第5話 ケモ耳少女
戦闘の知識があるわけではない。
正規の教育を受けていないから読めない単語もそれなりにある。
それでもゴブリン数体による波状攻撃と森の奥への後退。
ここで仕留めておかなければ魔物の仲間に村の情報が流れてしまいより不利な状況になるのではないかという懸念が拭えなかった。
駆け出す際に村人の1人がランプを渡してくれた。
その明かりだけが頼りだった。夜の森は月の光が木々にさえぎられて地表は闇と言って差し支えない。
自分の目の前の手さえもランプがないと見えない。
音だけを頼りに魔物を追いかける。
ドシン、ドシンと音を出しながら走っている様は誘われているようにも思える。
引き返すべきか、追いかけて討滅するべきか。
2つの心がせめぎ合っている。
突然女性の声がした。
びっくりして足を止めてしまう。
足を止めた瞬間汗が噴き出してきた。それほど長く走っていたのだろうか。
声のした向きである右を向くとそこに一人の人がいた。
声からすると女性か、それにしては幼いように見える。身長はカザンの肩くらいまでしかない。
全体的に光っているように見える。ランプは持っていないのに不思議な光景だった。
頭にはフード、首から下はローブを羽織っている。右手には身長ほどもある杖を持っている。
身体が不自由なのだろうか。
追いかけていた魔物とは違う。
夜の森にうっすらと光る女性の声がする人。新しい魔物か。
何かを言っているようだが何を言っているのかわからない。
言葉のようだが街では聞いたことのない言葉に聞こえる。
カザンも問いかけてみる。
言葉が返ってくるがやはり理解できない。
異国の言葉だろうか。
言葉が通じないとこれほど意思疎通が困難なのかと困惑する。
華奢な体格、女性の声音。そのため少女だと勝手に思い込んでいた。
それが油断に繋がった、彼女が数歩歩いてきていることにも警戒心が働かず剣も構えていなかった。
こちらは剣で相手は木の杖、何かあってもすぐに対応できると自信があった。
さっきのゴブリンの波状攻撃もしのいだのだ。誰にも負ける気はしない。
そう思った時その少女は目の前に立っていた。
右手に持っていた杖で彼の頭を小突いた。
驚いたのか、それともいつの間にか魔法をかけらたのか反応できずに腰を落として尻餅をついていた。
小柄な少女を見上げると少女と目があった。
獣の目だ。肉を食らう獰猛な目。犬やキツネなどと比較にならない鋭い目がカザンを見下ろしている。
言葉が出なかった。馬で疾駆した爽快な思い出も、ゴブリンを屠った感触もその少女の眼光の前では塵のように消えてしまった。
彼女は彼を小突いた杖の先端を同じように自身の頭にも小突いた。
彼女の頭がゆっくりと光り出ししばらくするとひかりは落ち着いた。
「言語のチューニング完了。・・・ん?あまり語彙がない気がするな・・・」
「おまえ、魔物を追っているのか。」
少女の声で問いかけてくる。
今度の言葉は理解できた。
声の代わりに首を縦に振る。
「おまえでは勝てぬ、やめておけ。それよりもお前たちが魔王と呼んでいる奴の場所を教えろ。」
「魔王?」
「そうだ。お前の記憶にそうあった。私が探しているのはこの魔王に間違いない。私はそいつを倒しにきた。」
彼女はまだカザンは見下ろしている。食べる側と食べられる側の構図になっている。
彼女が呆れたようにため息をついた。
「いつまで座っているんだ。早く立て。」
そう言われてカザンはすぐさま立ち上がった。
直立不動になってしまい自分でもどう体を動かせばいいのかわからない。
昔に父にこっぴどく怒られたときもこんな感じになったことがあったのを思い出した。
「さっきのゴブリンの戦いを見ていた。素人の動きだ。
お前が追っているやつはあんな羽虫ではない。
少々うまくやれたからと言っていい気になるな。死ぬぞ。」
反論するようにカザンが声を出した。
「君は誰なんだ?たった1人でこの森で何をしている?」
「異世界より来た魔法使いだ。名前はカルナ。
到着早々魔王を倒そうとしたら魔王城の防御機構に阻まれて返り討ちにあった。
どうにかここまで飛んできて体を休めていたところだ。」
「魔法使い・・・魔法を使うのか。」
彼女が呆れているのが雰囲気で分かった。
「魔法使いだからな。」
「ということは魔物なのか。」
とっさに剣を抜こうとするが。
「あほか。」
剣を抜くよりも早く杖で叩かれた。
「魔物風情と一緒にするな。
私は誇り高き獣人族であり稀代の魔法使いである。」
そう言って彼女はフードを外した。
そこには狼を思わせる耳があり髪は黒く肩まで伸びている。
歳は15歳くらいだろうか。
失礼な物の言い方に年上だと思っていたがまさか年下だったとは。
カザンが18歳なので下の兄弟たちと並べても違和感がない。
狼の目を有した少女はその鋭い眼光でこちらを見ている。
「どうだ言葉も出ないだろう。」
瞬間カザンは数歩後ろに後退し剣を抜いた。
「やはり魔物であったがその見た目に不思議な発光、魔法を使うのは魔物だけだ。
君もあのゴブリンたちの仲間だな。」
「はぁ?だからあたしは魔物じゃないって。
頭スキャンした時に語彙とかいろいろ知識たりてねーなって思ったけど予想以上だわ。」
「魔法を操るは魔物のみである。父が教えてくれた。」
「知識が乏しいわよ。どんだけ狭い世界で生きてきたの。」
彼女は目をつぶり何やら考え事をし始めた。
この瞬間に斬ってしまおうかと考えたが見た目が少女な分殺意が湧かなかった。
口は悪いが獣の見た目とその態度が妙に合っている。
彼女は自分のことを魔物ではないと言う。
「たしかにあんたの記憶には魔法を使う場面がないわね。
とは言っても経験が少ないから単に知らないってだけかも。
その目はあたしが魔物だって疑っている眼ね。」
「さっきまであなたが村を守っていた戦いを見ていたわ。
どうしてゴブリンを少数逐次投入していたか分かる?」
それについてはカザン自身も気になっていた。
ゴブリンを一気に大量投入するのではなく少数を何回も分けて行う波状攻撃。
カザンが守りに加勢するまで戦っていたのはガーディアン1人だけだった。
その試すような戦い方が腑に落ちない。しかしそれを言い表す言葉を知らない。
「単にそういう戦いをする魔物だったんじゃないか。」
「違うわね。あれは威力偵察の類ね。」
「イリョクテイサツ?」
聞いたことがない単語だった。
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