第9話 存在の耐えられないうるささ
「アイの中身君。今日は君と男同士のエロ話ができると楽しみだったんだが、やっぱり娘の顔に向かってエロ話は無理だった!すまん!はっはっは」
なんなのこのおじさん。
エロ話されても今の私ついてねえよ。
あ、わかった。
ドクター・ピーターにこそこそと話しかける。
「ドクター」
無理。ドクターの席はテーブルの向かい側で距離があるのでこそこそ無理。
わりと大きい声で話しかける。なんか今日の取締役うるさいし。存在が。
取締役にも話が聞こえちゃうだろうけど今のキャラなら大丈夫だろう。
「ドクター!この人も私と同じように転生、いえ誰かの記憶を転送したんでしょう?」
「この人とはなんだ!パパと呼びなさい!」
「ちょっと黙っててお父様」
なんなのこのおじさん。
「いや、そうじゃない。これが本来のダグ取締役だ」
「本来のって何。未来の取締役とか本当の取締役とか本能の取締役とか本格自家製キムチ取締役とかいるの?」
「パパと呼びなさい!」
「黙ってて!」
お父様でもきついのにパパとかそこまでサービス求めるなら時給100円上げてくれ。45歳なのに時給で考えたことに自己嫌悪に陥りかけたけど13歳だったからセーフ。
「私からは言いにくい。取締役、アイ嬢が混乱している。ちゃんと説明してあげてくれ」
「パパと呼び、ああ、うむ」
マジで存在がうるさいこの取締役。
◇
「実はだね。私は数年前にやらかしてしまってフアナに頭が上がらなくなってしまっているんだよ。今」
フアナとは取締役夫人の名前だ。
「取締役、ざっくりしすぎだ」
「アイにどこまで話していいもんだかわからなくてね」
「アイ嬢の中身は無職独身一般中年男性なので理解できるし動揺もしないだろう」
「人の決め台詞盗らないでください。著作権侵害で訴えますよ?微妙に順番も違います」
「そうか。じゃあ説明しよう。アイ、いや無職独身中年一般男性君。我がオコンネル家の富の源泉が小麦なのは知ってるな?生産もしてるが本業は流通だ」
「お父様まで乗らないでください」
「こういう男なのだ、取締役は」
ダグ取締役が言うには、オコンネル家は家業の小麦でシカゴ商品取引所を使っている。リスクヘッジのため先物取引にも馴染みがあった。
「それで私はオコンネル・カンパニーでは扱っていない綿花取引でたまにお小遣い稼ぎしてたのだよ、個人的に」
「えらそうに言うことではないぞ」
「ドクターが研究に使っている機器もそうして得た私の小遣いから買っていたりするんだぞ」
「ぐぬぬ」
ところが取締役は綿花先物で失敗し、みるみる借金が嵩み本業の資金までピンチになった、いや今もピンチから抜け出せてないらしい。
どんだけ損したんだよ。
「え、けっこう最低じゃないですかお父様」
「あれは仕方がなかったのだよ。災害に事故に災害が重なるなんて不運、ありえないだろう!そんなレアに当たるなんてある意味ラッキーだと言えるんじゃないかね?」
「お父様、隕石が脳天に直撃してもラッキーって言いそうですね」
首がまわらなくなった取締役は夫人に泣きつき、夫人の実家から支援を受けてとりあえず事を凌いだ。以降夫人の立場が強くなり、夫人に対して取締役は逆らえなくなり何も言えなくなってしまった、夏。
危機はまだ続いており、私の婚約も相手のロズウェル家から支援を受けるためのもので、これも夫人の縁を使い夫人が動いてまとめたものらしい。
「お母様ってすごい優秀じゃないですか」
「ああ、フアナは優秀だ。そして怖い」
怖いのは自業自得では。
「結婚当初はフアナも控えめでおとなしくて可愛かったんだが。お前はフアナみたいになるんじゃないぞ」
「えっ」
フアナみたいになるんじゃない。その言葉が私を突き刺した。
結婚した私、そして顔も知らない結婚相手の男によくある夫婦のようになにか文句を言う私。
一瞬ではあるが、私自身の結婚夫婦生活を私自身の視点で生々しく想像してしまったからだ。
私が妻になる?
「どうした?なにか困ったことがあるなら遠慮せずなんでも言ってくれていいぞ。今の私には何もできないがな!はっはっは」
「・・・」
私は黙る。
◇
「そんなわけでな、今の私はフアナの目の届くところでは大人しくしてるしかないんだ。フアナの目の届かないところがないんだがな!」
「なるほど。今は大人しくしてるけど本来の取締役は今みたいに調子のいいジジィだったということですか」
「アイ!パパをそういう風にいうんじゃない!」
「でもそれもお父様の自業自得ではありませんか」
「アイはいつも私たち3人での夕食の時間、気まずい思いをしてるだろう?すまんな」
ああ、わかってたのか。私のこと見てたのか。
「しかし私自身ここ1~2年ほとんど毎日24時間、そんな状態なのだよ。なにも言えんしなにも出来ん。まったく息が詰まる。今日はフアナが実家に行っていて帰ってこないのでな、私も以前みたいに自由に喋られる。今晩みたいなチャンスは滅多にないんだ。どれだけ心待ちにしていたか!」
なるほど。
「もしオコンネル家が今のピンチを切り抜けたら」
「ん?なんだ?」
「危機を脱して私の婚約相手の家からの支援も不要になったなら、私の結婚を取りやめにできませんか?婚約解消してくれませんか?」
「それは無理だな」
取締役ははっきりと断言した。
「男とセックスなんでできません!無理です!」
「淑女がそのような言葉を口にするんじゃない」
「娘とエロ話するのを楽しみにしてたくせに」
「アイの中身君。君もわかってると思うが、貴族にとって婚姻は本当に重要なことなんだよ。小麦以上に本業と言ったっておかしくないんだよ。もし支援が不要になったとしても君の結婚は、ロズウェル家とのつながりはオコンネル家にとって大きな利があるのは変わらない。その機会を逃すわけにはいかない。わかるだろう?」
政略結婚じゃないですか!とは言わなかった。今の時代、貴族にとってそれが当たり前の、当たり前すぎて疑うところのないことなのだ。それがわかったからだ。
「もちろん結婚したらそれで終了、ではない。しっかりと子作りをしてもらわなければならない」
エロ漫画みたいに!とも思わなかった。ちょっと連想した。
いや、ここでは子作りもまったく真面目な話、貴族家にとって重要な事柄でそれはエロ漫画ではなく大事な仕事なのだ。
ええ、でもやだなあ。私が男と子作り。やだっていうか無理。ブラック派遣先で理不尽な謎ルールに縛られるほうがマシ。
どうしよう。
私は再び黙り込む。
◇
「そういえばピーター君。例の研究のほうは順調か?そろそろ成果が出ないかね」
「すまん、まだだ。私の専門分野ではなくてね。しかし私の頭脳を以てすれば成功は間違いない。もうしばらく待ってくれ」
「頼むよマジで」
「私の研究機器も売られそうになったからな。なんとか防いだが抵当権をつけられてしまった。私にとっても他人ごとではない」
怪しい匂いがする。
「なんの話です?お父様、ドクター。秘密の研究ですか?なにを悪だくみしてるんです?」
「ん?悪だくみじゃないぞ。アイの記憶の転送とは違って隠すようなことではない。ただフアナの鼻を明かしてやらねばならぬからな、今はまだ表に出せないだけだ」
「そうなのだ!記憶の人体への転送の成功は世界初だ!世に発表して天才科学者の私の名が歴史に残るはずだった!口外できぬことをすっかり失念していた!私としたことが」
「名前を売るのが科学者の仕事じゃないだろう」
やだ、なにまともなこと言ってるのこの未来のテキトー無責任取締役男。
「オコンネル家は小麦の他にもケシも扱っていてね。そのケシの品種改良の研究をドクターに頼んでいる」
「ケシ・・・ケシ?ケシってまさか!実はオコンネル家はマフィア?お父様って無責任麻薬王が真の姿なのですか!?取締役は仮面?仮面の忍者赤影?それともライダー?いや月光仮面ベートーベンまたあるときはドビュッシー?」
「なんだかかっこ良さそうではあるが、なにを言ってるんだ?」
「取締役。今の特に後半が、今のアイ嬢の真の姿だ。スルーして構わない」
「ふむ。それでオコンネル家ではケシの樹脂入りバーボンも生産・販売しておってな。オズという銘柄で、これがちょっとした薬用かつ嗜好品としてマニアの間ではなかなか評判いいのだよ。アイにも後で飲ませてやろう」
思いっきり中世の貴族空間でバーボンって言葉やめて、脳バグる。
私も赤影とか言ったけど。
「そこに力を入れて利益を上げてな、私の立場と名誉を取り戻そうと考えている。それでドクター、相談なんだが」
「商売のことは相談されても困るぞ。私が出来るのは研究開発までだ」
ちょっと二人とも楽しそう。
本当にやばい話というわけではなさそうだ。500年前とは認識が異なるのか。
◇
すっかり暗くなった。
電気照明はこの館でも一部では使用されているが、今ここでは灯されてない。代わりに燭台の蝋燭だ。
「そろそろお開きか。いや久しぶりに楽しかった。私の失敗で館の雰囲気も暗くなってしまい家の者たちにも申し訳ないとは思っているが、もうしばらくの辛抱だ」
「なにかあったと使用人たちも察してはいるが、以前は取締役一人が騒がしかっただけだ」
席を立ち、侍女が控えている食堂の出入り口へ向かおうとすると、後ろから取締役の声がまた聞こえてきた。
「アイ。身体は大事にしてくれよ。お前の命は、私の娘アイの命でもあるんだ」
「わかりました、お父様」
そう答えて私は退出したが、よく考えるとどういう意味だ?




