第20話 待っててゴブリン
男たちはカラバーナたちを罵倒しながら野営地に入ってきた。
「てめえらみたいな遊んでばかりの連中はむかつくんだよね。俺らは毎日汗水垂らして働いてやっと生活してるっていうのによお」
「そうそう世の中間違ってるよなあ?おまえらみたいなクズどもがなんで存在してるんだ?」
あれ?
なんか痛いぞ?自分が言われてるような気がしてきたぞ?
無職を自己アピールしてるけど、500年前の私は実際のところ名実ともに無職だった時期はそこまで長くない。バイトでもそれ以外でも生きるために、そしてせめて人並みと言えるくらいにはなりたいと頑張ってたつもりだ。
働いてた。仕事してた。
でも世間の目は、無職で働いてないときとたいして違わなかった。
「いつまでもそんないい加減な生活してんじゃないよ」「真面目にやれ」「ちゃんとしろ」
仕事してても遊んで暮らしてるみたいに言われてた。
私の仕事は仕事と認められてなかった。
おかしいね?
なんかむかついてきたぞ。
「もう少し目立たぬ位置に移動します。お嬢様は私の後ろに隠れていてください。決して彼らに見られないようにしてください」
「はい。でも私はお嬢様ではありません」
兄は幌馬車のそばに移動して男たちの観察を続ける。私も兄にくっついて移動し、兄の後ろから彼らを観察した。
男たちは武器を持っているように見えたが、よく見るとそれは農具だ。
つまり、山賊の類ではないってことか。
「おそらく近所の村人のようですね」
熊手みたいのを振り上げて威嚇してるけどこう見ると一揆だな。
押忍!帝○高校出身!成増在住!飲めぬ、下戸には、ぶっとばすぞお?
それ一揆やない一気や。
オズ・バーボンの一気飲みは危険なのでおやめください。
「カラバーナのほうが武器もあるし追い払えそうですが」
「騒ぎが大きくなれば不利になるのはカラバーナです。立場が違います。カラバーナは手出しができません」
「ではカラバーナは村人にいいようにやられるだけなのですか?」
「村人にしたって騒ぎすぎると衛兵など出てくる事態になるかもしれず、そうなると面倒です。嫌がらせはしても大きな実害を与えるようなことはしないでしょう。食器が割れたのも意図したものではないでしょうね」
石を投げ込まれる時点で実害だと思うんですけど。
「でも嫌がらせなんてなんのために」
「相手はカラバーナですし、そういうものです。嫌がらせに理由なんてないでしょう」
そういうものか。
そういうもの多いな。
「しばらくほっとけば村人も去るでしょう。しかし、そうですね・・・」
兄はなにか考え始めたようだ。
すると「カシャーン」と、また何かが壊れる音がした。
兄は顔を上げ、私を見ると「お嬢様はここに隠れていてください。ここから動かないように」と言い残し、威嚇を続けている男たちのほうに向かっていった。
◇
「音楽はねえのか。踊りは?踊り子は?サービスしろや!」
「そういえば最初から静かだったな」
「いいから酒とねえちゃん持ってこい!おもてなし知らねえのか?裏しかねえくせによ」
焚き火のそばで周囲のカラバーナたちを威嚇しつつ罵倒していた男たちだったが、兄が近づいてくるのに気づいてそれを止めた。
「お、おい」
「ん、なんだ?ん?」
「兵士か?なぜいるんだ?」
農具は構えたまま大人しくなった村の男たちの前で兄は歩みを止めた。
兄はそのまま何も言わず、彼らを見下ろすかのように立っている。
「・・・」
村人たちは顔を見合わせ、農具を下ろした。
「いや、なんでもないんだ。ちょっとふざけただけで」
「はぐれゴブリンが出たんだよ。それで俺達はゴブリン狩りに出てて、今から村に帰るとこだ」
「結局ゴブリン見つけられなくてさ、ちょっと気が立ってたんだ。少しふざけすぎたかな。もう帰るよ」
「ああ、兵隊さんに面倒かけちまったなら悪いな。俺らは帰るよ」
男たちは言い訳じみたことを口々に言うと、気まずそうにまた暗闇の中に去っていった。
結局兄は一言も発することなく、そのまま黙って彼らが消えた方向を見ていた。
やがてカラバーナたちも元のように焚き火の周囲に座り、やや静かに談笑が再開される。
私はうずうずしていた。
兄と話したい!
兄のところに走って行きたかったが動くなと言われてる。
はよ戻ってこいや!
兄は、英語を喋るカラバーナの男となにか話した後にようやく私のところに戻ってきた。
「終わりました。私は今晩・・・」
「お兄様!」
私は兄の言葉を遮った。
これ以上待ってなんていられない。
「ゴブリン!ゴブリンって言いました?あいつらゴブリンって言いましたよね?ゴブリン!ゴブリンですよね?あのゴブリン!」
「え?は、はあ。彼らはゴブリン狩りの帰りだっ・・・」
「やっぱりゴブリン!ゴブリンですって!あ、もちろんゴブリンって不細工おじさんのことじゃないですよね?ジャバニーズゴブリンじゃなくてゆーあーアメリカンゴブリンですよね!きゃーゴブリン!」
「いや私はゴブリンではありませんが・・・」
我ながらちょっと興奮しすぎとは思わなくもないが、美少女だから良いだろう。
だってゴブリンだぞ。
憧れのゴブリン!
いや憧れではないな。
「近くにいるんですか?ゴブリン!襲ってきますかね?あれ、襲われたら私ヤバいかな。18禁されちゃうかな。それは困るでもゴブリン見たい!お兄様がいたらゴブリンくらいいても安全ですよね?行きましょう!ゴブリンを見に!ゴブリン狩りです!」
「あ、あのお嬢様」
「はい。アイです。お嬢様ではありません」
「落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか!でもはい。落ち着きます。落ち着きました。ごめんなさい」
私の興奮する声がさすがにカラバーナたちの視線を集めていた。
「お嬢様はゴブリンがお好きなんですか?変わって・・いや、まあアイお嬢様なら不思議はないか」
「アイです。お嬢様じゃないです」
「アイ様・・アイ。はぐれゴブリンの一匹くらい私がいればたしかに危険はまずありませんが、この時間にゴブリン狩りは無理です。もちろん明日も、もっと遠くまで逃げなければなりませんのでゴブリンはまた後日ですね」
「そうですか。残念です。待っててゴブリン」
「そこまで・・・ゴブリンなんてそんなに珍しいものではないですよ。どこにでもいるわけではありませんが、近いうちに必ず見られます」
「本当ですか?約束ですよ!ん?これ兄と約束するのでいいの?兄と約束したらゴブリン来るの?ゴブリンと約束すべきでは?やっぱりゴブリン探しましょう!」
「アイ」
「はい。ごめんなさい」
外に出て初日でゴブリンとニアミスだよ。思ってたよりファンタジー世界だった。
こうなると魔法も魔王も期待しちゃうぞ?魔王はいいか。魔王退治はしたくない。勇者になんてなりたくない。
いや美少女だし勇者はないか。聖女?聖女ならまあ、なってもいいかなあ。
でも勇者なら富と名誉とハーレムと得られるけど聖女って何得られるの?んん?もしかして名誉だけ?聖女で成功してもなんの得もなくない?
聖女不憫。
聖女辞めます。
◇
「話が途切れましたが、今晩私はこの野営地の警備をします。カラバーナにもそう伝えました」
「警備?」
「はい。どのみち追っ手の警戒もせねばなりません」
「わかりました。無理はしないでください。それで私は?」
「そうですね、場所を移動しましょう。入口に近い、私の目の届く場所でお休みください」
兄が荷物を手にしたので私は慌てて敷いてあった毛布を丸めて腕に抱えた。
私だって少しは仕事したいのだ。
仕事したくないけどしたいのだ。
焚き火のそば、野営地の開けている側に移動して荷物を置き、あらためて毛布を敷く。
「ではお嬢様・・・アイはここに寝てください。私はすぐそこの入口で夜警をします」
「あ」
先程の騒ぎからカラバーナたちは落ち着きを取り戻していた。
割れた食器もすでに片付けられている。
焚き火を中心に何人かのグループになって半円状に程よく散らばり、なにやらおしゃべりをしている。
子供は幌馬車で寝るようだ。
兄のことを話している声も聞こえてきた。
「やはり兵士がいると無用なトラブルも減るな」
「ああ。助かる」
「でもワケありだろう」
「だろうな。しかし我々に害をなすつもりはないようだ」
なるほど。
ほっといても村人は去ると言ってたが、兄は自己アピールをしたのか。
きっと兄は500年前の日本でも就職に困ることはないだろう。
優秀な人間は優秀だな。
少し寂しい気持ちになりかけたが、無職中年が寂しさまで装備したらヤバいのでそれを振り払う。
明るくいこう。
今の私は美少女だから寂しさ装備もプラスになるかもしれないが。
私は野営地の入口にいる兄のところに向かう。
「アイ?」
「まだ私眠れません。少しだけお話しましょう」




