第15話 割れた鏡
最近様子がおかしい。
ドクター・ピーターもイーメン先生も微妙に私と距離を置こうとしてる気がする。
館から逃げることを考えていることを察せられた?
そんなはずはない。たしかに一緒に逃げることを誘った。美少女の武器で!美少女の誘いだぞ?
なのにあいつら断りやがった。というか相手にされなかった。許せない!
やっぱりえっちなこと禁止したのがダメだった?でもそこ許したら逃げる意味ないじゃん。
じゃない。
そうじゃないだろう、はい儀式。
単に私の存在がうるさいからか。認めたくないけど。
◇
おや?
いつもの早朝乗馬に向かう途中、ちょっと国宝級全身鏡の前で軽く一曲ダンスしようとホールを覗くと誰かいた。
こんな時間に人がいるなんて珍しいが、しかし!
私の美少女ダンスタイムを奪うな!
火星語で歌いながら火星人ダンスを踊っても絵になるのは美少女の特権だ。絵になってると思う、なってるはずだ。
今まで見つかっても笑われたことはないし。
笑われたことはないが視線がどうかは自信がない。
とにかく。
美少女の特権を奪うなんて不届きなやつだ。
私は怒りながら(もちろん怒ってもかわいいのも美少女の特権だ)鏡のそばのその不届き者を見る。
なんだ兄じゃん。あ、しゃがんだ。何してるんだ?
「あ」
思わず声が出た。
兄がしゃがんだところになにかある。
私の声に気づいたらしい兄がこっちを見た。
顔に表情がないが、私の記憶にあるここしばらくの兄はいつも無表情だ。そこまでよく表情がわかるほど近づくこともないけど。
でも今は、私は兄のもとに近づく。
「どうしましたか」
「お嬢様。ご覧ください。私が警備でここに来たときには、すでにこうなってました」
兄の視線の先には割れた小さな鏡があった。
お母様の古代鏡コレクションのひとつだ。飾り台から落ちたようだ。
「お兄様が割ったわけではないのですよね?」
「私のことは家兵長補佐とお呼びください。はい、違います」
「わかりました。誰がやったのでしょう」
私は無意識的にしゃがみこんで割れた鏡に触れようとすると、兄が私の手を押さえた。
「触らないでください。お嬢様」
ああ、現場保全か。
私は再び立ち上がり、兄に聞く。
「それで、どうなさるのです?」
「私は警備責任者でもありますが、もちろんこれは家兵長もしくは取締役に報告します。そして指示を仰ぎます。それが私の仕事です」
私は考える。
兄、アランは平民ながらに家兵団のナンバー2であり、そして警備の責任者らしい。
つまり。
誰がやったにせよ、兄が一定の責任を負うのは間違いない。なんらかの処分は免れないだろう。
そして割れた鏡はお母様が大事にしているコレクションの1つだ。
「お兄様」
「家兵長補佐です、お嬢様」
「アラン家兵長補佐。報告するのがあなたの仕事ですね?報告したらどうなりますか?」
「報告後は、私は指示に従い動くだけです」
「アラン様。報告したら、あなたは今の地位を失いオコンネル家にいられなくなると私は考えます」
アランは黙って聞いている。
「この割れた鏡はお母様のお気に入りです」
「存じております」
「割ったのが誰であるかに関係なく、警備責任者にも責任があるでしょう」
「はい」
「そしてアラン家兵長補佐。あなたはお母様に疎まれている。そのことは気づいてますね?」
アランは答えない。
「アラン様には警備責任があります。責任を問われます。お母様、あるいはお母様に取り入ろうとする者はそれを利用するでしょう」
「・・・」
「私は家庭教師に尋ねたことがあります。私が結婚して館を出たら、兄である家兵長補佐はどうなりますか?と。私の家庭教師は、おそらく家兵長補佐は館にいられなくなるだろうと言ってました」
アランは何も言わない。
「鏡を割ったのはアラン様ではありません。それでもこれは、警備が行き届かなかったアラン様の失態になりますね?」
「はい」
「お母様はアラン様の失態に対する処分として、家兵長補佐の任を解きお兄様を追放するでしょう。私はそう考えます」
家兵長補佐はゆっくりと口を開く。
「それでも報告するのが私の仕事です」
◇
私はあらためて兄の顔を見る。
イケメンイーメン先生とはまったく違うが、男らしく精悍な顔と言っていいだろう。
私はほんの少しばかり明るく声色を変えて、再び話し出す。
「ところでアラン様。アラン様は私がもうじき結婚してこの家を出ることをもちろんご存じですね?」
突然の話題の転換にアランは少し驚いたようだ。拍子抜けしたような声で答えた。
「はい。もちろんです」
「でも私は結婚が嫌なのです。結婚したくないのです。いえ、嫌というより私には結婚は無理なのです。私は結婚できないのです」
「は、はあ」
アランは少しなにかを考えるような表情をした。
「アラン様。私と一緒にこの館から逃げてくれませんか?」
さすがにアランも驚く、と思ったのだがそうでもない。少し目を見開いた程度だ。
あれ?
予想外でちょっと調子が狂う。
「ア、アラン様?」
「お嬢様、本気なのですか?」
「ほ、本気です!私は結婚などできません!でも、貴族家として婚約破棄も不可能です。逃げるしかないのです。ですが、私が外で生活できるとも思えません。今は」
少し早口になった。
アランが私を見ている。
「アラン様に助けていただきたいのです!」
「お嬢様、申し訳ありません。それはできません」
「お願いします!」
「できません。もし本当にお嬢様が館からお逃げなさったならば、お嬢様を連れ戻すのが私の仕事です」
「!」
それはそうか。
家兵長補佐警備責任者として私を連れ戻すのがアランの仕事。
当然だ。
仕事。仕事仕事仕事。
アランは家兵長補佐の仕事で私を連れ戻す。私は貴族の娘の仕事で結婚して男と子を作る。
仕事とはなんなんだ。無職じゃだめなのか。
アランは今から仕事で自分がそうしたわけでもない割れた鏡の報告をし、その仕事の結果家兵長補佐の仕事を失う。
仕事をして仕事を失う。
意味がわからない。
「お兄様!今から割れた鏡の報告をするんでしょう?それがお兄様の仕事です。そしてお兄様は仕事を失うんです」
アランは黙っている。
「どうせ失う仕事じゃないですか!なのになぜ、そんな仕事をするんです?意味がわかりません!」
少しの沈黙の後、アランは答えた。
「それでも、それが私の仕事ですから」
◇
仕事。
たしかに仕事は大事だ。元無職の私もそう思う。
ドクター・ピーター・デュエルは科学者で、科学者の仕事をしている。
アイク・イーメンは家庭教師だ。彼は家庭教師の仕事をする。
アランは家兵長補佐で、家兵長補佐の仕事で仕事を失う。
私は貴族の娘で、貴族の娘の仕事として男とセックスしなければならない。
それが役目だ。
そうなのか?仕事が人の役割なのか?
むかついてきた。
私はちょっとキレた。たぶん、ちょっとだけ。たぶん。
「わかりました。家兵長補佐」
アランは微かにほっとした表情を見せた。
「それではお嬢様、私は報告に・・・」
「家兵長補佐アラン!元オコンネル取締役家二女継承権第一位保持者アイ・オコンネルは、貴殿の家兵長補佐の任を解くことを言い渡します!」
「え、あ。お嬢様にそのような権限は・・・」
私はこぶしを軽く握る。
「そして本日より!本日付で!元オコンネル家家兵長補佐アランに、私アイの兄という任を命じます!」
この第15話までで、第一部完となります。
完ではありませんね、ここからですから。
続きも書き溜めてありますが、いったんここで更新を数日空ける予定です。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
第二部も楽しんでもらえたらうれしいです。




