第17話 お嬢様と呼ばないで
アップダウンで館からちょうど死角になってる場所で、私たち二人は馬を降りた。
私はアランから渡された背負い袋を受け取る。13歳の美少女にとってもそこまで重くはない。
行く宛のない旅になるだろうにこんな装備で大丈夫か?と不安になりかけるが考え直す。
私は、貴族の娘という仕事の重さから解放されるのだ。
この軽さこそ旅立ちに相応しい。
大丈夫だ問題ない。
一番いい装備だ。
私は荷を背負い道端の切り株の上に立った。
アランが私を引き上げ、馬の後ろに乗せてくれた。
「この先道をはずれて草むらや林を進むことになります。かなり揺れることもあるでしょうから、お嬢様はしっかり私に捕まっててください」
「はい」
私は兄にしかっとぎゅっと抱きつく。
あたたかくて大きい兄の背中がうげえええええええええ。
なんで男に抱きつかないとならないんだよ。
うげえ。
気分わる。
アランには申し訳ないけど気分わる。
こんなことなら逃げなけりゃ良かった。
いや、逃げなきゃ男とセックスだ。
美少女たるもの男とくっつくことは避けられないのか。
仕方ない、福利厚生サービスと思おう。
美少女はつらいよ。
ワタクシ生まれも育ちもカンザス貴族家です。名前はアイ、姓はオコンネル、人呼んで激美少女のアイと発します。
ぱーーらーー ぱーらぱーららーー
◇
兄は馬を速歩で走らせていた。
ギャロップで長時間走らせることなどできないことは、私にだってわかる。
それでも気持ちが焦り、ずいぶんとゆっくりに感じてしまう。急がなくていいのだろうか。
「お兄様。家の者に追いつかれませんか?一度道に出てもっと速く馬を走らせたほうがいいのでは」
「お嬢様。今一番優先することは誰にも見られないようにすることです。急ぐことではありません」
「そうなの?あとお嬢様そろそろやめて」
「……私たちがどこに向かっているか、追っ手はわかりません。なので、追っ手は私たちを追いかけるよりもまず目撃者を探して聞き込みをします。ですから今は、先を急ぐよりも人に見られないことが重要なのです」
なるほど。
さすが元家兵長補佐ヤードガード警備責任者。追っ手だったこともあるんだろうな。
今は追われる立場だけど。
1時間ほど走ったろうか。私たちは最初の休憩をとった。
木陰に座り、水袋から水を飲む。
「おそらく時間的余裕はあるでしょうから、安心してください」
「そうなの?」
「鏡のあったホールは普段使われない場所です。使用人が見つけてもまず誰か近くのヤードガード、家兵に伝えます。そして家兵が警備責任者の私に報告しようとする。ところがその私がいない」
「そっか。あ、でも先に私が乗馬から部屋に戻ってこないのを侍女が気づくんじゃないかしら」
「またお嬢様が屋敷をうろうろふらふらしてると思って、すぐには怪しまれないでしょう」
え。
「お嬢様が、その、ご自由でいらっしゃるのはみんな知ってますので」
「そ、そう」
「・・・よく鏡の前でお嬢様が踊られてるのも家中で有名です」
「え?え?ちょ、まじ?あ、ごめんなさい言葉が。え、みんな見てたの?えええええええええ」
まじか!
ええええええ恥ずかしい。また黒歴史?あれはヨガだから!
あわわ目が泳ぐわたいやきくんだわあわわわわ。
「侍女が気づいた場合でも同じですね、私を探すことになるはずです。そして、私もいないことに気づいてもすぐには動けません。お嬢様を追う、その指揮を取るべき私がいないのですから」
ああ。
兄に頼んだのは大正解だったんだ。
でも、そしたらアランは。
「どうして一緒に逃げてくれたの?私が言うのもなんだけど、私を連れて逃げたらお兄様は家を追い出されるだけじゃ済まなくなる、かも・・・」
「兄ですから。アイお嬢様が私を兄に命じました」
「・・・」
そうだ。私がアランに兄を命じた。
でも、私はアランの妹ではない。
私はアランを騙して利用している。
本来ならアランは追うのが仕事だ。私がアランに正反対の仕事、私と追われる役目を命じた。
妹と騙して。
「ア、アラン。その、私・・・」
言わなきゃ。
どう説明しよう。
「私は取締役よりアイお嬢様の監視を命じられました」
「え?はい?」
「取締役はアイお嬢様が館から逃げるかもしれないと私に言いました。それで私はずっとお嬢様の監視をしていたのです」
「え?そ、そうなの。そうだったの。えーと」
だから私が逃げると言ってもあまり驚かなかったのか。
「ですから、お嬢様の乗馬の時間、礼拝堂周辺の巡回警備担当も私になっていました」
「ああ、なるほど。そういうこと」
全部アランが家兵長補佐で警備責任者だったからうまくいったんだ。
警備責任者のアランが私の兄だったから。
でも私は、私はアランの妹じゃない。
「アラン。私はアランに言わなければならないことがあります」
私はアランに向き直り、言うべきことを言おうとする。
アランは私を見ずにまっすぐと前を見ている。
「お嬢様」
「な、なんでしょうか」
「私の妹はどうなりましたか?」
◇
「!」
アランの妹。それは、私じゃない。
私が今の私になる前の、病で意識がなくなったアイ・オコンネルのことだ。
「え」
アランは私を見ない。
アランはまっすぐと、しっかりと前を見ている。でも、なにを見てるのかはわからない。
「あ。えーと」
しばし沈黙。
「アラン。知ってたのですね?」
「はい」
「いつから?」
「そうですね、けっこう前からですね。わかりますよ」
「そうでしたか・・・」
「私の妹は、鏡の前でおかしな踊りなんてしませんからね」
「それは言わないで!」
おい!
やっぱりアランも見てたのかよー。
おかしな踊りとは失礼な。美少女はおかしな火星人ダンスも絵になるんだよ。
そうか。知ってたか。
「アランの妹のアイさんは、私がこの世界で目覚める前に、病で意識をなくされました」
「・・・」
「ドクター・ピーターが言うには、意識の痕跡も見つけることができなかったそうです。その後で、私の記憶がアイさんの脳に転送されました」
「そうですか」
アランは無表情にそう呟く。
「でも。ドクターが言うにはアイさんの意識が回復される可能性も完全にないとは言えないそうです!私が生きてる限り、その可能性は0ではないと」
嘘ではない。
嘘ではないはずだ。
嘘ではないけども。
またしばし沈黙。
「わかりました」
アランはどこか振り切ったような顔で、私のほうを見てそう言う。
「あ、今の私の自己紹介しますね。私はだいたい500年前の日本って国で」
「いえ結構です。大丈夫です。その必要はありません」
「でも」
「あなたは私の妹です」
「えっ」
「あなたは私を兄に任じました。あなたは、貴族の娘で外の世界を知らない私の妹のアイお嬢様です」
私はアランの妹。
なぜなら、私はアランに兄を命じたから。
私がそう命じたのだから、私はアランの妹でなければならない。
それが私の責任で、役割だ。
「はい。私はお兄様の妹です。ですが、私はもう貴族の娘ではありません。私がお兄様の家兵長補佐の任を解任したように、お兄様は私を貴族の娘という責務から解放してくれました。今の私はただのお兄様の妹です。お嬢様と呼ばないでください」
◇
オコンネル家、取締役の部屋。
「取締役!アラン家兵長補佐も見当たりません!まさか・・・」
「そうか」
ダグ・オコンネル取締役は家兵長から報告を受けていた。
「二人で逃げたのだろう。気配はあった。探して連れ戻せ」
家兵長が慌てて出ていくのを見送る。
「やっぱりアランに監視を任せたのは間違いだったか」
取締役は部屋の奥の棚に向かい、そこにある小箱を開いて仕舞われていた刺繍のハンカチを手に取る。
そのハンカチは、アイとアラン兄妹の母ですでに亡くなった愛人リサの形見だった。
しばらくハンカチを見つめていた取締役は、それを再び小箱に仕舞うと悔しそうに嘆く。
「アイの誕生日サプライズちゃんと準備してたのに!無駄になったなあ!」




