第3話 後継者面接(採用条件:しゃべれること)
ドクター・ピーター・デュエルが去り私は一人ベッドに取り残された。
室内にはよくわからない機械がいくつもあるが、私が楽しめそうなものはない。
気になることはいくらでもあるが、考える材料が足りない。
少なくとも現時点では命の危険はなさそうだ。異世界転生したと言ってもそこまで間違いではない状況だが、魔王を倒せとも言われてないし生き延びる手段を探す必要も今のところはない。
自由は厳しそうだが。
とりあえず明日の予定も決まっている。取締役との面接だ。
相手はお偉いさんだ。そう思うと緊張するが、しかしここで気に入られたら入社後楽になる。気に入られ過ぎても問題あるか。
そういえば今の私は美少女だった。
気に入られるに決まってる。不採用の心配よりも気に入られ過ぎて社内の調和を乱してしまうことのないよう気をつけるべきだ。
・・・思考が脱線していくのは私の悪い癖だ。
いや、これは私だけが悪いのではなく暇すぎるのが悪いんだ。
掃除を始めて気づいたら漫画に夢中になってる経験は誰にでもあると思うが、今の私は掃除を始めて1時間後にエベレストに登頂してそうだ。
寝よう。
◇
翌日、ドクター・ピーターが再び私の部屋にやってくる。
「まずは簡単な検査をする」
彼は私の頭にヘッドセットを取り付け、よくわからない機械に向かって入念になにかをチェックし始めた。
しばらくして私に振り向き、笑顔を見せる。
気持ち悪い。
「問題ない、やはりエラーはなかった。今のところはね。昨日エラーだと思ったのは君の記憶データ自体が元からバグみたいなおかしなものだったのだろう」
「失礼な。きっと500年前の常識が今の非常識なんです」
おそらく実際にそうだろう。
「そろそろ取締役が来るだろう」
「私が会いに行くのではなく取締役がこちらに来るのですか?」
「今の君は一応病人みたいなものだからね。昨日も言った通り、話しかけられたら常識の範疇で答えるだけでいい。余計なことは喋るな」
「今の常識は500年前の非常識みたいだから、つまり私は非常識の範疇で答えたらいいってことでしょうか?」
「そういうのをやめろ。ややこしい」
そんなやりとりをしてからたっぷり1時間以上たった後、部屋に取締役が表れた。
◇
今私の目の前に立つのは背が高めのがっしりとした男で、やはり白人だ。
年齢がわかりにくいが、少なくとも私よりは年齢が上だろう。いや、今の私は13歳だし男は私の父だ。男の年齢が上なのは当たり前だ。
父より年上の娘など存在しない!
言い直す、男は500年前の私よりも年齢が上だろう。
ん?よくよく考えると500年前の私は今少なくとも500歳以上になるはずだ。なら、この目の前の私を鋭く見つめる男も私から見たら子供のようなもんじゃん。なんだ、ははは、取締役恐れるに足らず。
ごめんなさい、やっぱりちょっと怖い。
予想外だったのは男の服装だ。
取締役と聞いてたのもあって、私は完全にスーツの男をイメージしていた。男の服装はまったく異なり、一言ではなんと言えばいいのか私にはわからない。上着は大きくボタンはなく、代わりにベルトで締めている。中世風、なのだろうか。
ドクター・ピーターのトーガみたいな白衣はまだ未来感を感じなくもなかったのだが、取締役の服装にはそれがまったくなく古風だと言える。
もうひとつ予想外がいた。
部屋に表れたのは取締役だけではなく、彼は実に美しく若い女性を伴っていたのだ。美しいと言っても10年後の私には負けるけど。
歳は20代前半に見える。服装は500年前の基準で見ればまったく露出の少ないドレスと言っていいだろうものだった。未来っぽくはないが、そこまで違和感もない。
コスプレみはかなり感じるが。
◇
面接はごく短時間で終わり、二人は去っていった。
質問に対する回答もしっかり考えてあったのに無駄に終わった。経験やスキルをアピールできないから熱意しかない!と志望動機を練りに練りまくってたのに!
暇だったから。
それにしても3つか4つの質問で終わり、女性に至っては一言もしゃべらなかった。
「ずいぶんとあっさりしてましたね」
「ん?確認すべきことは確認できた。こんなもんだろう。今の君に聞きたいことも特にないだろうしな」
「確認すべきこととは」
「現時点では、人間として会話が可能なこと、くらいか」
採用条件ひっくぅ。
500年前の日本企業もそうしろよ。特に新卒採用、あまりに無駄なコスト時間エネルギー使いすぎだろ。
「でも、それにしたって取締役は私の父なんですよね?娘が復活したんですよ?あまりにも淡泊すぎませんか」
「いやあ、君の中身は君だって取締役も知ってるからなあ」
納得した。それはそうだ。
私だって取締役に涙を流して抱きしめてこられても困る。
「隣にいた女性は誰なんです?」
「取締役夫人、奥方だよ。私も来るとは知らなかった。そこはすまん」
「ということは私の母ですよね?ずいぶんと若く見えましたが」
「いや、夫人は君の母ではない。君は取締役の愛人の娘だ。彼女はすでに亡くなってる」
私は少し黙る。
かすかに悪役令嬢モノの匂いがしてきたぞ。そういう展開にならないでくれよ、頼む。
「ドクター、一度しっかり確認させてください」
「いやそういうのは家庭教師に・・・」
「私が今知りたいことは家庭教師よりはまだドクターのほうが答えられると思います」
あまり頼りにならないドクター・ピーターから聞き出したことをまとめる。
私こと美少女アイ・オコンネルの母親は取締役家当主ダグ・オコンネルの正妻ではなく愛人だった。
ダグ取締役にはすでに正妻がいて、かつ私の母は平民であったため第二夫人に迎え入れられることもなく愛人のままだった。
ただし、私アイが生まれると取締役は私を取締役家の娘と認め、館に迎え入れた。
ドクターの話からは時系列がややあいまいだが、正妻が亡くなり、ダグ取締役は愛人である母とは別に新しく次の正妻として若い女性と結婚する。それがさっきの女性だ。
さらに、私の母親には取締役の愛人になる前に夫がおり、彼は消息不明になっていた。母とその男の間には息子が一人いて、それが私の異父兄にあたる。歳は離れているそうだ。
兄は取締役の息子と認められることはなかったが、それでも彼は兄の面倒もみた。取締役家の家兵の兵士の仕事を兄に与え、今の兄は家兵長補佐のポジションだという。
つまり、兄と亡き母は私の血縁者ではあるがオコンネルの家名を持ってるのは私だけ、母と兄は私と違い貴族ではなく平民ということだった。
◇
「オコンネル家の私の兄弟はどうなっているんです?」
「兄が2人、姉が一人いた。まず長男は当然取締役家の後継ぎだったが戦死した。次男は君と同じく妾腹の子だったが幼いころに引き取られオコンネルの家名をもらった。しかし長男の戦死より以前に出奔してしまい行方知れずだ。姉はすでに他家に嫁いでいる。つまり、現在この館にいる取締役家の子供は君ひとりというわけだ」
なるほど、後継ぎの長男が戦死。今という時代はそれだけ戦争が身近にある厳しい時代だと推測できる。取締役家に残っている子供は私だけ。
ん?
「あれ?もしかして私って」
「気づいたか、そうだ。君は取締役家の後継ぎ、継承権第一位保持者だ」
「愛人の子でも?」
「他にいないからな。もっとも実際に君が取締役家を継承・相続する可能性は低い。君が後継ぎであるのは今の夫人に子供が生まれるまでと決まっている。一時的、名目的なものだ」
「私が結婚しても夫人に子供ができなかったらどうなるんです?」
「もちろん君は継承権を持ったまま嫁ぎ、他に継承権を持つ者が誰も現れなければ君が取締役家を相続する。最終的には君の子供にそれは受け継がれるだろう」
「私が結婚せずにこの家に居続けたら?」
「非常に面倒なことになるだろうね。君には命の危険すら生じるだろう」
「もしかして私の立場って微妙?」
「そうとも言えるし、貴族の子供はそんなもんとも言える」
うーん、なるほど。
貴族の子というのはめんどくさい。理解した。
「私を復活させないほうが良かったんじゃないですか?」
「後継ぎがいない状態はよろしくない。君がいなければ君の姉や他の血縁者を探して後継ぎにするだろうが、弱い。お家騒動発生とほとんど変わらないだろう。もちろん君も愛人の子でそこまで強くもないが。まあ、継承者問題以前に君の婚約・結婚が取締役家の今後を左右するほどに重要らしいからね。夫人に後継者が生まれ、君の結婚が無事成立すれば取締役家はひとまず安泰、落ち着くというわけだ」
ピーター・デュエルはため息をつくと、続けて半ば独り言のように話し出した。
「私も元貴族だ。ドクターであるから今でも貴族ではあるが、生まれはより厳密な意味での貴族だった。継承者問題など家のごたごたが嫌でね、早々に継承権を放棄し科学の道に入った。それでもそうした家の問題と完全に無縁ではいられない。変人を装ってるのもそのためだ」
「え、演技なんですか?」
そういえばロールプレイとか言ってたな。
「もちろん地に決まってる」
おい。
「演技でもずっとそうしてるなら地と同じだよ」
そうだな、演技だろうがなんだろうがドクターが変人なのは私が見ても間違いない。




