連絡は朝刊で。
王宮近くのサロン――
そこには今日も数名の夫人や令嬢たちが顔を合わせていた。
「今日の朝刊小説……凄かったですわね。」
「ですわよねぇ~!段々ハスキー公爵とポメラニアン令嬢の性格が見えてきましたものね。」
「そうそう、わたくしが先日参加した夜会で似たような出来事があったのですけれど……」
「それ、わたくしも見ましたわ。」
「「「もしかして……」」」
「「「王宮の夜会!?」」」
その場にいた全員の声が重なった。
***
「父上……と、セドリック……」
「……どうした。そんなに慌てて……」
ボルダコリー伯爵邸――
マリウスが王宮での夜会を終えて急いで帰宅すると、マーティスとセドリックが楽しそうに赤ワインを飲んでいた。
(こいつら……俺の気も知らずに……)
マリウスは頬の赤くなった二人を見据えると、手をぐっと強く握る。
しかし、二人はそんなこと気にもとめずに話を始めた。
「それで、そんなに慌ててどうしたんだ?」
「いや、『どうしたんだ?』じゃないだろう。セドも父上も夜会には行かなかったのですか?」
王宮での夜会には十七歳以上の貴族全員の出席が求められている。
もちろん体調不良やどうしても外せない予定があれば別だが……
「あぁ~……少し体調が優れなくてな……」
マーティスは手元の赤ワインをゆらゆらと揺らした。
(どう見ても体調が悪いようには見えないが……?)
「俺もどうしても外せない予定があったんだ……」
そして、それを真似するようにセドリックもグラスをゆっくり回す。
(予定って……ここで酒を飲むことか!?)
マリウスは二人を交互に見ると、額に手をあてて深く息を吐いた。
(まぁ、二人がいなくてよかったと思うべきか……)
マリウスは従者が用意してくれた水を一気に飲み干すと、夜会であったことを話し始めた。
「姉上が夜会に来ていました。」
「そうか……って……えっ!?」
ガシャンッ
マーティスは持っていたグラスを勢いよく落とした。
テーブルから床に向かって赤ワインが滝のように落ちていく。
(連絡が取れないと心配していたし無理もないか……)
マリウスは近くにいた侍女に赤ワインを拭くように指示を出すと、その間にマーティスが動き出す。
「コレットが……夜会だと!? 今まで『熱がある』『ドレスを買うのが面倒』『お金がもったいない』って、一度も来なかったあいつが!?」
「驚くのはそっちか!心配してたんじゃないのか!?」
マリウスは思わず声を荒らげると、今度はもう一人の男が立ち上がった。
「……って、お前はどこに行こうとしている!」
扉の外に向かおうとしているセドリックの肩を掴む。
「離せ!俺は今からコレットを迎えに行くんだ。」
「いや、待て待て待て。話は最後まで聞きなさい。」
「うるさい!俺はシェアパード公爵家の次男だぞ。王宮くらい今すぐ入れる!」
「いや、嫡男でもなければ公爵でもないだろう。そもそも姉上がまだ王宮にいる保証もない。お前も知ってるだろ?姉上が同じ場所でじっとしていられると思うか?」
「むっ……た、確かに……」
「まだ話は終わっていない……頼むからここに座ってくれ。」
マリウスが空いた席を指差すと、セドリックは『仕方ない……』とでも言うような顔で座り直した。
ようやく部屋に静けさが戻る。
トン、トン、トン
一定のリズムで机を叩くセドリック。
その様子からはコレットを心配している様子が伝わってくる。
(こいつ……本当に姉上の事が……?)
それに反して、マーティスは落ち着いた様子でグラスに赤ワインを注いでいく。
(いつの間に……新しいグラスを……)
マリウスが二人の真反対な動きを観察していると、重苦しい空気を断ち切るようにマーティスが声を発した。
「それで……?コレットは何をしていた……」
「……いつも通り、壁の花に徹していました。その後すぐにどこかに消えてしまいましたが……」
マリウスは小さく首を振り、ため息を吐いた。
コレットをなんとか夜会へ連れて行っても、自分から誰かに話しかけることはない。
それどころか、コレットは誰かと話すより、人間観察をしている方が好きだった。
『あの方とあのご婦人は……不倫しているわね』
『あの二人は好き合っているけど、なかなか思いを伝えられないみたいよ』
『マリウス。あの人の裏を探ってみてちょうだい。きっと面白いものが見られるわよ。』
(結婚して大人しくなったと思ったんだがな……)
「なんだ、いつも通りじゃないか。」
マーティスはもっと楽しい話が聞けるかと思っていたのだろう。
いつもと変わらないコレットの行動に目を細めた。
「いや、父上。いつも通りということはコレットにとって相手の男は眼中に無いということだぞ!それはいいことではないか。」
それとは対照的に、満面の笑みを浮かべるセドリック。
正直、なぜコレットのことをここまで好いているのか分からない。
(いつの間にか父上と呼んでいるし……)
二人の真逆の反応に、マリウスはため息しか出てこなかった。
「そう言えば姉上から伝言があります。『私のことは当分放っておいて欲しい。連絡は朝刊を見てくれ』との事です。」
「「朝刊……!?」」
二人は目を合わせた。
コレットが何を伝えたいのかわかったのだろう。
「やはり、あの小説か……」
「お邪魔虫夫人がコレットだったということか……」
二人の声が重なる。
(なんだ……俺より親子みたいだな。)
マリウスはそんな二人を他所に、本日の朝刊小説へと目を向けるのだった。
―――――
朝刊小説
『ポメラニアン番の公爵夫人』
作者:お邪魔虫夫人
結婚初日。
公爵夫人となったコリーは突然姿を消した。
―――――
冒頭を読んだだけで、頭を抱えるマリウス。
(嫌な予感しかしない……)
朝刊から顔を上げると、ワインを飲んで眠気が来たのかマーティスとセドリックがこくり、こくりと船を漕いでいた。
「これからも振り回されそうだな……」
マリウスの声は誰にも届くことはなかった……




