羊飼いの財布。
「今週の朝刊小説見まして!?」
王都にある高級サロン――
ここでは週に一度、貴夫人たちが集まることが恒例になりつつあった。
誰かが声をかけたわけではない。
ただ同じ話題で集まっている間に、人が人を呼び、このような状態になったのである。
「えぇ、見ましたわ。まさかの偽金問題ですって……」
「夜会のこともありましたし、わたくし旦那様に相談してみましたの。」
「あら、あなたも? 実はわたくしも……」
誰かの言葉に、サロンに集まっていた人たちが頷いた。
「やっぱり? わたくしも旦那様に相談しましたら、たまたまご一緒していた義弟のセドリック様が血相を変えて飛び出してしまわれたんですの。何事もなければよいのですけれど……」
「「「本当ねぇ~……」」」
***
ドタドタドタ
「マリウス! 大変だ!!」
ボルダコリー伯爵邸――
マリウスが朝食を食べながら朝刊を読んでいると、忙しない足音がダイニングルームへと向かってきた。
(全く……姉上といい、父上といい、セドといい……もっと静かにできないのか。)
マリウスは朝刊から視線を外すことなく、空いた手でコーヒーを手に取った。
(この苦味がちょうどいいんだよな……)
数年前、マーティスが何度目か分からない詐欺に遭ったとき、コレットが胡椒と一緒に見つけた飲み物だ。苦味が強く、人を選ぶ味ではあるが、マリウスはすっかりその味の虜になっていた。
「はぁ……この時間が一番いいな……」
マリウスが風味を味わいながら、ぺらっと朝刊を一枚めくる。
刹那――
バンッ!
ダイニングルームの扉が勢いよく開いた。
「ハァ、ハァ、ハァ……見つけたぞ! マリウス……」
マリウスは扉の方を見ることなく、そのまま朝刊を読み続けた。
「こんな朝早くに何があったんだ。セド……」
セドリックはずかずかとマリウスに近づくと、持っていた朝刊をバンッと机の上に叩きつけた。
「これを読んでくれ! 俺の想いがやっとコレットに伝わったんだ!」
「……」
(こいつ……何か変なものでも食ったのか?)
マリウスは朝刊の隙間からちらりとセドリックを見る。
すると、そこには――
頬を赤く染め、恋する乙女のような顔をしたセドリックがこちらを見ていた。
(本気……か?)
そもそもコレットがそんなロマンチックなことをするだろうか。
マリウスは、生まれた時から一緒にいる姉を想像してみる。
『姉上……何をされているのですか……』
『本に書いてあったから試しているの。お父様が次騙されたら……この家の家計も火の車になるし、何かいい策はないか……ってね。』
『姉上~! 今日は縁談が……またそんな地味な格好を……』
『着飾った姿なんか見せたって仕方ないじゃない。これが私なんだから、これが嫌なら縁談なんてお断りよ!』
頭の中に出てくるコレットは夢見がちな少女ではなく、現実主義の少女ばかり。
(姉上に限ってそんな事……いや、ないな……)
「セド……お前は何か勘違いしてるんじゃないか? 姉上が……」
「姉上が誰かを好きになるなんてあり得ない」と言おうとした、その瞬間――
セドリックが声を張り上げた。
「勘違いなどしていない。コレットには今まで何度も俺の気持ちを伝えてきたんだ。伝わっていないわけがないだろう?」
「……いや……」
(それが伝わらないのが姉上なんだが……)
だが――セドリックを見ていたら言葉を続けることができなかった……。
「それで? 姉上は何と言っていたんだ?」
マリウスはセドリックが持ってきた朝刊を手に取り、小説が掲載されているページを開く。
すると、セドリックは横から小説を覗き込んだ。
そして文字をゆっくり指でなぞる。
「ほら……ここだ!!」
―――――
羊飼いが街におりてくると、そこには財布が落ちていた。
その中にはたくさんの金貨が詰まっている。
羊飼いは神様からのプレゼントだと思い、その財布を自分の懐へしまった。
―――――
「『羊飼いの財布』と書いてあるだろ? きっと昔よく一緒に花冠を作った白い花を指しているんだ。『シェパード・パーズ』とも言うしな。つまり、『羊飼い=俺』『財布=心』。『あなたに心を預けます』という意味で間違いない。」
「……」
(たしか、今週の回は偽金貨についてだったか。)
「まぁ、その話は一旦置いておいて、お前が朝刊を持っていること自体驚きだな。」
セドリックは決して頭が悪いわけではないし、仕事ができないわけでもない。それに腕っぷしも確かだ。
欠点を一つ挙げるとすれば、脊髄で行動するということだろうか。
そのせいか、じっとして文字を読むのが苦手だった。
いくら『お邪魔虫夫人』がコレットだとしても、朝刊を手に取ることはあまりしないだろう。
「たまたま兄上と話していたら義姉上が来てな。朝刊小説の話をしていたんだ。」
お邪魔虫夫人の連載小説には、週ごとにテーマがある。
物語の主人公が変わるわけでもないし、大枠のストーリーが変わるわけでもないが……色々と事件などが起きたりするのだ。
たまに一週間では終わらず二週間続くこともあるが、毎日少しずつ話が進んでいく。一話あたり二十分もあれば読めることから、貴婦人たちにも人気なのだろう。
「なるほど……それで思い出した……というわけか。」
マリウスはこめかみに手を置くと、ぐりぐり揉んだ。
セドリックと幼馴染ということは、その兄であるパドリックとも必然的に幼馴染となるのだが、マリウスはパドリックがあまり得意ではなかった。
(姉上二人を相手にしているみたいで嫌なんだよな……)
マリウスは少し考えてから、小さく息を吐く。
「いや、ダメか……パド兄にも連絡を取るしかないな……」
(今頃、嫌な顔を浮かべてそうだ……)
「おい、それよりも俺の愛は……!?」
「その話は直接姉上に聞け!」
「えっ!? やっぱりそういうことか……マリウス。俺がお前の兄になる日も近いな!」
マリウスは勘違いしているセドリックを適当にあしらうと、冷めたコーヒーを飲み干し、パドリックのところへ向かった。
兄になるには、一度今の結婚をなかったことにしなければならないのだが……。
(気づいていないだろうな……)
マリウスは深く息を吐いた。
その頃、コレットは――
「奥様。今日はこちらのケーキをご用意いたしました。レアチーズケーキというものです。」
「あら、美味しそうね。それよりも、最近アディをあまり見かけないの……一体どこに行っているのかしら……?」
「さぁ……それよりも、外の向日葵が見頃です。今はお茶を楽しみましょう。今日は向日葵に合わせて黄色のドレスなどいかがですか?」
「それはいいわね! 絵描きを呼んでちょうだい。向日葵の中でお茶を飲むわたくしをぜひ描いていただきたいわ。」
「承知いたしました。」
アリスの機嫌を損ねぬよう、侍女を演じるのだった。




