第16話 ボーナスは出せません
第二部開始です
よろしくおねがいします
「本日より!本日付で!元オコンネル家家兵長補佐アランに、私アイの兄という任を命じます!」
私はアランの顔を見上げ、キッと睨んだ。
彼はわずかな間呆けたような表情を見せ、次に私の顔をまじまじと眺め、そして目を反らし考え込むように顎に手を当てた。
あ。
なんか勢いで言葉が出ちゃった。
兄という任を命じるって何。
兄って職業だったのか。
元家兵長補佐アラン。現職業、兄。
勤務時間0時~翌0時。休日なし。給与なし。
うわー、兄って仕事ブラックすぎるだろ。
誰がこんな仕事やんだよアランかわいそー。
でも私の仕事も貴族の娘だし同じようなものだ。転職先も貴族の妻。
そういえば私給料もらってなくない?ボーナスも!
福利厚生は充実してるけど。
そんなくだらないことを考えて脳がどこかに逃避してたが、気づくとアランがまた私のことを見つめていた。
慌てて真面目な顔に戻す。
きりっ。
美少女の「きりっ」だぞ。まいったかアラン。
えーと、今どんな状況なんだ。
◇
どのくらいの時間が経ったのかはわからない。
体感長く感じたけど、実際にはきっとわずかな時間だったろう。
私を見ていたアランがふっと軽く笑いを浮かべる。
そしてすぐに真剣な顔に戻った。
「かしこまりました!元家兵長補佐アラン、アイお嬢様の兄を勤めさせていただきます!」
「え、あ、はい。はい?」
はい?
どういうことかな?
なぜか慌ててしまう。
「え、ありがとう。え、いやいいの?正直ブラックだようち。給料ないし。本当にやってける?やりますって言っときながらすぐやめられても困るんだよねえ。最近の若い子そういうの多くてさあ。あ、いや違うそうじゃない。いいの?あれ?こういうとき何言えばいいの?研修の予定とか?」
「アイお嬢様」
「あ、はい私です。私がアイお嬢様です」
「結婚はできない。逃げたい。本気なんですね?」
アランが私を見つめる。
ん。
んん。
気を引き締めなおして咳払いをし、あらためて背筋を伸ばして私もアランを見つめ返す。
あ、咳払いは美少女じゃなかったかな。
もちろん本気だ。本気で結婚は嫌だ。本気で男としたくない。
逃げたいのも本気だ。正直、オコンネル家に居心地のよさも感じちゃってるが、逃げたいのだって本気だ。
けど不安なのも事実。
だって絶対コンビニないし。牛丼屋もラーメン屋もないし。学校ないしカーテンもないし電気もないしガスもない。バスは一日一度来ない。
不安だけど。不安っていうより無理だけど。
けど。
少し目が泳ぎかけたけど、もう一度強くアランを見つめなおす。
アランも私をじっと見ている。
探るような目ではない。もちろん疑いの目でもない。かといって、覚悟を求めてるのとも違う。
じっと見られてても怖くない。
真面目な目だ。
ならば、私も。
うん。
私はこの家を出たい。
この家は快適だ。スマホないし夜も早いけど快適だ。
でも私は貴族の娘ではないと思う。それは私の役割じゃない。
手をくっと握りしめる。
「はい。私、結婚はできません。ですが、貴族の娘である以上それは避けられません。それならば私はこの家を出るしかありません」
「わかりました。ではさっそく逃げます。すぐ準備しますので少しお待ちください」
え?今?今なの?今でしょ!え?
「あ、あの。私も準備とかしてないのですが。今逃げるのですか?しっかり準備計画して後日のほうが」
夏休みの計画すら立てたことないんだけどね、500年前の私。
そんな風に人生無計画だから45年必死に生きてきた結果が美少女貴族お嬢様。
無計画万歳!
あ?家族計画?あ?喧嘩売ってんのか?
「お嬢様。今しかありません。今逃げないのであれば、私はこの後割れた鏡の件を報告せねばなりません。お嬢様もおっしゃられた通り、そうすれば私は自由に動けなくなるでしょう。兄の仕事もできなくなります。今しかないのです」
「あ」
「このホールは普段使ってないので、誰かが鏡を発見するまでまだしばらくはあるでしょう。その間は、私も家兵長補佐として館を自由に動けます」
もしかして、この短い時間にアランは脱出プランまで検討したのか。
聞いてた通り優秀だな。
でもボーナスは出せませんごめんなさい。
「お嬢様はこのままいつもの乗馬にお向かいください。そして礼拝堂の裏にある小門で私をお待ちください。そこでしたらこの時間はヤードガードもいないはずです」
「わかりました。ところで、アランは私の兄を引き受けたのでしょう?でしたら、お嬢様はやめて」
「昔からそう呼んでおりましたので。では私は一度兵舎に戻ります。お嬢様は普段通りになさっていれば怪しまれることはありません。では」
そう言って足早に去っていくアランを私は身動きもできずに見送った。
◇
あまりの急展開に私はしばらく動けなかったが、それでも5分も経ってないだろう。
「よし」
私は再起動する。
いや、まだよく動けんようです。やります。
くっ。た、立ってくれ。立てよ!
味方のモ美る少女が動き始めました!
私が言いだしたことではあるが、突然でなんの用意も心の準備もしていない。
しかしおそらく、今を逃したら二度とチャンスはないだろう。
気持ちが昂るができるだけ平静を装う。
馬屋に向かっていつものように馬番に馬に乗せてもらい、約束の礼拝堂の裏に向かう。
いつのもようにトコトコと常足で。
小門に着き馬を止め、そのままアランを待つ。
周囲には誰も見当たらない。もし誰かが私を見ても、今ならまだそこまで怪しまれることもないだろう。
馬上でじっと待っているとだんだん不安になってきた。
本当に大丈夫なのだろうか。
礼拝堂があるため館のほうからは死角になってはいるが。巡回の兵が来たらどうしよう。
まあ、最悪バレて捕まっても命までは失わないはず。部屋に閉じ込められるくらいだろう。
あ、でもアランは?
アランは追放くらいじゃ済まないのではないだろうか。
やはり絶対に失敗できないな。
しばらくしてアランが馬でやってきた。
荷物は小さな背負い袋があるくらいか。それと水袋。
旅支度ってそんなものでいいんだろうか。何が必要なのか、私にはまるでわからないが。
おやついくらまでかな。
「お待たせしました」
「はい。準備はできてます。いえ、なにも準備するものもなかったのですが」
いいのかな。
「ご旅行ではありませんので仕方ありません。私の貯えも持ってきてます。落ち着いたら色々入手しましょう」
あー。
私お金持ってきてないし、というより私そもそもお金ないし。使う機会もなかったし。
アラン君の貯金崩すことになっちゃうのかー。お給料も払えないのに。
すまん!
福利厚生がんばるから!
なにがいいんだろう、肩たたきとか?
「では急ぎましょう。まだ誰も見かけてませんが、巡回の者に見つかったら私はまだよくてもお兄様が」
「大丈夫ですよ。巡回は来ません。ここの巡回警備担当は私ですから」
「へ?」
ちょっと変な声出た。
いかんいかん私は美少女お嬢様。
「では安心ですね。いえ、でも毎日の乗馬中、お兄様を見かけたことはなかったような」
「・・・気になされるようなら後で話します」
「?」
そんな風に言われたら気になるじゃん。
「このまま二頭で門を出ます。門を出たら私が先に行くのでお嬢様は後から着いてきてください。少し先に館からは隠れる場所があります」
「はい」
「そこでお嬢様の馬は捨てましょう。お嬢様は私の馬に乗ってください。それから安全な場所まで向かいます。今日一日は馬です。大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
大丈夫だろう、たぶん。
私も最近は毎日馬に乗ってたんだ。丸一日の経験はないけど。
馬を降りて小さな門の扉を開けるアラン、兄の背中を見つめた。
焦る様子もなく、落ち着いた動作だ。
この兄なら大丈夫だ。
そう思う。
兄の馬に続いて私は館の門を抜けた。
朝早くまだ冷たい春の風が頬を撫でる。
500年後の未来に目覚めた私の初めての外の世界は、どこまでも続く緑と青い空が広がっていた。
第二部の更新は2~3日に1回となる予定です




