第28話 杖の正体
鷲が飛び去ってからカルナは呆然と鳥が去った方向を見ていた。
彼女は魔法を放っていたが鷲には効いていなかった。
魔法が効かない動物がいるのだろうか。それともやはり魔物だったのだろうか。
カザンは濡れた服を木に吊り下げる。
体を温めるために荷台に積んでいる薪を下ろし火打石で火をつけた。
いつもなら彼女が「そんなちゃちいことしないでいいわよ。」と指先から炎を出してくれるが今はそうできる状態ではなさそうだ。
火をつけ終わり、ある程度の火力がでるまで慎重に薪をくべていく。
薪の乾燥具合をチェックして空気が通る空間を確保しつつ薪を火に入れていく。
焚火が安定してきたところで岸辺に近づきカルナを呼んだ。
彼女はその声で我に返ったのか、一瞬溺れそうになったが岸に上がってきた。
その顔は今までに見たことがないほどに悲壮な表情だった。
「大丈夫?」
その言葉に彼女は首を横に振るだけ。
岸に上がっただけで動こうとしないので腕を曳いて焚火の側に座るように促す。
「あの杖は大切なものなんだよね。
いつも手に持っていたからね。」
彼女は泣いてないようだが左手の獣人の腕からは水がぽたぽたと落ちている。
まるで腕が代わりに泣いているようだ。
「魔法があの鳥に効いていなかったように見えたんだけどさ。」
「・・・前に・・・魔法が・・・リセットされたって話・・・覚えてる?」
覚えているよと返した。
本来の力ならば魔王城もろとも魔王を倒せるほどだったらしい。
それがこの世界に来た時に原因不明の魔法リセットになってしまったという。
それでも彼女は強かった。
この左腕も強いが魔法の強さも圧倒的だ。
「ゴブリンの時も、山賊と戦った時も、グリフォンを倒した時も魔法は使えていたし正直とても強いと思う。」
レベルがリセットされて初級程度の魔法しか使えないと嘆いていたが初級であれだけ強いのだと驚くばかりだった。
「あれは杖のおかげなの。
あの杖は魔法の能力を増強してくれる効果があるの。」
それも荷馬車で移動している時に聞いた覚えがある。
単なる木の杖ではないのだと。
「あれはね・・・特別製なの・・・レジェンダリーレトロフィーチャーモデルと言って、古代の伝説の魔法使いをイメージした最新式の魔道具で数量限定版なのよ。」
カルナの世界では魔法使いは老人がやっているようだ。
始めて見る魔法使いが華奢な女の子だからか老人が魔法を使うというイメージができない。
老人があの山賊やグリフォンを倒せるとは思えない。
「木の杖に見せかけて中身は精密部品なのよ。
しかもあれはオプション増し増しにして私用にチューニングもした特別製。」
言っている意味が半分以上わからないが適当な相槌を打っておく。
「あの杖だからこそ魔法レベルがリセットされてもやってこれたの。
あの杖がないなら私何もできない。」
そう言って彼女の目から涙が流れた。
「魔王も倒せない。何の役にも立たない・・・」
「そんなことない!」
彼女の両肩を掴む。
そのまま持ち上げれそうなほど小さい肩、手のひらにすっぽりと覆ってしまう。
「ここまでこれたのもカルナのおかげじゃないか。
僕一人だったら最初のボスゴブリンのところで倒されていた。」
「でも今は魔法使えない。」
「それが何だって言うんだ。
またレベルを上げればいいじゃないか。
何年かけてでも。
今まで努力してきたってんならこれからもできるよ。」
「簡単に言わないでよ。魔法のレベル上げって大変なんだから。」
「カルナならできる。絶対にできる。
それにレベル上げって意味なら今までの経験でもレベルは上がっているはずだよ。」
「多少はね・・・。」
彼女は手のひらを上に向けて、それをじっと見つめる。
すると手のひらから炎が生まれた。そしてそれは手のひらほどの炎へと大きくなっていく。
「使えるじゃないか!」
これだけの炎なら申し分ない、心配しすぎじゃないか。そう思った。
「触ってみて。」
彼女はぽつりとつぶやいた。
訝し気ながらその炎に手を伸ばす。
今の彼女は冗談を言ったりいつものような口の悪さはないだろう。
どこからどうみても1人の少女にしか見えない。
手が炎に触れる。そのまま炎の中に手のひらがすっぽりと入る。
「熱くない・・・」
真っ赤に燃えている炎、しかし全くと言っていいほど熱くない。
生暖かい程度だろうか、これでは体を温めたり、料理に使ったりはできない。
「これがレベル2。大きさもこれが限界。手のひらから離れたら消えてしまうレベル。
火なのに火傷もしない。」
炎魔法は何回も戦いで使っていた、それでもまだこの程度の力しか発揮できないとは。
普段の彼女は杖に頼りっぱなしだったのか。
気分を変えないといけない。
そう彼は思い立った。
彼女はいまだに水着という下着同然の姿のままだ。
気分が落ち込んでいて次の行動に移せないでいる。
カザンは荷馬車の荷台に積まれている袋の中から調理器具と食材を取り出す。
焚火の周りに石を積み上げ即席の窯を作った。
食材はどれも日持ちする保存食ばかりだがここには水が豊富にある。
鍋を手に持ち池から水を汲んでくる。干し肉と干した玉ねぎをナイフで切り煮込んだ。
干し肉を作る際に塩が擦りこまれているのでそれがいい具合にスープに溶け出してくれる。
出来上がったスープを木の器に盛りカルナに差し出す。
「体冷えていると思うからスープ食べなよ。」
「・・・玉ねぎ・・・」
彼女がぽつりとつぶやいた。
最初はどういう意図で言っているのかわからなくて玉ねぎが嫌いなのかと思った。
しかしカルナは狼の獣人だ。
犬に玉ねぎを与えてはいけないと教えられたことがあったのを思い出した。
犬にとって猛毒らしい。
狼のカルナも玉ねぎが食べられないのかもしれない。
「ごめん、狼だから玉ねぎ食べたら死んじゃうかもしれないよね?
今から作り直すよ。」
お椀を戻そうとしたら彼女の右手がお椀を掴んでそのまま口に運んだ。
唖然としてそれを見ていた。
スープをごくりと飲むと「おいしい」と呟いた。
「大丈夫?玉ねぎで苦しんだりしない?」
恐る恐る聞く。今の彼女は自暴自棄になっている、もうここで旅を終えたいと思っているのかもしれない。
カルナは目を閉じた状態でふふふ、と笑った。
「玉ねぎを食べて死ぬことなんてないわ。」
「そうなんだ。びっくりしたよ。」
「獣人と言っても多種多様なのよ。
私はほとんど人間に近い獣人。
お父さんが獣人のハーフでお母さんが人間種だったの。
だからそんなに獣人っぽくなってないのよ。
身体の構造も人間とほとんど同じよ。
肉だけしか食わないわけじゃないわ。」
彼女に木のスプーンを渡すとお椀に残っている具材を食べ始める。
元気が出てきたのか獣人について話してくれた。
「カテゴリーで分けると獣人だけど、獣人ほどその特性を持っているわけじゃない。
それこそ見た目が獣で人語を話すタイプや人間と獣の両方に変身できるタイプもある。
純粋な人間が魔法で獣に変身することも可能だけどやっぱり本物とは違うわね。」
「カルナも人間に変身できるの?」
「杖があればね。でもあんまり変身は好きじゃないな。
私は獣人だもの。人間種ではない、それが誇りでもあり呪いでもある。
仕事上やむを得なく変身することはあったけどね。」
そう言って空になったお椀を前に突き出す。
お代わりの催促のサインだ。
カルナに2杯目を盛って渡す。
そしてカザン自身もスープをよそって食べることにした。
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