど……」
「っていうか名前……そういえば聞いていなかったわね。」
シルベリアン公爵家の家名は覚えている。
だが、下の名前は覚えていなかった。
「まぁ、分からなくても支障は無さそうだし……このままにしましょうか。あっ、ハスキーとでも呼んでおこうかしらね。」
コレットは大型犬のハスキーを思い出してクスリと笑った。
「そうだ!あの人はハスキーで義妹の方はポメラニアンにしましょう。決まり!!とりあえず今日は疲れたし……明日考えましょう……」
コレットはそのまま目を瞑ると、いつの間にか夢の中へと落ちていった。




