第11話 美少女ダンス(挿絵あり)
「逃げる、かあ」
自分の部屋に戻った私はベッドに身体を放り出す。
今の時代に目覚めてしばらくの間は囚われの環境から逃げることを考えていたが、今ではほとんどすっかりその意識は消えていた。
まず貴族の娘の生活はそこまで悪くない。悪役令嬢の可能性は捨てきれないが、ドラゴンや魔王と戦わなくて済む。娯楽はあまりないが、命が危険に晒されるよりマシだ。
将来に渡り飢えることなどないことがほぼ保障されている。老後の不安が解消されてしまったぞ!労働もしなくていいしFIREじゃん!早期リタイアが13歳ってさすがに早期すぎじゃね?
逆に逃げたらどうなる。
今の私にこの世界のサバイバル能力も生活能力も皆無だ。1か月もたたずに野垂れ死んでいる未来しか見えない。まだ無職中年独身一般男性ぼくアルバイトォ!のほうが、無職なのかバイトなのかわからないが長く生きてけるだろう。
自由を求めて脱出しても得られるのは死ぬ自由だけだ。
問題は婚約だ。
婚約つまり結婚だ。
結婚つまり子作りだ。セックスだ。
男とセックス!無理!
そして婚約破棄は難しいというよりまず不可能。
結婚から逃れるには貴族社会貴族家から、この館から逃げるしかない。
でも逃げたら死ぬ。
うーん。
転生したのになんでチートスキルねーんだよ。無双したかった。
いやそれよりもハーレム!転生したらハーレムだろ!ハーレムしたかった。
ん?
今の私は美少女だ。
つまりハーレムとはイケメンハーレム?10人くらいのイーメン先生に囲まれる生活ってこと?
目を瞑ります。
次に脳内に10人のイーメン先生を想像します。用意が出来たら10人の先生を脱がしま
はいストップ!いつもより早めにきつい。
ごめんなさいハーレムはいりません。
結婚から家から逃げようとする、そういう思考がダメなのではないだろうか。だから無職中年独身一般男性になるのではないだろうか。
少し心がズキズキしてきたが、戦うことを考えてみよう。
結婚と戦う。それはつまり貴族社会と戦うということか。
革命か?民衆を導く自由の女神になっちゃう?革命は成功し美少女兼自由の女神たる私はその後、ニューヨークのリバティ島にずっと立つことになる。絶対右手が疲れる。
無理。
自由の女神さん自由がなくてかわいそう。
やはり逃げるのが無職中年独身一般男性らしいだろう。
少し心がズクズクしてきた。
考えてもいいアイデアが思い浮かばない。
まあまだ1年以上はある。ゆっくり考えよう。
◇
そう思ってたのがそうもいかなくなった。
「どうするどうするどうする」
当初1~2年が予定されていた婚約に向けての私の教育期間が大幅に短縮されたのだ。
実は、私の記憶は500年前の無職中年独身一般男性平岡晴だが、身体の記憶は貴族の娘13歳アイ・オコンネルのものだった。
身体は覚えていた。
意識すれば男性の動作になるが、日常の無意識的な仕草は目覚めたときから少女のものだった。
そして貴族の娘13歳アイ・オコンネルは私が目覚める前に淑女教育をすでにほぼ終えていた。
そのため乗馬やダンスなど身体的な練習・訓練が必要と思われていたことを、私はごく短期間でほぼ習得してしまったのだ。
「そういうわけで、私からあなたへの淑女教育はあと5か月が目安と予定が変更されました」
イーメン先生がそう告げる。
「ということは?つまり?私の結婚は?」
「そうですね、おそらく、いえまず確実に早まるでしょう。来年にはアイ嬢もロズウェル中将夫人ですね」
ロズウェル中将家は私の婚約相手の家だ。ルーツは軍で、今でも軍事貴族の性格が強いらしい。
教育終了=結婚ではないだろうが、でも5か月ってけっこうすぐじゃね?
「ま!じ!か!困るやばい困るちょっと先生!ちょっとだけ失礼します!すぐ戻ってきます!」
私は部屋を出て侍女の制止を無視し早足でホールに向かう。
BGMはド○リフだ。
チャチャラ チャッチャラチャッチャッ チャッチャラチャッチャッ チャッチャララッ
脳内映像はレーザービームで地球爆発人類滅亡(MAD)。
ホールに入り古代科学時代の国宝級全身鏡の前に立つ。周囲には誰もいないようだ。
鏡を見る。
美少女だ。美少女がいる。
「ふう」
脳内イントロスタート。
リズムをとる。
「ストレイトオ!ふにゃふにゃふふー。ほがほがは!うーうーレーザービーム!」
歌詞を覚えてないわけじゃないぞ。少なくともサビは漠然と覚えてるしググれば全部覚えてる。でもほら著作権ってくっそ邪魔なやつあるじゃん。どんどん強化されてるから500年後の今も著作権切れてない可能性あるから一応、ね。
ダンスはまったく覚えてないので火星人みたいな振り付けで火星語で歌いながら踊る。
最近私はホールに誰もいないときにこうして美少女ダンスを楽しんでいた。
身体動かすのってやっぱり気持ちいいし。
◇
視界の端で侍女が冷ややかなジト目で立ってるのを確認してダンスをやめる。
「これは科学時代のヨガという精神的エクササイズです。心を落ち着かせたいときにみながやってました。あなたにも教えましょうか?」
「ありがたいですが、私はいつも落ち着いていますので。先生が待ってますよ、戻りましょう」
「はい」
ふと、ホールの隅っこに兄がいるのに気づいた。
えっ全然気づかなかった。影が薄い。背景が透けてみえるようだ。アルファチャンネル40%くらいかな。
「お兄様?」
そう口にしたが、転生の秘密を守るため兄との接触は禁じられており私はこの世界に目覚めてからまだ一度も兄とコミュニケーションをとったことがない。
取締役や夫人に対しては一応なんとなく父と母という感覚が生じているが、兄に対してはない。
兄は無表情で、生気がないというのともまた違うがピクリとも動かずただ立っていた。彫像のほうがまだ動き出しそうに見える。
「・・・」
私が兄を見てるのに気づいた侍女が言う。
「アラン様も心労が溜まっているのでしょう」
「心労って?」
私がそう聞くと侍女は答えることなく黙ってしまった。
ふむ。
今の私の母、フアナ取締役夫人が兄を館から追い出したがっているという噂というか空気みたいなものがあるのは私も知っていた。
「お母様はお兄様のことをそんなにいじめているのかしら」
「そのようなことはありませんよ。少なくとも直接になにかなさった、そういったことはありません」
ふむ。
「今日は他にもお嬢様にイーメン様から伝えることがあったはずです。早く部屋に戻りましょう」
「そういえば今の私はお兄様と話したことないですけど、私が私になる前は私とお兄様ってどんな感じだったんですか?」
「そうですね。アイお嬢様とアラン様は兄妹ですが身分が違いますから。二人が会って話す機会はほとんどなかった、関わりは薄かったと思います。年齢も離れてますし。でもお二人が一緒にいるときはお互い他人という感じはまったくなく、距離はありましたがあたたかな雰囲気は感じました」
「・・・そうなんですね」
私と兄が、普通の兄妹のようには親しく交わることがなかったというのは聞いている。でも話を聞く限りでは、かといってまったく他人のようだったというわけでもないようだ。
考えてみれば、母も亡くなり兄にとって私は唯一の肉親のはずだ。
兄は、私の結婚をどう思ってるのだろう。
◇
「まだニュースがあるって聞いたんだけど!」
自室に戻り椅子に座りながらイーメンに尋ねる。
「そうですよ。それなのにアイ嬢が出てってしまうから」
「ごめんなさい。それだけ私にはショックがあったんです。落ち着きました、大丈夫です」
「はい。今日私からもう一つアイ嬢にお伝えすることがあります。フアナ夫人がご懐妊なされました」
「ええええ!」
ちょっと!
次は私なんの曲踊ったらいいの?
母の妊娠に合う曲って何?
「先生!こういうときにふさわしい曲ってなんですか!?」
「曲?」
私は頭をフル回転させる。
こんにちは赤ちゃん?いやまだ早すぎる。可愛いベイビーとか。だからまだ早いって。ビーマイベイビー?どのビーマイベイベー?キルミーは死んだんだ。
はっ。500年前に旅してた。
「恥ずかしながら帰ってまいりました」
「おかえり」
無意味にすっごいいい笑顔なんですけど。
ちくしょうイケメンめ。
「ただいま。でも1日にイベント詰め込むのほんとやめてもらえませんか?500年前まで二往復しましたよ二往復!疲れます」
「僕に言われても」
「で、お母様がご懐妊ってことは、つまり。えーと私にとってはえーと私がお姉ちゃんになるってことですね!」
「まあ、そういうことでもありますね」
お姉ちゃんかあ。無職中年独身一般男性がお姉ちゃんになるなんて全然思いもしなかったよ。45年間必死に生きてきた結果がお姉ちゃんだ。悪くない。
弟かな、妹かな。やっぱり弟がいいな。絶対かわいい。
小さいころはくっそかわいい猫みたいでお姉ちゃんお姉ちゃんってくっついてきてくっそかわいいくそかわいいのにでも中学生くらいになるとくっそ生意気になっていや違う。
違うそうじゃない。
今やばくなかったか?やばかった。
人間って役割を演じようとするんだな。
男もお姉ちゃんになったら女になる。
そんな気する。
「アイ嬢の継承権も一位ではなくなりますね」
そういえばそうですね。
この先もすでに執筆済ですが、ここより1日1話更新予定(時間は未定)です。




