第42話 決闘②
大鉈の一撃は正面から受けてはいけない。
片手持ちの鉈だけでも危険だったのだ。
この大きな鉈では今度はカザンの剣が折れてしまう。
両手で持っているのにスピードが落ちない。
横の一閃は後ろに下がって躱す。
縦の一閃はぎりぎりで躱すか剣で少し軌道を変える。
斜めからの一閃には剣で受けつつ後ろに下がる。
追い詰めたと思ったのに今度は圧される側になった。
このままでは荷馬車にまで圧されてしまう。
今度は荷馬車ごと破壊されるかもしれない。
縦の一閃を躱したときに横にずれた。彼の横に着けるように移動する。
すぐさまヨークも足の向きを変えて正面に対峙する。
足の向きを変えるその一瞬に突きを入れる。
まるで岩に対して剣を奮っているような感覚。
彼の体まで、剣が届く気がしない。
周りを囲んでいた人たちが逃げるように散っていく。
巻き込まれたら無事では済まないからだろう。
後ろが空いている気配がある。
すぐさま後ろに跳躍した。
視界の下に昨日の宴会をした時の篝火の跡が見えた。
その篝火の燃えカスとなった部分を思いっきり蹴り上げた。
灰が舞い、炭がヨークめがけて飛んでいく。
それを予期していたかのようにその炭の塊をカザンに弾き飛ばす。
彼はその炭の塊を顔面に受けながら直進した。
飛んでくる燃えカスの中に手を伸ばして一本の薪を掴んだ。
それは昨日夜遅くまで飲んでいた人が酔っ払いながら薪にくべた一本。
酔っていた為にきちんと火が付かず全然燃えなかった薪。
その薪を空中で左手で掴み、ヨークに反撃した。
右手の剣、左手の薪。
どちらを防ぐかは一目瞭然、致命傷にならない薪など防ぐ必要がない。
迷わず剣の斬りを大鉈で受ける。
薪は脇腹に食い込むが痛いだけで何ともない。
カザンが死力を振り絞るように高速の剣戟を繰り出す。
大鉈で大ぶりな戦いのため相手が近すぎると攻撃に不向きになるスタイル。
防戦一方になるヨーク。
だがこれに耐えれば彼の価値は確定である。
一瞬でも攻撃の速度を緩めればすぐさま大鉈を奮う。
その時カザンにそれを耐えるだけの体力は残っているはずがない。
カザンは防がれる剣の攻撃と体に当てることができる薪での攻撃をすばやく何度も繰り出す。
薪はヨークの腰、脇腹、肩を打っている。
何度も同じ個所を打っている。
ダメージは与えているはずだ。
だがしかし致命傷ではない。
あと何度打てば彼は倒れるのだろうか。
そんな時は来ないだろうと彼自身もわかっていた。
その気の緩みをヨークは見逃さなかった。
薪が右わき腹を打つ、それを気にせず右足を後ろに下げて腰を落とす。
横からの一閃。
両手持ち武器の弱点、それは大きな攻撃を完全に受け止めることができない。
受け流すことはできても剣で受け止めるには片手では無理だ。
この大鉈を奮う体格で勝る彼が放つ一撃。
彼の胴体が真っ二つに裂ける一撃。
その一閃が放たれた。
瞬間、カザンは剣を力の限り地面に突き刺した。
突き刺さった剣は大鉈の一撃を受け止める。
カザンの右手と地面とで鉈の一撃を防いだ。
驚愕。
まさか防がれるとは。
だが一閃を受けるために深く刺さった剣を抜く時間はない。
次の攻撃で終わる。
そう思った時、カザンは剣の鍔に足をかけて跳躍した。
ヨークが腰を落として姿勢が低かったせいか、彼の跳躍が高いのか、カザンがヨークを見下ろす格好になる。
そのカザンが左手に持つ薪でヨークの頭を打つ。
頭が狙われた瞬間、右手を鉈から離して防御の構えをとる。
そのまま右腕で薪の一撃を受けた。
骨が折れる音がした。
あまりの痛さにヨークが叫び声をあげる。
2歩、3歩と後ろに下がる。
すでに鉈は地面に落ちている。
右腕をかばうように左手で抑える。
カザンは追撃しなかった。
これで勝負が決まったはず。
もう戦う理由はないはずだ。
だが目の前で苦しそうにうめき声をあげる彼は違うようだ。
左手で拳を作って拳闘の構えをしている。
その時、カザンとヨークの間に大鷲が空から現れた。
すさまじい砂煙を上げて両者の間に立つ。
同じタイミングでヨハンナの前にも大鷲が降り立った。
ヨハンナは毎日大鷲がいる巨木の祭壇で祈りを捧げている。
何年もこれを休まず。大鷲がいないときでもそれを気にせず同じ時間に祈りを捧げている。
自分が巨木に祈っているのか大鷲に祈っているのか彼女にはどうでもよかった。
彼女が地面にいる大鷲を見たのは昨日が初めてなのだ。
カザンとカルナが2羽の大鷲と戦っているときがその初めてだった。
いつも空を天高く飛んでいる姿しか見たことがなかったし、悠々と飛ぶ姿はまさに神として信仰の対象としてふさわしい凛々しい姿だった。
今目の前にいるそれは感情など読み取れない目、獲物を引き裂く嘴。
他を圧倒する体格。
巫女として何年も祈りを捧げても今この瞬間祈りの言葉の一片すら思い出せなかった。
同じころヨハンナと同じ気持ちになっている者がいた、ヨークである。
カザンになら左手一本で勝てるかもしれないと思っていた。
彼ももう体力の限界に来ている。地面に突き刺さった剣を抜く力もないはず。
ならば左手で思いっきり殴ればいい。
体当たりして倒れたところ馬乗りになって殴ればいい。
もう勝てればいいのだ、醜態など気にならない。
だが今は違う。この獲物を捕食するだけの強者、神として勝手に祭っているだけで意思の疎通もできない守り神。
彼らからすれば毎日供物を持ってきて、たまに動物の死体を捧げる給餌係程度の価値しかないと思っているだろう。
そんな何の感情も読み取れない目で見つめられ彼は死を予感した。
「後ろを向け。」
カルナがヨハンナに言う。
彼女は目の前にいる大鷲から目が離せないのか体が硬直している。
ため息をつくカルナ。
杖をトントンと床につくとヨハンナの体は本人の意思に関係なくくるりと回転する。
その彼女が着ている衣服に強化魔法をかけてあげる。カルナのやさしさだ。
強化魔法がかかったことを確認して大鷲に服の首部分を加えるように指示を出す。
彼女は調教の魔法で意のままに操ることができる。
首根っこを摘まんだ大鷲は翼を広げて空に舞い上がる。
同じタイミングでヨークの方は胴体を左わき腹方向から嘴で掴まれて同じように空に舞い上がっていった。
2羽の大鷲は互いに円を描くように飛び高度を上げていく。
ヨークとヨハンナの叫び声が聞こえてくるがその声も高度が高くなるにつれて小さくなってくる。
2羽は並走して飛び村の上空に円を描いている。
何が起こったというのか。
それがカザンの気持ちだった。
突然大鷲が現れてヨークを連れ去った。
ヨハンナも連れ去られているようだ。
村人もカザンも上空を眺める。
仲良く飛んでいる。
どういう意味があるのだろうか。
カルナの仕業に間違いないが意味が読み取れない。
「神託じゃ!」
大声が聞こえた。
声がした方向をみんなが一斉に見る。
集会所の扉前、長老が大声を張り上げていた。
「これは神託じゃ。見よ、あの大鷲が仲睦まじく飛んでおる。
2人を祝っておられる。
大鷲様が2人の仲を認めた証じゃ。」
誰もが驚いている様子が伝わってくる。
「長老」「村長」「村長」「おばば様」
みんなそれぞれの普段呼んでいる名で彼女を呼ぶ。
「どういうことですか。大鷲様の神託とはいったい。」
集団の中で初老の男性が前に出て発言する。
「そんな神託聞いたことがありません。それに彼女は巫女です。巫女は代々結婚しないしきたりです。」
「ならばこれはどう説明する。未だかつて大鷲様があのようなことをしたことがあったというのか。」
「・・・それは・・・私も始めて見ましたが・・・」
「これは毎日祈りを捧げている娘の心を読み取り大鷲様が思い人と結ばれよと言っておられる。」
「いやそんなバカな。そんなこと聞いたことがありませんよ。」
「だから神託なのじゃ。巫女をしている私と娘にしかわからん!
大鷲様は代々の巫女が誰とも結ばれず生涯を終えることに心を痛めておったのじゃ。
そして今日その戒律を大鷲様自らが変えるといっている。
これがその行動である。」
それを聞いていた村人も「そういうことなのか・・・」と天を見ながらつぶやいている。
「めでたいことじゃ。」
「これはすぐにでも祝言の儀を行わなくてはならん。」
村人の中でも段々と話が大きくなっていっている。
カザンはカルナの方を見る。
彼女はやり切ったというような微笑みを浮かべている。
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