灰かぶりのコレットにかぼちゃの馬車は必要ございません。
「あら……アリスお嬢様達は……」
「それなら先に行ったわよ……って……あなた、アレット……なの?」
アレットが化粧を終えてアリスの部屋に戻ると、既にそこには侍女しかいなかった。
「はい、アレットですよ。シバ先輩。」
寮の部屋が一緒でもあるシバはシルベリアン公爵家の中でもかなりの古株だ。
「あなた……化粧で顔が変わるってよく言われない?」
シバはアレットを上から下までじっくり見回すと、首をかしげた。
「あぁ~よく言われますね。おかげで化粧を変えると気づかれないことが多いです。」
コレットにとって“顔が変わる”“誰かわからない”と言われるのは初めてのことではない。
なんなら、それを利用してありとあらゆるところに入り込んだ経験もあるくらいだ。
今も作品を書くネタ集めのために、夜な夜な抜け出したりしている。
(夜蝶のお仕事がいちばん楽しかったわね……酒場はいろんな噂が集まるからネタの宝庫だったわ……)
その時によく見かけたのが今回アリスが着ていたドレスの形だった。
(あとは賭場ね……恥ずかしかったけど、うさぎの衣装まで着せられたっけ。でも、自分じゃないと思えば案外楽しめたし……お財布が緩くなるから色々話してくれるのよね。)
「やっぱり……ふふっ……その顔だとアリスお嬢様も気づかなそうね。あっ、でもドレスでバレちゃうか……」
シバは時代遅れのドレスを見て顔を顰めた。
今回は髪の色をそのままに、アイメイクを少し変えていた。
アイラインでタレ目に見えるよう調整し、未亡人のような儚げな印象にしたのだ。
そのおかげか……この時代遅れのドレスがよく似合う。
「ドレスに合わせた化粧ですし……アリスお嬢様も何も言えないでしょう。出来れば夜会など参加したくもないですし……壁の花にでも徹していようと思います。」
「それがいいわね……今までもお茶会や夜会に着いて行った侍女たちはいいことが無かったから……」
もし同じことをしているなら、アリスお嬢様より目立ってしまっているのだろう。
(目立ちたくて仕方ないという感じだし……)
そして結果、本当にクビを切られるか……
もしくはハスキーの元妻と同じように、消えてしまったか……
(考えても仕方ないわね。)
アレットは左右に小さく首を振ると、一緒に置かれていた頭に乗せるだけの帽子を着ける。
「ご丁寧に、顔が見えないようレース付きなのね。」
「まるで黒子のようですね……」
シバの言葉に適当に返すと、アレットは王都に向けて出発する――
はずだった……
「馬車は……ないの?」
しかし、邸の外に出てみると、そこに馬車はなく、ぽつんと一頭の馬が繋がれているだけだった。
「ないみたいね……」
後ろから着いてきていたシバがひょっこり顔を出すと肩をすくめる。
「これがいつもの手なのよね……」
「いつもの手……?」
シバはこくりと頷いた。
「そうそう……お嬢様たちだけ先に出発して、侍女は自分で馬車を探して王宮へ向かわないといけないの。そうこうしているうちに夜会は始まってしまって、結局遅れて参加することになるのよ。」
「わざと遅刻させて怒るってこと……?」
「ちょっと違うわね。わざと遅刻させるのは、自分が一番目立つと思っているから。でも実際は、遅れて入ってきた侍女のほうが周りの視線を集めちゃうの。」
「目立つのは自分より地味な格好をした侍女だから怒るって事ですね……」
「そういうこと。」
シバはため息混じりに頷くと、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
今まで何度も同じ光景を見てきたのだろう。
だからきっと心配でここまで着いてきてくれたのだ。
(なんだかんだ優しいのよね。)
アレットはシバから視線をずらすと、近くにいた白い毛並みの馬を見つめる。
(とりあえず……馬でいいか……)
「シバ先輩。その馬は使っても怒られないですか?」
アレットのまさかの返しに、先程までの歪んだ顔は消え、目を見開いた。
「えっ……?もしかして……馬で行くつもり?」
「ダメですか?」
アレットが首を傾げると、シバは「違う、そうじゃない」と言わんばかりに首を横へ振る。
「ならよかったです。」
そして、馬に近付くと鼻の前に手を出した。
ブルルル
(嫌がっていないし……ちゃんと調教されているみたいね。)
「この子なら大丈夫そうですね。お借りしますわ。」
(ドレスだから跨がれないのは辛いけど……)
アレットはひょいっと横向きに馬に乗った。
「えっ……ちょっ……」
シバがなにか話しかけようとした瞬間――
アレットはすでに馬をゆっくり歩かせ始める。
そして、アレットが馬の頭を撫でた瞬間、一気にスピードが上がった。
「シバせんぱーい!行ってきまぁーす!!」
「行ってらっ……しゃーい」
シバはどんどん小さくなるアレットをただ見つめることしか出来なかった。
***
ガラガラガラ――
「夜会に行くなんて久しぶりね。」
アレットが王宮へ向かって馬を走らせている頃――
アデラールとアリスは馬車に乗って、王宮へと向かっていた。
「そうだな……。」
「なに……?その反応……。アディは楽しみじゃなかったってわけ?」
目の前でぷくっと頬を膨らませるアリスを見て、思わずため息が漏れる。
「いや、そういう訳ではないさ。ただ仕事で疲れているんだ。」
(昨日……遊びすぎたか……)
昨夜、アデラールは仲間と一緒に高級酒場で酒を飲んでいた。
その時に出会った女と明け方まで甘いひと時を過ごしたのだ。
「そうなのね……いつもお仕事大変そうだし……休める時はちゃんと休んでね。心配してしまうわ……」
アリスは声のトーンを少し落とし、眉尻を下げると、自分の膝をポンポンと叩いた。
「王宮まで二時間掛かるし、それまで寝ていて?」
「いいのか……?せっかく二人の時間なのに……」
「いいのよ!二人の時間はこれからもあるし……それより今はあなたの事が心配だわ。アディ……」
(……ちょろいな)
アデラールはアリスの膝の上に頭を乗せると、ゆっくり目を閉じる。
トン、トン
心地よいリズムが肩のあたりから聞こえてきた。
「ちょっと、スピード落としてちょうだい。」
アリスの声が耳に届いた気がしたが、眠気には勝てず、そのまま夢の中へと沈んでいった。




