第1話 博士と美少女
私は無職中年日本人独身一般男性平岡晴であり、13歳アメリカ貴族令嬢すんごい美少女アイ・オコンネルである。
少し前までは不細工という属性も持っていたのだが、不本意ながら不細工属性長期保持せざるを得なかったのだが、そのデバフはきれいさっぱり消え去った。この点は正直死ぬほど嬉しい。
嬉しさもあるにはあるが、しかしなにがなんだかわからない。わからないのはもちろん不安だ。
目覚めたときにそばにいたドクター(博士)、ピーター・デュエル氏が説明をしてくれた。
彼によると、今から約500年ほど昔、ある無職中年独身一般男性平岡晴すなわち私はアメリカでの治験バイトに参加した。
それは私の記憶にもある。報酬が良く、ついでにアメリカ観光も楽しめるとあり飛びついたのだ。
ところが、その治験バイトは名目で、実際には極秘に人間の記憶をデジタルデータとして媒体にコピー・保存する実験だったのだという。
実験は成功した・・・のかどうかはわからなかった。
理論上は成功したと思われたが、保存した記憶データを読む、出力する手段がなかったのだ。確認できなかったのだ。
そして私の記憶データはある媒体に保存されたまま時代が流れる。
◇
「ところでドクター、今の私ってすっごい美少女じゃないですか!これはいったいどういうことなんでしょうか」
「君の疑問は美少女になった点なのか。たしかに、美少女であることは認めざるを得ないが。君がそうなった理由は私が君の記憶を今の君、アイ・オコンネルに転送したからだ」
「はい?」
「難しいか?500年前に生きていた人間、平岡晴の記憶データを今ここにいる少女アイ・オコンネルの脳に書き込んだ。それが君だ」
言葉の意味は理解できる。理解はできるが、理解できない。
質問の仕方を変えよう。
「すみません。あなたが人間の記憶の転送をした理由はなんでしょうか?」
「ん?そこに山があるからだ」
「え?」
「おや?この言葉は君の時代に流行った言葉ではなかったか?今は登山家なんていないからな。君の時代にいたというある登山家の言葉だったはずだ。登山家はいなくなったが今でも使われる言葉だよ」
「えーと、その心は?」
「理由なんてないってことだよ。私は研究者だ。人間の記憶のデータがあり、使える人間の身体があるなら記憶を転送したくなる。そういうものだろう?少なくとも私のような研究者、科学者はそういうものなんだよ。しかも記憶の人体への転送は世界初なんだよ!君!これまでそれが成功した記録はない。喜べ!君は世界初の存在なんだぞ!」
ピーター・デュエルが急に興奮しだした。これまで無表情でやや非人間的に見え少々怖さを感じるほどだったので驚く。
「世界初ですか!?素晴らしい!」
追従しとこう。
「すまん、キャラがぶれた。ロールプレイは大事だからな」
つまり、これまでの態度は演技だったのか?急に親しみが湧いてきたような気がしなくもない。
いや錯覚だな。
「科学者は科学者らしくなければならない。天才科学者ともあればなおさらだ」
むしろ狂気を感じてきたんだが・・・
◇
「正直なところ、成功したといってもどの程度なのかはまだわからない。脅かすようですまないが、君の記憶が本当に定着したのか、今後それが壊れる可能性もなくはないだろう。しばらく検査・観察は続くことになる。もう一度確認するが、君の意識は平岡晴で間違いないね?」
「そうですね、私の身体が私ではない少女であるというのは理解しました。そして私の意識は平岡晴です。私は私を平岡晴だと思っています」
「よろしい。君の記憶が正確に過不足なくコピー・転送できたのかは厳密には不明だが、そもそもそれを確認する方法も今のところわからないしね。君としてはおかしなところはないのだろう?身体以外で」
少々怖いことを言ってる気がする。
「ありません・・・と思います。もし私の記憶が壊れたらどうなるんです?」
「知らないよ。安心しろ、記憶データは残ってる。使える身体さえあれば君の記憶はまた転送できるだろう」
「そうですか。いえ、それはまた別の私が生まれるってことではないですか?私という私は壊れるのでは?ややこしいな!」
「まあそうだろうね。そうならないためにも検査・観察は今後も必要だ」
「・・・ひとつ気になるのですが。この美少女、アイ・オコンネルの意識はどうなったのです?消えたのですか?私のどこかに残ってるのですか?」
「消えているはずだ」
や、やはりドクター・ピーター・デュエルはいわゆるマッド・サイエンティストではないのか?
薄々そんな気はしていたが、これはやばいのかもしれない。
何をされるかわからない。
私が固まってると、ドクターははっとなにかに気づいたように話を続けた。
「ああ、勘違いしないでくれ。私が少女の意識を消したのではない。そんなことを出来る相手ではないしな。君の記憶を転送したときにはすでにアイ・オコンネル嬢の意識はなかった。消えていた。君・・・彼女はしばらく前に高熱を伴う原因不明の病気にかかったのだ。その後身体的には回復したんだが、しかし意識は戻らなかった。脳死状態みたいなものだ。複数の医者に意識が回復する見込みはないと診断された。今の技術で可能な限り、彼女の脳内に彼女の意識の痕跡すら観測できなかった」
やばさは薄まったが、薄まりはしたがそれでも私の感覚からは、ドクター・ピーターは多少なりともやばい人間の範疇に入ると判断する。
今の時代、今の世界の常識的にどうであるかはわからない。
ともあれ、気をつけるようにしよう。
◇
「まとめると、ドクターの探求欲によって私は今の時代に時を超えて美少女として再誕したんですね。実質転生かな」
「私個人の動機としてはそう言っていいが、そもそも君の記憶の転送は君、アイ・オコンネル嬢の父上の依頼による」
「それこそが私の転送、転生の理由でしょう。もう少し詳しく説明してもらえませんか?」
「うむ、実は君はすでに婚約していてね。アイ・オコンネル嬢の意識が回復しなければ婚約は破談になる。君の父上であるダグ・オコンネル取締役にとってそれは大問題だ。非常に困る。なんとしてでもどんな手段をとっても娘の意識を取り戻してほしい。そういう相談が私のところに来た。たまたま私は君の記憶データを入手していてね、実践はできなかったがいろいろ研究していたところだった。それでオコンネル取締役の娘、アイ嬢に君の記憶を転送することを提案したんだよ。取締役は私の提案を採用したというわけだ」
婚約!?ついに私も長い独身生活とおさらばか!?
いや、違う。えーと情報量が多いぞ。いやそうでもないか?
父親?そりゃいるよな。取締役ってことは金持ちだろう。金持ちの娘に転生。しかも美少女。ラッキーだな。たぶんラッキーだ。美少女ラッキーとでも名乗りたい。いやそれはなんか犬みたいだ。私は猫派だ。
しかし私は本当は娘じゃないから父親を騙さないとならない。いや待て、父親は私の中身を知ってるって話なのか?
「・・・それではアイ嬢が意識を取り戻したとは言えないのではないですか?中身は別人ですし」
「そうだな。だから君は今後、取締役家の娘、アイ嬢を演じてもらうことになる。そのための教育も施す」
「いや、それでいいんですか?私の父、取締役とやらは。娘を取り戻せてないでしょう」
「取り戻したと言えるだろう。君が娘だ。ああ、わかった。親子の愛情みたいな、そういうやつか。取締役がどういう気持ちなのかは私にはわからないよ。しかし君の婚約が取締役家にとって非常に重要なものであることは間違いない」
「察するに政略結婚というやつですかね。いろいろとずいぶん割り切った打算的なものと感じますが・・・」
「結婚とはそういうものだろう。特に貴族にとっては」
取締役「家」とか貴族とか意味はわかるが引っかかるワードがちょくちょくあるが、なによりドクター・ピーターの感覚が私とは大きく異なるものであることが感じられる。私の父であるらしい取締役もまたそうであるようだ。
つまりは、私が生きてきた現代と今この時代とで人間の感覚や常識がまるで違うということなのだろう。500年も経てばそれは当然かもしれない。
それは仕方がないとして。
「私の自由はどうなるんです?」




