第5話 全米泣き過ぎ
翌日。
私と家庭教師は丸テーブルに向かい合うように座っていた。
私の私室に勉強机などない。はた目には美男美女のカップルがデートで喫茶店の席に座ってるように見えるだろう。
年齢的に私は美少女でも美女はまだ厳しいかな。同じく年齢差的にカップルというのも厳しいな。
無駄に悔しい。
やはりいつか復讐してやるイケメンイーメン。
最初にイーメン君は私の英語力の簡単なチェックを行い、ひとつのルールを定めようとした。
「まずはこうしましょう。僕がここにいる間、アイ嬢は翻訳インプラントをオンにしておいてください。標準モードがいいでしょう。英語学習時などはその都度インプラントのオンオフを指示することになると思いますので、そのときは従ってください」
「わかりました」
「僕はインプラントをオフにします。アイ嬢が僕に質問などするときは英語で行ってください。正しい英語である必要はありません。伝われば良いです。英語で話す、考える癖をなるべく早く身につけるためです。本当は耳から学習するのがいいのですが、私の授業を英語で理解するのはまだ難しいでしょう」
なるほど。私は頷く。
◇
「では。ンプォ!停止してください」
「!」
わかってはいても不意打ち気味に「ンプォ!」なんて言われるとどうしたって笑いそうになる。
ンプォ!はウェイクワードだ。続く言葉が使用者の身に付けている翻訳インプラントへの命令になる。今、イーメン先生がインプラントの機能をオフにしたということだ。
転生初日、ドクター・ピーターにインプラントの操作方法を教わったとき私は耐えられずに吹き出した。ドクターが真面目な顔をして突然「ンプォ!」と言い出すんだから仕方がないだろう。美少女の笑う姿を見ることができてドクターも得をしたに違いない。唾がかかってたが。
ドクターによれば、誤動作防止のため人間にとって発音しにくく意図せずうっかり口にする可能性が少ないワードということで「ンプォ!」が採用されたそうだ。各国の人々が集まる場所、そういうパーティーやマーケットではあちこちから「ンプォ!」と言ってる声が聞こえてくるらしい。
社交界デビューが不安になるよ。
「そうだ、先生。いきなりですが質問があります」
「・・・アイ嬢。英語で言ってもらえますか?」
そうだった。えーと、うーん。
今聞きたいことを英語で伝えるのは、私には少し難しいかな・・・
「ソーリー、インプラント オン プリーズ」
一瞬の間の後、
「OK。ンプォ!トランスレートオン」
イーメン先生がインプラントを再起動させた。
「すみません、最初から。貴族の間では翻訳インプラントが普及していると聞きました。でも、アメリカではだいたい英語が通じますよね?必要な場面があまりなさそうに思うのですが」
「なるほど。そうですね、その質問に答える前に、今言った英語で質問するルールはいったんなしにしましょう。あなたは今の世界についてなにも知らない。あらゆる種類の疑問と質問が数多くあるでしょう。それを英語でというのは今のあなたには難しい。ごめんなさい、僕がちょっと先走ってしまったようです」
イケメンだ。イケメンがいる。
「ありがとうございます」
「では、質問に対する答えです。英語でも地域によってかなり違います。東海岸人と西海岸人では英語を使っていても会話は少し困難でしょう。貴族と平民でも大きく異なります。職業集団でも異なる場合があります。幸い、ここカンザス英語は比較的どこでも通じやすいクセの少ない英語です」
ん?今私がいるこの場所はカンザスと。思わぬところで知りたかった情報を得た。
「とはいえ、アメリカ貴族の間ではそこまで必要性が高くないのもあなたの言う通りですね。翻訳インプラントはヨーロッパで必要なことが多いのです。アメリカ貴族の場合はステータスを示す意味が大きいかもしれません」
「なるほど、理解しました」
「では、アイ嬢が英語をもう少し習得するまでは互いにインプラントを使用して話しましょう。あなたが喋るときは可能な限り英語を使ってもらいたいですが」
「努力します」
◇
「では早速最初の授業に入ります。まずはあなたの家、オコンネル取締役家の由来から学んでいただきます。貴族が自分の家の由来と歴史を知らないなどあり得ませんからね」
「はい」
「オコンネル家のルーツは科学時代にまで遡ります」
「科学時代?」
「アイ嬢、いえ違いますね、500年前あなたの記憶が生きていた時代を今は科学時代と呼びます。科学時代末期はAI時代と呼ぶことも多いですね」
「なるほど、わかります」
ということは、やはり今は科学が盛んではない時代、ということになりそうだな。
「オコンネル取締役家のルーツは、科学時代のアメリカ合衆国で穀物流通を担った企業、カージル・オコンネル・カンパニーの創業者のひとりです。カージル・オコンネルをあなたはご存じありませんか?あなたの生きていた時代にはすでに著名だったはずです」
なるほど。残念ながら500年前の私の記憶にはない。
私が無言でいるとイーメンは少し考えこむ様子を見せた。
「オコンネル家三代目、ウィリアムCEOの時代にカンパニーは急成長しました。食料価格を不当に釣り上げていた他の悪徳企業を滅ぼし小麦の安定供給と大幅な価格低下を実現します。それは多くの人々を過酷な労働から解放するという副次的な効果さえも生み、ウィリアムCEOは小麦王という称号も獲得しました。彼の偉業に全米が泣いたと伝えられています。同時代を生きたあなたが知らないというのはおかしい」
なんとなく穀物メジャーという単語が思い浮かんだ。オコンネル家は穀物メジャーだったのか?しかし私は穀物メジャーについて穀物メジャーという単語しか知らない。
「イーメン先生、500年前の私はアメリカ人ではなく日本人だったのです。アメリカ企業についてあまり知識がありません。それと、当時の全米は泣き過ぎです。いつも泣いてました。全米が泣く話は信用できるものでは」
「ストップ!なるほど、納得しました。ただし、あなたが口にしようとしたことは危険です。貴族家の名誉を傷つけるようなことがあれば命も失いかねません。貴族家の由来を否定するかのような言葉は厳禁です。そのようなことにならないためにも、名のある貴族家の由来や歴史を知ることは重要で、必須であるのです。あなたには結婚までに、最低でも20の貴族家・名家の由来を頭に叩き込んでいただきますよ」
私は再び黙った。イケメン先生は笑顔だが、でも怖い。
なんか、思ってたのと違う意味で貴族の勉強きつくない?
「科学時代の企業の当主は必ずしも世襲とは限らなかったそうですね。しかしカージル・オコンネルの当主の座は創業以来オコンネル家がずっと受け継いでいます。このこともオコンネル家の誇りのひとつであり重要なことですから覚えておいてください」
企業の当主という言い方に違和感はあるが、意味はわかる。私は頷く。
「その後、カンパニーは食料だけでなくエネルギーも手掛けるようになりました。科学文明滅亡後の大混乱時代をオコンネル家が生き延び、同時に危機を招いた理由がここにあります」
!?
これはここで確認すべきだろう。私はイーメンの言葉を遮った。
「ちょっと待ってください。やっぱり現代文明は滅んだんですか?」




