第18話 アイちゃん弟化計画
再び馬の背に揺られながら私は後悔していた。
(しまったああああああ)
私は妹です!ってなんだよ。妹って女じゃん!
私は男だ。女じゃない。美少女だけど。
だいたい妹やるってどうやるんだよ。500年前も妹いてないしわからねえよ。
お兄ちゃんまた私の干し肉勝手に食べたでしょ!大事に取っといたのにぃ。代わりにその白パンもらうからね!
って感じ?いや、
お兄ちゃんどいて!そいつ○せない!
これだ!これが妹だ!
いやこれだ!じゃねえよ。しょうがないにゃあ。
違う、しょうがなくない男とセックスダメ絶対。
兄妹だからないと思うけどエロゲではよくやってるしやっぱり妹はダメだ危険だ。
ここは男の妹ってことで。それ弟か。
よし。
「お兄様」
私は背中越しに兄アランに声をかける。
「どうしましたか?」
「あの、私妹じゃなくて弟にします。私は弟です。もちろんお兄様はそのままお兄様ですよ?」
「・・・」
黙り込んだ。
聞こえてない?そんなことないよね。
そもそも普通に意味わからないもんな。
気まずい。
「あ、なるほど。バレないように男装をするということですね?いえ、そこまでは不要でしょう」
そう来たか!
「男装用の衣類を手に入れることが出来るころには、もう十分に遠くまで離れているはずです」
「そうではなく・・・いえ、そうですか。わかりました」
アイちゃん弟化計画失敗。
そりゃそうだ。
しょうがないにゃあ。せっかくクラス:美少女なんだし妹ジョブも引き受けるしかないか。
これも福利厚生だと思おう。
◇
日も暮れようとしていた。
どのくらいの距離を走ったのか私にはわからない。
途中何度も休憩を挟みながら、兄と私の乗る馬は道なき道を走り続けた。
もっとも、私のイメージする馬で疾駆する逃走よりだいぶゆっくりとしたペースで、もちろん速歩ではあったのだが少々緊迫感が抜けてしまった。
「この辺りにしましょう」
兄の声で私たちは馬を降りる。
「馬はここで放ちます。私たちはもう少し歩きます。馬が追っ手に見つかったとき、近くにいてはいけませんので」
「え、このまま馬で遠くまで逃げるほうが良いのではないですか?」
「少し迷ったのですが、この先は私もあまり地理に詳しくありません。道を外れると迷ってしまう可能性があります。しかし、馬で道を行けばかなり目立ってしまいます。また今日は馬に無理させて距離を稼ぎましたが、連日そういうわけにはいきません。そうなると人間の足と馬でそこまで大差なくなります。餌などの手間もかかりますし、明日からは徒歩のほうがいいと判断しました」
「そうですか、わかりました。お兄様のお考えで間違いないでしょう。それで、今日の宿はやはり野宿ですか?」
「そうなりますね。お嬢様には辛いでしょうが、申し訳ありません」
「いえ、私は野宿くらい大丈夫です。それにこれは私がお兄様にお願いしたことですから」
長年狭くて汚い部屋に平気で寝てたんだ。
野宿くらい余裕だろう、たぶん。
一人では無理だけど。
私はあらためて馬を見る。
ちょっとペースがゆっくりなんじゃないかと思ってたけど、無理をさせていたんだな。
馬の表情を見ても私には馬の気持ちはわからなかったが、そっと首のあたりを撫でた。
「お疲れ様。もし館に戻ることがあったなら、オコンネル家のみんなによろしく伝えて」
◇
私に代わり荷物を背負う兄の後ろを黙々と歩く。あたりはもうだいぶ暗くなってきている。
ふと、先行する兄が立ち止まった。だが、野営できそうな場所には見えない。
兄の視線の先を見ると、火の明かりが見える。
さらによく見ると馬車も数台停まっているようだ。
「あれはカラバーナですね」
私に教えるように兄はそう口にした。
カラバーナについて、私はイーメン先生から学んでいた。
アメリカを幌馬車で移動生活している集団で、私ははじめ西部劇やアメリカ西部開拓のイメージを抱いた。
しかし先生の説明を聞くと、要はカラバーナとは昔のヨーロッパのロマみたいな集団だった。
行商に加え簡単な金属加工、また音楽やダンスなどの芸能、占いなどを提供して暮らしているそうだ。
そしてやはり差別を受けているようでもあった。
イーメン先生がはっきりそう言ったわけではないが、説明的な言葉からもそれがなんとなくわかった。
兄は火の明かりのある方を眺め何かを考えていた様子だったが、少しして私を見て言う。
「彼らから毛布を買います。できれば今晩は彼らと一緒に寝させてもらいましょう。二人で野営するよりはずっと安全です」
「そうですね。私も良い考えだと思います。でも泊めてくれるでしょうか」
「おそらく。ただ、あまり油断もできませんが、私が警戒しますので大丈夫です」
私たちは再び歩き出す。
ふと、イーメン先生の言葉を思い出した。
「彼らは英語ではない言葉を話します。スペイン語だそうです。もちろん、英語が通じる者も少なくありませんが」
うん、そうだ。
私は小さな声で口にする。
「ンプォ!起動して」
念のため翻訳インプラントを起動した。
兄は一瞬ピクっと反応したが、そのまま歩き続けている。
恥ずかしい。
なんだよ「ンプォ!」って。
兄は、いや兄に限らずみんな当たり前のようになんとも思わないようだが、美少女が口にしていい言葉じゃないだろ。
ンプォってなんだよ。誰がこんなウェイクワード決めたんだよ。
あ、AIだなきっと。AIはもっともらしくちょっとズレたこと言うからな。
アイもズレたこと言うって?やかましいわ!
私たちが向かっていくとギターのような音楽が聞こえてくる。
しかしさらに近づくと、その音も止まった。
幌馬車が3台。
焚き火を中心に20人以上はいるようだ。子供もいた。
彼らカラバーナの全員が黙ってじっとこちらを見ている。
オコンネル家の人々と比べてみな少し浅黒く、そして黒髪と黒目が多い。
兄に比べるとみなやや小柄だ。
パッチリとした目で集団で見つめられるとちょっと怖い。
私は兄の後ろに少しだけ隠れた。
少しだけだぞ?
「誰か話せる者はいるか?買いたいものがある」
兄がよく通る声でそう言うと、兄と同じくらいの歳だろう男が前に出てきた。
「なにが欲しい?」
「毛布1枚。あと背負い袋ひとつと2~3日分の食料だ。あるか?」
みな一言も言葉を発することなく黙っている。
少しして兄の前に出てきた男が後ろを向き、スペイン語で持ってこいと指示した。
2人が幌馬車に向かった。
よしよし、ちゃんとインプラント仕事してる。私には日本語でばっちり聞こえてる。
なおインプラントを通すと機能というよりその性質で、人の声がかなり聞き取りやすくなる。
兄の後ろからカラバーナの集団を観察してると、一人の小さな6歳くらいの男の子がじっと私を見ているのに気づいた。
ほほう。
私は少年に向かって必殺美少女スマイルをする。
すると男の子は、照れたのか母親らしき女性の後ろに隠れてしまった。
ふふん、当然ね。
私も半分兄の後ろに隠れてるけど。
怖いわけじゃなくて、私の美少女パワーは少しは隠さないと大変なことになっちゃうから。
怖いからじゃなくて。
私の美少女パワーは全人類にはもちろん動物にもゴブリンにだって通じるし。
ん、いやゴブリンには通じたらまずいかな?
通じたらやばそう。
ゴブリンさんは美醜逆転世界ってことでお願いします。
いや、やっぱりね。
今の私はちょっと小さいじゃん?13歳だから。
自分が小さいってことは周囲がみんな大きいってこと。
周囲がみんな大きいと、やっぱり少しばかり怖い。それはしょうがないでしょ。おまけに私美少女だし。
でも500年前の私が子どものころそうだったかというと、あまりそんな記憶もない。
不思議だな、忘れてるだけかな。
◇
馬車に向かった2人によって毛布などが持ってこられ、兄の前に置かれた。
兄はそれを見ると、英語をしゃべる男に銅貨の入った小袋ひとつ、さらに加えて20~30枚くらいの銅貨を渡す。
受け取った男はそれをさらに別の人間に確認させた。
「いいだろう」
男がそう言う。
取引が終わった、やばいブツでもなんでもないが、みなどこか緊張が解けたような空気になる。
止まっていた時間が動き始めようとする。
が。
再び兄が口を開く。
「事情がある。今晩、私たちもお前たちとここに寝ようと思う。もちろん今買った毛布と食料があるので、他に何もいらない。ただ寝るだけだ。いいか?」
カラバーナたちの動きがまた止まり、兄にその視線が集まった。




