第7話 元ゴブリンでも今エルフ!
「AIが民主主義を停止させました」
先生はどちらかというと肯定的な調子でそのように言った。
◇
科学時代末期、AI時代。
有力な政治家たちがAIを用いて選挙を、投票結果を動かすようになった。
結果、古代ギリシャでデマゴーグが民衆を煽った衆愚政治のような状態に陥ったらしい。
イーメン先生が古代ギリシャを持ち出してそう言ったわけではないが、先生が語った言葉から私はそう理解した。
要は政治が乱れた。
500年前の私の記憶にある現代もそういう気配はあったが、AIによってより効率的効果的に扇動がなされ、政治の混乱が加速されたのだろう。
デマに扇動された民衆による政治の混乱。それを招いた民主主義という仕組み。
民主主義に対する疑問が生まれた。
AIが動かす選挙の意味、AIによって動かされてしまう国民の意思とはなんだ?という疑問が広がった。
厳密には主語はAIではなく、扇動政治家がAIを使ってということになると思うけど。
「民主主義、国民の意思、さらには個人の自由意思という概念が嘘っぱちだとAIが証明したのです」
イーメン先生の言葉ではそういうことになるようだ。
◇
民主主義への疑問が生じた一方で、当時大流行したのが加速主義という思想だという。
私もどこかで聞いたことがあるような気がする言葉だが、イーメン先生によると加速主義とは、科学技術と資本主義の発展を加速させ推し進めることで社会の様々な問題が解決するという考えとのことだ。
今溢れる社会問題は今の社会、その技術では解決不可能。だが技術を発展させればそれも解決可能になる。
そういった主張で社会問題はほとんど放置され、末期の現代文明はAIによる技術と経済の発展に邁進した。
AIが消費するエネルギーも莫大なものとなっていき、AIの使用に資格制限が設けられるようになった。
最終的にAI使用資格は限られた人間が持つものとなり、そしてAIを使える限られた少数の人々が社会で圧倒的に有利な立場を得るようになったのだ。
AIが加速させた衆愚政治の迷走も止まることがなかった。
貴重なAI資源は大衆によってくだらないことに浪費されるより知識と能力を持つ優秀な人々が有効に活用すべきというAI資格制限の考え方と、AIに踊らされる大衆ではなく優れたエリートが政治を担うべきという考えが重なった。
そうして選挙も行われなくなっていく。
人間は経済的にも政治的にも持つ者と持たざる者に分かれた。
「今の貴族のルーツはAI使用権保持者です」
先生はそう説明する。
AI使用資格を持つ者が富と政治権力を握って貴族になり、使用資格を持たない者は経済力も政治的権利も失った。
新時代の貴族制身分社会はそのようにして出来たらしい。
ではどうして高度な科学技術文明は失われたのか。
イーメン先生はそれについてはあまり説明しなかった。
科学文明末期に、世界的なエネルギー危機、流通危機、生産危機が発生していたとだけ先生は言った。
これは私の推測だけども、これらの経済的な危機は中間層の喪失によるものだと思う。現代科学文明は大衆消費社会だった。大衆の消費が現代社会を回していた。
言い換えると現代社会は中間層に支えられていたが、社会の二分化によって中間層が消滅し社会を動かせなくなったのだと思う。
生産しても消費する人がいない。消費する人がいないから生産も減る。そういう悪循環。
技術があっても使うところがない。
迷走する政治はそうした問題をどうすることもできず、インフレも止まるところがなかった。
そして経済の急速な縮小。
◇
富は大企業や少数の有力者に集まり、一方で困窮する人々が増大し続けた。
人々は財政難に苦しみ問題解決能力を失った国家よりも、富を独占的に持つ有力者や企業に頼り、助けを求めた。依存するようになった。
今の私、アイ・オコンネルが属するオコンネル取締役家も富を持つ有力者、企業の創始者一族だった。
「大混乱期に路頭に迷う人々を救ったオコンネル家のような一族・集団をセイヴィア(Savior)と言います。また崩壊する社会で失われようとしていたAIを始めとする技術を守り、今も維持する努力を続けている科学者たちをプリザーバー(preserver)と呼びます。一般に使われている貴族という言葉は、セイヴィアやプリザーバーのことを指しているのです」
なるほど、つながった。
先生によれば、貴族のルーツとなったのはまず大資産家、そして大企業や民間軍事会社、宗教団体などのトップが多いとのこと。
変わったところでは熱狂的なファンを持つ芸能人やスポーツ選手といった有名人も貴族のルーツにいるらしい。なぜか宗教的な存在と見られている。
またカンパニーは今では領土も意味する。オコンネル・カンパニーと言えばオコンネル取締役領ということだ。
「あなたは日本語で聞こえてるのですよね?カンパニーがどんな言葉に翻訳されてるのか私にはわかりませんが」
「大丈夫です。カタカナ発音のカンパニーで聞こえてます。アメリカ人のカムパニィではないです」
先生の説明と私の咀嚼が一通り終わった。
「ありがとうございます、先生。だいたい理解できたように思います」
「アイ嬢、あなたがたくさん質問するものですからずいぶんと長くなってしまいました。いや失礼。あなたが生きてきた文明のことですから当然かもしれませんね。でも疲れました。ここで少し休憩しましょう。その後であらためてオコンネル家の歴史を教えたいと思います」
「はい」
◇
休憩後。
イーメン先生はサムス取締役兼勇者がいかに活躍し、いかにオコンネル社や当時の人々を救ったかを格調高く修飾語マシマシで語っている。
映像の20世紀してたのが一瞬でローランの歌(※イメージ)みたいな話になった。結局落差大きすぎ。
「やっぱりこれ歴史というより神話や伝説の類だと思うんですけど」
「オコンネル取締役家の歴史は伝説級ということですよ。誇りを持ってください」
しまいには魔法使いやゴブリンまで出てきた。
「ゴブリン!やっぱりファンタジーでしょこれ!ジャンル違う!」
「なにを興奮してるんです?社史ですよ。歴史です」
「魔法やゴブリンが歴史って、ジャンル違いでも世紀末救世主伝説のほうがまだ歴史でしょ!あと社史やめて」
「魔法使いもゴブリンもファンタジーじゃないですよ。事実です。今でもいます」
「!?」
「主に平民の間でですが、科学者のことを魔法使いと言うことがしばしばあります。魔法も科学の一種ですね」
「ああ、それならわからなくはないです。でもゴブリンは?あ、まさか。主に平民の間では無職独身中年一般男性(不細工)のことをゴブリンと呼びます。とかじゃないですよね?そうだったら貴族の権力使って平民どもを罰してやる」
「ドクター・ピーターからあなたがたまにおかしくなって意味不明なことを言い出すことは伺ってます。おそらく深刻なバグではないだろうとのことですので、安心してください。できれば控えてもらえたら助かりますが」
「バグではないです、たぶん。興奮しましたすみません」
「いえいえ、大丈夫です。ゴブリンやオークについては・・・説明するのはちょっと難しいですね。そこまで興味があるならご自身で勉強するなり、そうだドクター・ピーター・デュエルは私よりもそのへん詳しいはずです。ドクターに聞いてみるのもいいと思いますよ。時間があればですが」
オークもいるのかよ。じゃあエルフも?
美少女アイ・オコンネルこと私も実はエルフなのでは?元ゴブリンでも今エルフ!
私は自分の耳を触ってみた。残念、違った。




