ネタは自分の足で集めるものです。
王宮内の廊下――
コレットは周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、空いている部屋にサッと入った。
「いつも何に使うのかと思っていたけど……こういう時便利よね。」
夜会には休憩室という個室が準備されていることが多い。
ほとんどの貴族は使うことはないのだが、稀に体調を崩したり、酔ってしまった人が休む場として使われていた。
コレットはいつも持ち歩いているトランクケースから、王宮で働く侍女の制服を取り出すと、パパッと着替えた。
「いい感じね。これならバレなさそうだわ。」
いつものウィッグを外し、貴族に多い金髪に近いブラウンのウィッグへ付け直す。
王宮で働いているのは貴族令嬢の三女や四女が多いため、これならバレないだろう。
夜会用の派手な化粧は落とし、そばかすを隠す程度に整える。
「下手に目をつけられると厄介だものね……」
コレットは鏡の前でくるりと回った。
「うん、完璧!それじゃ……戻りましょうか。」
コレットは扉を少し開けて周囲に誰もいないことを確認すると、部屋の外へ出た。
そして何食わぬ顔で、夜会会場へ戻ると、他の侍女たち同様に、トレイとグラスを準備した。
「こちら、いかがでしょうか。」
「あぁ、いただこうか。」
コレットは近くで話していた男性に声をかけた。
(確か……クレイマン・ピレニーゼ、ガエル・サーモエイド伯爵だったわね……)
コレットは脳内に貴族名鑑を開きながら一人一人照らし合わせた。
(まさか……こんなことに役立つなんてね。)
コレットは物心着く時から本が好きだった。
その中でも特に読んでいたのが女の子が好む童話ではなく、貴族名鑑だったのだ。
おかげで貴族名鑑に記載されていることは全て頭の中に記録済みだ。
(クレイマン・ピレニーゼ。王族への忠誠心が高いと有名よね。)
ピレニーゼ侯爵。
代々エアデール帝国の王族に忠誠を誓っており、宰相を行っている家柄だ。
(クレイマンはちょっと違うみたいだけど……)
コレットはバレないようにチラリとクレイマンを見た。
「王太子のご様子はどうだ……?」
「あまり宜しくないですね……人と会おうともしません。このままでは……アデラール殿に王太子になっていただく他ないかと……」
(旦那様が王太子……!?)
現在の王族に世継ぎは一人しかいない。
そのため何かあれば、王族の血を継いでいるアデラールが王太子になることはわかるのだが……
(前回お会いした時は体調が悪いようには見えなかったけど……)
コレットは顔に出さないように、空いたグラスを片付けながら二人の会話に耳を傾けた。
「いや、それだけは避けねばなるまい。」
「では……どうしろと……?最近では、アデラール殿を王太子へと押し上げる声も出てきております。」
「分かっている……だが、アデラール殿には良からぬ噂も多い。それに王太子としての教育すら受けていないのだ。」
(ここで話してもいい内容なのかしら……)
話の重さとは裏腹に、コレットにとってはあくまでも小説のネタ探しだった。
(王妃にでもなったら……世間はシンデレラストーリーなんて持ち上げるんでしょうね。)
(まぁ、シンデレラになんかさせてあげないけど!)
「とりあえずまだ時間はある。もう暫く様子を見よう。」
「そうですね……」
二人はこめかみ辺りをグリグリとマッサージすると、眉間の皺をゆっくり伸ばした。
「おい、今回の“奥様”はどうなんだよ!」
二人の会話が途切れたからか、周りから別の声が耳に届いてくる。
しかも一人はどこかで見たことある顔だ。
(ハスキーと……その手下ってとこかしら。)
コレットは獲物を見つけた目をすると、アデラールたちの輪へ静かに近づいた。
「あぁ~……今回は俺の勝ちだな。あいつはまだ離れから出てこない。もしかすると餓死してるかもな……」
「本当、やることえげつねぇな……もう少し優しくしてやれよ……」
(へぇ~……最初から私を餓死させるつもりだったのね……)
「いいんだよ。ああいう地味で結婚相手すらできない女なんて、この国にいても邪魔なだけだろ?俺のような男と結婚できただけでも幸せってもんだろ……」
「「「ハハハ……確かに、そうだな!」」」
女性を人とも思っていない下劣な会話に、コレットは眉をひそめた。
(本当にいるのね……ああいう男。)
「それで……今回はいつまで結婚したままにしておくつもりなんだ?」
「アリスがそろそろ結婚式を上げたいと言っているからな。今回はずっとこのままだ。それに……相手はあのヴィンテージレディーンだぞ?」
(何故かしら。この男に言われると無性に殴りたくなるわね……)
ヴィンテージレディーン。
夜会やお茶会の度によく言われていたから知っている。
二十代を越えても一度も婚約することなく独り身。
夜会やお茶会に参加しても壁の花となり誰とも会話しようともしないことから、いつしかヴィンテージレディーンと呼ばれるようになった。
(気に入っていたのに、台無しね。)
コレットはアデラールたちから少し離れた位置で聞き耳を立てていると、アデラールは本人だと気づくこともなく、空いたグラスをコレットに渡した。
「ボルダコリー伯爵家といえば商家でも成功を収めている家だ。このままの方がいいってもんだろ?それにあそこの伯爵は娘に甘いんだ。手紙を送る度に金をくれる。娘が離れにいることも知らずにな。」
「……。」
(お父様ったら……何しているのよ……)
恐らく筆跡なども気にせず名前があるからとホイホイ渡していたのだろう。
きっとそれはマリウスも知らないはずだ。
コレットは小さくため息を吐いた。
(それにしても……この男……思っていた以上に厄介な男ね。)
アデラールが何かをしていることは街の中に出かけた時に知っていた。
「もし、死んでなかったら……?」
ふと、その中の一人がアデラールに声を掛ける。
「あぁ~……その時は他の女と一緒だな……。夜会で俺が連れている女が、自分の娘ではないと気づかれた時点で終了だ。」
アデラールは手をポケットに入れると、近くの壁にもたれかかった。
「と言っても、その頃には女たちはこの世に居ないか……生きていても、どこかへ売られてるだろうけどな。それよりも、あれはどうなってる?」
「今いい所だ。このまま行けば……すぐにでも始めることができるだろう。」
「クククッ……それは楽しみだな。」
片方の口角を上げ、ふっと笑った。
(……なるほど。歴代の奥様たちは消えたんじゃなくて、消されたのね……。ふふっ、これは最高のネタが集まったわ。)
他にも色々隠しているようだが、ネタを一気に知ってしまうのは面白くない。
「感謝しますわ、旦那様……」
コレットは誰にも聞こえないほど小さく呟くと、人垣の中へ静かに消えていった。




