第22話 遺跡注意報
幌馬車は行く。
カンザスの平原を、青空の下を、ゴトゴトとのんびりと幌馬車は行く。
逃亡中であることなどすっかり忘れてしまいそうな、のどかな穏やかな春の日差しの中を行く。
しかしそんな平和な幌馬車の荷台で私は私のキャラクリに悩んでいた。
「お兄様呼びやめたらどう呼べばいいの?お兄ちゃん?兄さん?おにぃ?にぃに?兄者?兄貴?超兄貴!!!兄?アニー?好きだよアニー?who is it 俺スチャアニ?ウェイウェイウェイウェイガッテーム!」
がってむ!
妹についてエロゲ知識しかないから妹が兄をどう呼んでるのかわかんねえよ!
っていうかこれ絶対英語で言えないじゃん英語で区別できないじゃん。英語なら何?ブラザー?bro?絶対違うよねこれってYO!ヘイbro!よう兄弟。なんか悪そう。桃園で誓ってそう。俺は桃園生まれ侠客育ち曹操の敵はだいたい友達!ヒップホップ三国志ブラザーだとアランは関羽かなやっぱり。
無駄な悩みだった。
貴族英語じゃなくて普通の英語で喋ればいいだけだろう。500年前でも日本語のメールより英語メール書くほうがある意味楽だったもんな。
よしキャラクリ終了。
いい天気だなあ。外あまり見えないけど。
緊張感もうゼロだよ略して緊ゼロ。緊ゼロから始まる異世界の旅。
ゴトゴトとのんびりと幌馬車は行く。
◇
昼頃になって兄も起きた。
「おはようございますお嬢様」
「アイ」
「おはよう、アイ」
「よろしい」
しばらくして幌馬車が止まった。
これまでにも何度かカラバーナ隊の休憩はあったが、今回は女性2人が私たちの幌馬車にやってきた。
「採寸とらせてもらえますか?」
一人が英語でそう尋ねてきた。
「アラン兄さん、少しの間荷台から降りて外出ても大丈夫かな?」
「そうですね。そうだな・・・まあ大丈夫だろう。私も見張ります」
「ありがとう」
私は荷台からトンと飛び降りた。
んー、やっぱり外は気持ちいい。
半日乗ってただけだけど荷物もあるし荷台はちょっと窮屈だった。もっとも歩くよりは全然楽だけど。
兄も降りてきて周囲の警戒を始める。でも追っ手が追ってくるなんてもう全然思えない。
採寸はすぐに終わり、私は警戒中の兄の隣に立った。
「いい天気だねえ」
「はい」
「この風景は500年前とほとんど変わらないな」
「500年前のカンザスを知ってるのですか?」
「知らない」
あれ?そうだった。500年前の私はカンザスに来たことなんてなかった。
でもすっごく見慣れた景色に思える。日本でこんな風景北海道くらいしかないんじゃないのかな。けど親の顔より見たありふれた田舎の風景と脳が認識してるのはなぜ?
人間の記憶もフィクションだな。
「まあ、昔のアイもこの風景は見てませんしね。ほとんど館の中か、せいぜい近所に出るだけでしたので」
「私が今見てるから。アイさんもきっと見てるよ」
「・・・そうですね」
そのまま二人でカンザスの平和な光景を眺めていると、突然に兄が私の前に出てきて視界を塞いだ。
「お嬢様、馬車にお戻りください」
「アイ」
「アイ、馬車に戻れ。人がいる」
そうだった。兄は風景を楽しんでいたのではなく警戒していたんだった。
「わかりました」
私は幌馬車に戻り、うんしょと荷台に上って荷物の間に身を隠す。
少しすると兄も幌馬車のところに戻ってきた。
「先ほど草むらに不自然な動きがありました。人がいる動きです」
「言葉遣いに気をつけるように」
私はピシっと注意する。表情にも「きりっ」と擬音をつける。
ちょっと気分がいい。
この数ヶ月、私は散々イーメン先生から淑女らしい言葉遣いを注意されてきた。
その仕返しをしている気分だ。相手もベクトルも違うけど。
「ん、んん。アイ、草むらの動きが変だ。人がいる」
「追っ手ですか?」
「おそらく違うでしょう。んん。追っ手の行動ではない」
「では誰?」
「盗賊の可能性がある。私、俺はカラバーナに知らせてくるからアイはここで待っててくれ」
「私も行きます」
「いや、ここにいてくれ」
「追っ手ではないのでしょう?」
「念のためだ」
むう。あ、そうだ。
「ンプォ」
兄が私を真正面から見ているのに恥ずかしい。美少女の言葉じゃない。
でも兄の表情は1ミリも変化しなかった。逆にこっちが笑いそうになるわ。
「なにか聞けるかもしれませんよ」
「・・・わかった」
兄と私は昨日の英語を喋る男を探し、そこに向かった。
「人の気配があった。盗賊かもしれん」
「何?人数は?」
「気配を感じたのは一人だ」
「ふむ」
カラバーナの男は頷く。
「この先、道は科学時代の小さな遺跡の近くを通る。遺跡に野盗どもが潜んでいる可能性がある。先にここで休憩したのもそのためだ」
「なるほど。その野盗の斥候かもしれないと」
「うむ」
「どうするんだ?道を引き返すのは困る」
「俺らだってそうだ」
男はカラバーナ隊一行を見渡す。
カラバーナたちも空気を察し、こちらを見て黙っている。座って休憩していた者も立ち上がっていた。
「この人数だし戦える者もいる。盗賊たちの人数次第だが、襲われる可能性は少ないはずだ。賊どもが切羽詰まってるならわからんが」
「ではこのまま進むのか?」
「そうしよう。万が一のときはお前も戦ってくれ」
「わかった」
兄はそう答えたが、そのまま動かずに少し考える顔を見せ、再び口を開いた。
「この先は俺が隊の先頭に立って歩こう」
「うん?」
「俺は領主の正規兵だ。正規兵に見えるはずだ。俺の姿を見れば盗賊どももよほど自信がなければ襲ってこないはずだ」
「そうだな。じゃあ悪いが頼む」
「ああ」
そして兄は私のほうを向いて言った。
「アイはまた馬車に戻っててくれ」
「私もアラン兄さんと歩きます」
「それは危険だ」
「そうですか?私は兄さんのそばにいるほうが安全だと思います。万が一のとき、離れ離れになるのは不安です」
「ふむ」
「そうだな、そうしよう」
◇
カラバーナの一行は再び動き始める。
兄は男から槍を渡されていた。槍を持つ兄はまったく衛兵のように見える。
私は兄と共にカラバーナ隊の先頭を歩く。
ゆっくりとした歩調であったが、それでも小さな私の歩幅ではついてくのがほんの少しだけ大変だ。
すぐに前方右手に遺跡が見えてきた。
現代文明の廃墟だ。元々はビルもあったのかも知れないが、それも崩れて1階部分しか残ってない。
街道とは少し距離があるようだ。
ちょっと緊張してきた。
さらに近づく。
遺跡は前方というよりすでにほぼ右手。距離は数百メートルくらいだろうか。
「いますね」
「やっぱりいたの?私には見えないけど。何人?」
緊張が一気に高まる。
「姿は見えませんが、気配があります。気配は一人か、せいぜい2~3人でしょう。集団ではありません」
「そう。襲ってくるかしら」
「まずないでしょう。野盗もこちらを警戒してるだけしょうね」
兄の言葉に少し安心する。
けど未来中世の旅怖い。やっぱり一人では無理だったじゃん。
そのまま、しかし緊張感が全体を包んでカラバーナ隊はゆっくりと道を進む。
遺跡が見えるのが視界のやや後方となる。
兄が少し大きな声を出した。
「おい」
「なんだ」
英語を喋るカラバーナの男が応え、私たちのところまで来た。
「俺はここからは殿を歩く」
「そうしてくれ。頼む」
兄は最後尾に移動し、私はまた幌馬車に戻った。
馬車はゆっくりではあるが移動を止めてなかったので、兄が私を抱えて荷台に乗せてくれた。
兄の頼もしさをまた感じるが、しかし特に直接に肉体的なそれには私は微妙な気持ちになる。
幌馬車の荷台では視界も狭く、むしろ不安が少しばかり増した。
しかし結局は何事もなく、1時間もすればカラバーナ一行を包む空気は元の平和なものとなった。
◇
日も暮れて、今日もカラバーナたちと野営だ。
焚き火を囲むように幌馬車が置かれている。
私と兄はまたカラバーナたちから少しだけ離れたところに腰をおろし、パンを頬張った。
「スープいいなあ。美味しいのかな」
「言えば分けてくれるでしょうが、そこまで求めないほうが良いでしょう」
「そっか」
カラバーナたちの話すスペイン語がインプラントを通じて聞こえてきた。
「やっぱりあの兵士がいて良かったな。野盗どももなにもしてこなかった」
兄の話だ。
「そうか?どのみちあいつら襲っては来なかったろう」
「かもしれないが、やっぱり兵士がいると確実だ」
「まあな。まあ野盗で良かった。ゴブリンの群れだったらまずかった」
ゴブリン!
「ゴブリン!ゴブリンですってアラン兄さん!」
「なんの話でしょうか」
「言葉遣いに気をつけてください」
「そんなにゴブリンが好きなのか?」
「やっぱりゴブリン出るんだ」
「街道そばにはゴブリンの群れはいない。ハグレなら出ることもあるが、この数の集団からは逃げる」
「なんだー。見てみたいのに。でも18禁展開は禁止」
ゴブリンが珍しくないと言っても私が遭遇するのは難しそうか?
ありふれた動物だけど普通の人が実際に見ることはまずない、熊みたいな感じ?いやでも500年前、治験バイト参加したころは町にも熊が出てたぞ。
ゴブリンは熊よりは弱いよね?
あ、そうだ。
「スライムは?スライムは出ないの?悪いスライムじゃないよとか言って」
「スライム?」
「悪いスライムでもスライムなら私でも倒せるでしょう?」
「スライムですか。私も見たことはないですね。遺跡に出るとは言いますが、ほとんど遺跡伝説でしょう。それにお嬢様ではスライムに勝てませんよ。噂されるスライムはゴブリンよりもはるかに怖い生き物です。生き物かどうかもわからないですが」
「まじ?スライム強いの?あと言葉」
「すまん」
スライムもダメか。オークもいるみたいだけど美少女の天敵だから禁止。
中世風ファンタジーなかなか厳しい。これじゃただの中世じゃん。




