第2話 過去の私と亀の私に祈りを
「私の自由はどうなるんです?」
私にとってもっとも重要なことを質問する。
今の話からは、今後私の自由は失われるように思えた。
「君の自由?」
ドクター・ピーターは不思議そうな顔をして聞き返してきた。
質問の意味がよくわかってないように見えるので言い直す。
「私にも人権があります。勝手に人の人生、将来を決められてしまうのは困ります。人権侵害では?」
「人権とはずいぶんと古い・・・ああ君は500年前の人間だったね。今の時代に人権というものはないよ」
私は黙り込む。
今の時代、人権なんてない。アイ、覚えた。
いやいやいや簡単には受け入れられないぞ。ここで今後の人生が決まる。というか決まってたんだけど。
「私の意思は無視するんですか?私の意思こそ一番重視されることじゃないですか」
「ふむ。君はどうしたいんだ?」
「・・・わかりません」
「わからないなら考えようもないだろう」
ごまかされてる気がする。
「私の権利です。私がやりたいことをやれる、その権利です。私の可能性です。それを奪わないでください」
「権利、可能性か。そうだな、たとえば君の父上の取締役よりは君の持つ権利は少ないだろうね。しかし結婚しようがしまいがそれは変わらない。いや、ただの娘である今よりは、結婚して相手方の夫人となるほうが可能性は増えると思うぞ。それに平民より貴族である君の権利は大きい」
ごまかされているというよりは、そもそも話がいまいち通じていないように感じる。
「もしかして自由と言う言葉が今はない?死語?」
「なにを言ってるんだ。我々は自由身分だ。貴族だからな、平民とは違う。運の良いことに、君は君の母や兄とは違って取締役に娘と認められたのだから、曲がりなりにも貴族の一員だ。婚約・結婚を拒否するならそれこそ君の身分がはく奪される可能性があるぞ」
混乱してきた。情報量が多い。
いや、私の持ってる情報が少ない。だからわからない。
貴族ってなんだ。貴族って言葉の意味はもちろんわかるが、どうして私は貴族なんだ。今は貴族が復活したのか。
まずはよく知る必要があるな。
「君の記憶は500年前のものだ。当然今の知識を、今の常識すらも知らない。だから私の言うことがわからない。私が君の疑問に答えても君はわからないだろう。君がわからないことは、君自身が学ぶ必要がある」
ドクター・ピーターが諭すように言う。
彼の言う通りだろう。
「話を戻すぞ。君は婚約している。相手はたしかダラスの・・・すまん、私はその手のことに疎くてね。いずれにせよ貴族の娘、取締役の娘としておかしくない教育を受けることになる」
「私はマッドいやドクターの研究対象、実験動物というわけではないのですね?」
「研究対象ではある。が、君は私の所有物ではない。君が私のものならもっといろいろ試せたんだが・・・」
ピーター・デュエルはそう答えた。最後のほうは悔しそうに呟いていた。
なにを試そうっていうんだよ。やっぱりこれヤバかったわ。
せっかく美少女になったというのにおっぱいミサイル装備とかに改造されたら台無しだ。
いや、おっぱいミサイルは男の夢か?
ちょっと悩むな。
◇
整理しよう。
私は今から500年前の人間だが、その記憶だが、今の時代に美少女として再起動した。事実上、転生したようなものだろう。
この世界は未来だが、500年前の私にとって異世界も同様のようだ。
異世界転生!ちょっとオラわくわくしてきたぞ。いやこのセリフってピンチなんだっけ?フラグ立てた?今のなし。
転生した私、アイという美少女はアメリカ貴族の娘ですでに結婚が決まっている。
アメリカ貴族というのは引っかかるが、金持ちなのは間違いないだろう。
異世界転生だと考えると、目覚めたときにいたドクター・ピーターが神相当か。
あなたが神か・・・女神のほうが良かった。
なぜに中年男。神を恨むぞ。その神がピーターか、いかんぐるぐるしてきた。
そうだ、チート!異世界転生ならチートスキルあるだろ。いやラノベ脳かよ。でも確認だけはしておこう。念のため念のため。
「ドクター、一応聞くんですけど、念のため確認なんですけど、ほら万が一ってこともあるから聞いておきたいんですが」
「なんだその奥歯にトウモロコシの粕が挟まったような歯切れの悪い言い方は」
「つまりその、チートってあったりもらえたりできたりできなかったりなんてしませんかね?」
「チート?」
今度こそドクター・ピーターは心底不思議そうな顔で、おかしな人間を見るような目で私を見る。
「やっぱり記憶の転送でなにかエラーがあったのか?」
「いえいえいえいえ大丈夫です。私は正常です。おかしなところはありません。正常って何!?今の私の状態って正常なんですか?どう考えても未来転生って正常じゃないんですけど!私が美少女だし!」
「これはいかん、急いで検査をせねば」
ドクターは慌てて立ち上がろうとした。
「すみませんごめんなさい取り乱しました。落ち着いてください。落ち着くのは私か。はい、落ち着きました。私は正常です、間違いありません」
うさんくさいものを見るような目でドクターが私を見つめるが、姿勢正しくじっとしてると彼も座りなおした。
あらためて聞く。念のためね。
「つまり、私になにか特別なスキルがあったりしないでしょうか」
「スキル?平岡君。いやアイ・オコンネル君と呼んだほうが良いだろう。アイ君、君は13歳だ。結婚法においては成人だが、財産法では未成年だ。つまりまだまだ子供に近い。子供にスキルはまだないだろう、これから磨いていくといい」
ちょ、なんだかグサッと来たぞ。胸が痛いぞ。
『経験、志望動機はわかりました。もう一度確認しますが、当社は即戦力を求めています。この仕事に活かせるスキルをあなたが持っているなら、それを言ってもらえますか?』
ステータス画面じゃなくて履歴書の空欄が脳内に浮かんできた。
「すみません、やっぱりちょっと胸が、胸が苦しいです」
「胸じゃなくて脳じゃないのか?身体に異常がないことは十分に確認済だ」
「美少女になったからって調子に乗りました、ごめんなさい。私はドジでのろまな亀です」
「亀?君は亀になりたいのか?君の記憶を亀にインストールすることは可能ではあるが、残念ながら正常には機能しないぞ。確認済だ」
え?私を亀に転送?確認済なの?え、その私どうなったの?
やだ怖いちょっと考えるのやめよう。
私は黙り、表情も消して静止する。
「うむ。君は黙っていれば美少女なんだがな」
「そうですね。美少女ってだけでチート並みの能力でした。おまけに貴族の娘。欲をかきすぎました。あ、悪役令嬢ってことはないですよね?」
「また意味不明なことを。喋るとおかしい。やっぱりどこかエラーが出てるんじゃないか」
「待ってください。私は私ですが500年前の人間です。あなたから見ておかしいところがあるのは仕方がありません。500年前ではこれが正常です」
「絶対嘘だろ。ああそうだ、能力と言えば翻訳インプラントはついでに付けておいたからな」
「翻訳インプラント?」
そうだ、ドクター・ピーターは日本語で喋っている。
「うむ。私は英語で喋っているのだがおそらく君には日本語で聞こえてるだろう?君につけたインプラントが私の声を君の言語に翻訳してから脳に伝えている。君が聞いているのはインプラントが翻訳したものだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
ちょっとおかしいとは思っていた。
ドクターの口と声がシンクロしていなかった。リップシンクがバグってた。
洋ゲーなら仕方がないし慣れてるし、質問したいことが多すぎて聞くのも後回しになっていたが、今わかった。
「では私の声は?私は日本語で喋ってますが」
「私もインプラントをつけている。つまり私が聞いてる君の声は英語だ。インプラントは高価だが、貴族の間で普及している。本当は君の年齢にはまだ早いのだが、君の脳は40・・・何歳だ?おじさんだ。十分使用できる。これから始まる教育にも必要だし、ちょうどいい機会なのでつけておいた」
「おじさんはやめてください」
「おや、もう自我が中年男性から美少女になったのか」
「そういうことではなく。それにしても便利ですね」
「しかし常に翻訳機能をオンにしているわけではないぞ。脳に負担もかかる。日常生活では基本的には機能させてないことが多い。君は英語は喋れるか?」
「そ、そこまでは・・・」
実は私は若いころ、今は若いころよりもさらに若いが若いころ、数年ほど海外で生活していたことがあった。英語圏ではなかったので流暢に英語を使えるわけではないが、一般的な日本人よりは英語に慣れているとは思う。
日常会話で困ることは少ないが、ビジネス会話は無理。そんなところか。
「英語もきちんと喋られないとなると結婚先で怪しまれる。まずは貴族の英語の教育からだな。家庭教師が決めることだがそうなるだろう」
「わかりました。勉強します」
この先どうなるにせよ、どうするにせよ今の世界を知ること、勉強は必要だろう。
今の私が自由を求めてバイクを盗んで走り出してもきっとなにもできない。そんな13の夜。45の夜か?
そういえば今は何時なんだろうか。夜とは限らなかった。
それにしてもこの歳でまた勉強かあ。13歳だけど。
身体だけではなく意識も若返ったような気がする。
学生生活懐かしいな。いや、学校には行かなさそうだ。家庭教師と言ってたな。エロ動画に出てくるようなぼん!きゅ!ぼん!を希望します。
いや待て。今の私は美少女だ。ついてない。
ぼん!きゅ!ぼんに私はどう反応するんだ?
「今日はそろそろ切り上げよう。君と話してると疲れる。いや、見てるだけでも疲れるような気がする」
ドクター、それは私のせいではないと思うのですが。
この状況をつくったのはドクター・ピーター、どちらかというと自業自得では。
「食事はそこに栄養剤がある。普通の食事はまだダメだ、すまんね。そうだ、インプラントも切っておきなさい。今使用法を教える」
翻訳インプラントの使い方を教わりあらためて部屋を見回すが、PCもテレビも本もない。
時間潰しにスマホが欲しいが無理だろう、黙っておこう。
「私はこの後君の記憶の転送が成功したことを取締役に伝えに行く。おそらく明日、君も取締役に会うことになるだろう。取締役の判断で君は自分の部屋に戻れる」
びくっとする。取締役に会う。つまりこれは面接か。
大丈夫だ、私は面接のプロだぞ。
いい結果が出たことはほとんどないが。
「取締役も事情はわかってる。君は基本的になにも喋らなくていい。いや喋るな。質問があれば常識的に答えるだけでいい」
「今の時代の常識に自信がないんですが・・・」
「心配するな。私も常識がないとよく言われる」
不安しかないぞ。
より一層のご健勝とご活躍を心よりお祈りされちゃったら私どうなるんだろう?
◇
「ところでドクター。最後に聞きたいんですが、オリジナルの私の治験後の人生はご存じないですか?」
ちょっと気になります。
「そんなの私が知るわけがないだろう。今は死んでるのは間違いない」
「ですよね」
オリジナルの私と亀になった私に私は追悼を捧げよう。




