冷たい金貨、冷たくない金貨。
「えっ?偽物……ですか?」
トニーは信じられないのか、コレットが持っている金貨を見て首を傾げた。
(急に偽物と言われても信じられないわよね。)
「トニー。ここに金槌ってないかしら?」
「金槌……ですか?」
トニーは棚の下に置いてあった金槌を取り出すと、机の上に置いた。
「あるにはありますけど、一体何に……って、」
コレットはトニーの前に偽金貨を差し出した。
どうやらコレットが何をしたいのか分かったらしい。
(察しがいいわね。)
「ま、まさか!?」
トニーは胸の前でぎゅっと金槌を抱え込む。
「そう、そのまさかよ。ほら早く、それを貸してちょうだい。物は試しと言うでしょ?」
コレットは手のひらを上にして、指をクイクイッと曲げた。
「そ、そんな罰当たりなこと……」
しかし、トニーはなかなか金槌を手放そうとはしなかった。
金貨には、この国を象徴する初代皇帝が飼っていたとされる犬の顔が彫られている。
そんな金貨を割ることなど、トニーにはできなかった。
「罰当たりかどうかは叩いてみたら分かるから。それに、私がやったことにすればいいのよ。ねっ?」
「『ねっ?』じゃないですよ! ここにいる時点で巻き込まれています。もし巻き込むつもりがないなら、他所でやってくださいよ!」
「大丈夫、大丈夫! 私を信じて? ほら、この瞳、嘘をついているようには見えないでしょ?」
何度言っても首を縦に振ろうとしないトニーを見て、コレットは自分の瞳を指しながら、ぐいっと彼に顔を近づける。
「ひぃ……近いです……分かりましたから! ですが、私が見ていないところでやってくださいね。私は後ろを向いていますから。」
トニーは涙目になりながら金槌を渡すと、くるりと背中を向けた。
(そんな涙目になるほどのことかしら……)
そして、トニーが後ろを向いたのと同時に、コレットは金槌を振り上げると、迷いなく金貨へ振り下ろした。
ガンッ――
金貨と金槌がぶつかる音が響く。
パキッ
「……えっ?」
トニーが振り向いた。
(気にはなっていたようね。)
「……やっぱりね。」
机の上に置かれた金貨の表面にひびが入り、剥がれ落ちた金の下からは、黄色味の強い金属が顔をのぞかせた。
「こんな簡単に……」
「割れるわけがないでしょう?」
コレットはトニーの言葉を遮った。
金貨が本物であれば、傷が付くかへこむ程度。
こんな簡単にひびが入るわけがなかった。
「ここを見てちょうだい。」
ひびの入った部分が、徐々に酸化して茶色く変色していく。
「……これは?」
「金貨じゃないわ。金なら酸化して変色したりしないもの。それに、本物よりも軽いし、何より舌に乗せた時に冷たくなかった。」
以前、本で読んだことがあった。
金は他の金属よりも熱を伝える速度が速いと……。
「冷たくない……とは?」
トニーは首を傾げる。
「金だったら……舌に乗せるとヒヤッとするのよ。」
「は、はぁ……」
「あっ、信じてないわね? だったら、トニーも試してみてちょうだい。ほら、この金貨貸してあげるから。」
コレットは、机の上に置かれた割れた金貨とは別に、袋から本物の金貨を取り出した。
そして、トニーの前へすっと差し出す。
「はい! これ、本物と偽物よ? 両方舐めてみて。」
「本気ですか!?」
「こんなことで嘘つくわけないでしょ? ほら、早く!!」
ゴンッ
「いたっ……」
トニーはコレットから逃げようと少しずつ後退していたが、後ろにあった壁へ背中を打ち付けた。
「自分で舐められないなら、私が口の中に入れるわよ。」
「ま、ま、待ってくれ! 自分で舐める! 舐めるから――」
コレットはがしっとトニーの顎を掴むと、口を無理やり開き、金貨を突っ込んだ。
「むぐっ!」
「いいから早く舐めていなさい。」
コレットが険しい顔つきでトニーを見つめる。
トニーは意を決して金貨を舐めた。
刹那――
カランッ
口の中から金貨を落とした。
「……冷たい……ひんやりする。」
コレットは目を細め、得意げに微笑んだ。
「ふふっ……でしょ? じゃ、次はこっちね。」
そして、呆けた顔をするトニーの口の中へ、偽物の金貨を放り込んだ。
「つ、冷たくない……」
「そういうこと。金は冷たくなるけど、こっちは偽物だから冷たさを感じないの。恐らく銅と亜鉛を混ぜたのね。昔、似たような事件が他国であったのよ。」
「他国で……ですか?」
「そう。本で読んだだけなんだけどね……」
今から五十年前、隣国マグナクーニア皇国では偽金貨が国内に出回ったことがあった。
その時に使われたのが銅と亜鉛だ。
この二つを混ぜ合わせることで、綺麗な黄金色へと変わる。
(ぱっと見、そこまで変わらないから気づかないのよね。)
それどころか――
「色合い的にはこっちの方が綺麗だから、騙される人が多かったらしいわ。恐らくこれも……」
コレットは割れた金貨を指で弾くと、
「同じ手口を使っているんだと思うわ。」
ここまで話して、やっと事の重大さに気づいたのか、トニーは顔を青くした。
「それって……かなり危ない状況なのではないですか……!?」
「そうね……このまま偽金貨が出回れば、大変なことになるわ。」
「大変なこと?」
「ええ。まず始めに市場が混乱するわね。金貨そのものが信用されなくなる。商人は受け取りを渋るようになるでしょうし、本物の金貨を持っている人は手放さなくなると思うわ。トニーだって『偽物が出回っている』と言われたら、一瞬疑ってしまうでしょ?」
トニーは黙り込んだ。
「確かに……そうですね。もし、金貨で支払いをする人がいたら、疑ってしまうかもしれません。」
「そういうこと。それに、下手をすれば他国との交易にも影響が出る。この国の貨幣そのものが信用されなくなれば……外交問題に発展する可能性だってあるの。」
「ですが……金貨だけですよね? 白金貨など、ほかの貨幣は大丈夫なのでは?」
この国には貨幣の種類がいくつか存在する。
その中で一番価値の高い硬貨が白金貨に当たる。
だが、白金貨は国同士の取引で使われることはあっても市場に出回ることはないし、王族が一枚一枚管理している。
(偽物を作るなら、皆が知ってるものじゃないと意味がないのよね。)
コレットは頬杖をつくと、もう片方の手でコツ、コツと机を叩いた。
二人の間には時計の針の音が響く。
「例えばよ?」
コレットは机に置かれているインクを目の前へ置く。
「このインクを『新商品です』って言われたとするじゃない? あとから『偽物です!』って言われたらどう思う?」
「『偽物だったの?』ってなりますね。」
「それは何故かしら。」
「本物を知らないか、ら……」
トニーははっと息を呑んだ。
「どうやら分かったようね。白金貨は、お貴族様でも簡単に手にできるものではないわ。だから偽物を作ったところで市場に出回ることはない。」
「でも……金貨は違う。」
コレットは深く頷いた。
「市場でも、お店でも使われる。しかも貴族は一度に何十枚と動かすでしょう? その中に一枚混ざっていても、気づける人なんてほとんどいないわ。」
金貨が出回ると言っても、平民の間で出回ることはほとんどない。
あっても商人や金持ちくらいだろう。
「誰もが知っていて……誰もが使うもの……だから偽物の意味があるということですね?」
コレットはひびの入った偽金貨を、ころりと指先で転がした。
「そういうこと! だから金貨が狙われたの。偽物を一枚混ぜるだけで、人は次の一枚も疑うようになるでしょ? さっきトニーが言っていたように……ね?」
「なるほど……」
「怖いのは偽金貨じゃないわ。信用を失うってことなの。」
カラン。
転がった偽金貨が壁にぶつかる。
そして、その音がまるで合図とでも言うように、コレットは微笑んだ。
「さっ、ここからはお邪魔虫夫人としてお話しましょう。あなたにしか頼めないお願いがあるのよ。」
コレットは先ほどまでの真剣な表情を消し、いたずらを思いついた子どものように笑った。
――一方その頃、何も知らないアデラールは、机の上に積まれた金貨を指で弄びながら、一人ほくそ笑んでいた。
「クッ……クク……クハハハハ!! これで、この国は俺のものだ……」
扉越しに笑い声を聞いた従者たちは、そそくさとその場を後にした。
「関わらない方がいいな……」
「あぁ、聞かなかったことにしよう……」
従者たちが離れたあとも、執務室からはアデラールの笑い声が響き渡るのだった。




