第19話 もちろんあだ名に!決まってまっすっ!(挿絵あり)
※現在のアイの姿参考(乗馬用の服)
「事情がある。今晩、私たちもお前たちとここに寝ようと思う。もちろん今買った毛布と食料があるので、他に何もいらない。ただ寝るだけだ。いいか?」
カラバーナたちだけでなく、私も思わず首を上げて兄を見つめた。
兄の言葉に少し驚いたからだ。
私は兄がカラバーナたちに自分たちの滞在をお願いする、あるいは交渉するものと思っていた。これまで私が見てきた兄の態度や性格は、下手に見えるほど丁寧にそれを頼むイメージだった。
だが、兄の発した言葉は強く、お願いというよりも決まったことを伝えるようなものだった。半ば命令のようで、私からは威圧的にすら感じた。
同時に、兄の言葉、その調子はどこかで聞き覚えがある。
思い出した。
そうだ、500年前の私はこの手の言葉をよく聞いていた。
立場、肩書のある者が下の人間に言う言葉だ。
「少し待て」
兄の前にいた英語を話す男はそう言うと、後ろにいるカラバーナたちの1人と話し始めた。
私は兄の腕を引っ張って上半身をかがませ、兄の耳元で小声で囁く。
「今、私は翻訳インプラントを使ってます」
「わかっております。もしなにか気になることがありましたら私にもお知らせください」
ンプォ!に気づいてたしな。
そりゃ気づくよね。
くそう。
「それとお兄様は言葉遣いをあらためてください。私の身分を勘付かれないほうがいいでしょう。いえ、私はすでに貴族ではありませんが。私はただの妹です」
「・・・それはたしかにそうですね。努力します」
相談しているカラバーナの男たちのスペイン語も小さく聞こえてくる。
「どうする」
「断れるわけないだろう。兵士だ」
「どういうつもりなんだ」
「わからん。やっかいだな」
「山賊の類ではなかろう。そこだけはマシだ」
「少女を連れてるのも奇妙だ」
違うぞこら。
私は美少女だ。ただの少女じゃない、美少女だ。
訂正しろ。
「ワケありか」
「なら断れるんじゃないのか?」
「かもしれんが、断っても素直に引き下がるとも限らん。そうしたら余計な摩擦が増えるだろう」
「そうか」
「確実なのはあいつが武装した兵士だということだけだ。ならば、仕方あるまい」
カラバーナたちは私たちを受け入れると決めたようだ。
決めたというよりは、彼らは彼らに選択肢がないことを確認した感じか。
英語を喋る男が再び兄の前に出てくる。
「わかった、好きにしてくれ。ただ、子供を怯えさせるようなことは遠慮してほしい」
◇
「感謝する」
兄はそう言うと、先に購入した毛布などを手にし、私を見て目で付いてくるように促すとカラバーナの野営地に入っていった。もちろん私もそのすぐ後をついていく。
兄が感謝の意を伝えたことに私は安心していた。
私は兄がカラバーナを見下しているのではないかとも少し感じてたのだが、そういうわけでもなさそうか。
少なくとも悪役令嬢(※イメージ)の態度よりはずっと良い。
たぶん。
私はなぜか兄がゴージャスなゴシックドレスを着て悪役令嬢になってる想像をしてしまい、気分が悪くなった。
でも最近、じゃなかった500年前はわりとそういうの多かった気もする。おじさんの魔法少女とかセーラー服おじ○んとか。
私は違うから。
ちょっと似てる近いけど私は見た目は美少女だから。
焚き火を囲むようにいるカラバーナたちから少しだけ離れた場所に兄は毛布を敷き、私たちはそこに座る。買ったばかりのパンとチーズを兄がナイフで切り分け、私はそれを受け取って頬張った。
美味しくはない。でも十分満足だ。
そもそも貴族であるオコンネル家の食事でもあまり美味しくはなかったので、美味しい食べ物の期待はしない。もう慣れた。
500年前の私は社会の平均以下、貧しいほうだったが、それでも今と比べると普段から美味しいものを口にしていた。今思うと、私が生きていた時代は歴史上異常と言っていいほど恵まれていた時代だったのではないかと思う。
まあ個人としては、底辺だった500年前よりも今のほうが恵まれてるけども。
貴族の娘で超美少女。カースト頂点なんじゃないの?
貴族の娘は捨ててしまったけど美少女だけでもチートだよね?せっかくなんだから美少女チートを武器として使うべきじゃないだろうか。
いや、あれ?
美少女を武器にするのはちょっと危険な考えな気がするぞ、やめようやめよう。
しかし一見キャンプみたいな光景だけども、実際キャンプなんだけども文化祭の後夜祭みたいな感じではまったくなくて、空気がとてもとても微妙。
後夜祭のキャンプファイヤーって自分に経験ないけど。っていうかあれ実際にあるの?あれもアニメだけのものじゃないの?もし現実に500年前の私がそれに参加してても、周囲は楽しんでても絶対自分は微妙な空気だったな。
今この場所を微妙な空気が支配してるのも、もちろん私たちのせいだ。
会話は再開されてるが賑やかなものではなく、音楽も止まったままだ。
警戒されているのがわかる。
私はインプラントを通じて聞き耳を立てた。
「兵士はわかる。少女はなんだろうな」
美をつけろよデコ助野郎。
「恋人同士が逃げてきた、というわけではないだろう。そういう雰囲気はない」
「兄妹かね」
「それもないな。少女の着ているのは乗馬用のものだろうが良いものだ。貴族だろう。しかし男はただの兵士だ。身分が違う」
あ、バレバレだった。
「お兄様。私の身分、いえ元ですが、カラバーナたちにバレてました」
「まあそうでしょうね」
「やっぱりお兄様もそこはわかってたのですか。でも言葉遣いは変えてください。お嬢様とは呼ばないように」
「でも以前からそうでしたので」
「そうなの?兄妹でも?」
「はい」
「そうでしたか。でも変えて。今のままではまるで姫と家臣です。私は人を従えるつもりはありません。私たちは兄妹です」
「努力します」
だいたい今の感じでは変なことも言えないし。
だから私の思考が跳んだりぐるぐるしたりしても誰にもそれを投げられなくて一人で脳内旅行してるし。
カラバーナたちの会話からは、警戒よりも興味のほうが強いようにも思えた。
しかし、私たちに視線を向けることもなく、もちろん何かを尋ねに私たちのところまで来ることもない。
警戒してるのは確かだが、でも敵意があるわけではなさそうだ。
あ。
わかったぞ。
これあれだ。
子供のころ学校で休み時間に友達とふざけてるところに先生が来た。
そんなシチュエーションに近いんじゃないか?
悪いことしてたわけじゃないけど先生に余計なこと言われないように大人しくしてる、そんな感じの。
そこまで素朴じゃないな、もう少し空気重い。
500年前の無職中年独身男性の私が夜中コンビニに買い物に出かけたときに警官と合ってしまう。
それが近いな?
夜中より昼間出かけたときに警官とすれ違うときのほうがもっと近いな?
これだ!
つまり兄は、たとえるなら警官や先生のような立場から私たちがここに一泊することを伝え、カラバーナはカラバーナの立場からそれを受け入れた。
当たり前のこととして。
そういうことか。
◇
「そういえば、私もさっきは二人で野宿よりカラバーナたちといるほうが安全と思いましたけど、追っ手が調べにくるのではありません?」
「それは考えにくいですね」
「どうして?」
「アイお嬢様は」
「お嬢様やめて」
「アイ様は」
「アイでいい」
兄はやりにくそうに言葉を続けた。
「アイは、今のアイはちょっと常識に欠けるようですからわからないのかもしれませんが」
「ストップ!えーとつまりそれって、オコンネル家のみんな、使用人たちにも私がそう見られていたってこと?」
「・・・」
「ショックだ。けっこういい感じに美少女お嬢様やれてるって思ってたのに」
「お嬢様は変な踊りしません」
「また!またそれを言う!しつこい!500年前はみんな変な踊り踊ってたの!tiktokとかで!踊ってない夜なんて知らないの!だいたいここカラバーナの野営でしょ!誰も踊ってないのおかしいでしょ!カラバーナっていったら踊り子でしょ!私踊ってくる!カラバーナだし曲はカルメンがいいかな。私の名前はっ!美少女でっすっ!古すぎかな?おじさんだから仕方ないんだよ!これで決まりですこれしかないのです」
「お嬢様、そろそろお戻りになってください」
「お嬢様やめて。女って突然に変わるものよ。で、なんの話でしたっけ」
「おじょ・・アイは知らないかもですが、普通はカラバーナと一緒に過ごそうなんて考えません。また、情報を得るにもカラバーナは信用されていないので、追っ手がもし近くまで来てもここを訪れる可能性は低いでしょう」
「そういうものですか」
「さらに、もし追っ手が来てもカラバーナは私たちのことを言わないだろうと思います。隠したら後で面倒になるかもしれませんが、正直に言っても追っ手に何を言われるかわかりません。また私たちが追っ手に抵抗でもすれば、カラバーナたちにとっても面倒です」
なるほど。
そもそも兄は元家兵長補佐で警備責任者だったのだから、追っ手の考えや行動パターンなどよく知ってるわけだよな。
「それにしても雰囲気がちょっと暗い。カラバーナの野営地が静かっていうのも不自然なんじゃない?」
「たしかにそうかもしれませんね」
「なにか音楽リクエストして来ようかしら。アニソンいけるかな無理だよねわかってます。ついでに私も踊る」
「踊るのはやめましょう。私が演奏を再開してもらうよう頼んできます」
そう言って兄が立ち上がったところで、突然大きな音が響いた。
ガシャーン!
兄が様子を見て私に説明する。
「水差しや食器が割れたみたいですね。外から石がいくつか投げ込まれたようです」
私も周囲を見回すと、女たちが子供を連れて幌馬車に隠れ、男たちも立ち上がり一方を向いて警戒し始めた。
武器を手にしている者もいる。
カラバーナ野営地を緊迫感が再び支配している。
しばらくして何人かの男たちがその姿を暗闇から現した。
「ようよう、盗人どもが」
「俺達が忙しくしてるというのに、のんびりといいご身分ですなあ?」




