第25話 諜報司令部
朝になりベッドから起きる。
さすがは街にある家である、寝具の質も実家の寝具とは違う。
疲れも一晩で回復している。
街の人はこんな贅沢をしていたのかと思う。
街の人の仕事とはどんなものなのだろうと思いどれだけ努力すればこれが買えるのかとも考える。
「起きてるー?」
カルナが家の戸口に立っていた。
昨日はカルナとは別々の家で寝た。
寝る前にカルナが家に来て浄化の魔法をかけてくれた。
「これでぐっすり寝れると思うわ。」
そう言って彼女は自分で見つけた家屋に入っていった。
家を出てカルナを見る。
ケモ耳を隠す帽子、左腕の獣人の腕が隠れるように上着は長袖のものを着ている。
手には白の手袋を嵌めている。
腰にはしっぽが隠れるように足を覆う布を巻いている。しっぽも隠しているようだ。
獣人とばれると街の人が魔物と勘違いするかもしれない。
相手にはきつい物言いをして悪態をついている彼女だがこういう配慮はできる。
その姿を見て思う。
「昨日と服違うような?」
「ええそうよ。」
彼女は特に気にした様子はない。
「その服はどうしたの?」
「その辺の家からもらったわ。」
「それは盗ったというのではないかな。」
「街を救った英雄よ。報酬だと思えば安いもんよ。」
「そうだろうかな。服って結構高いよ。それに昨日のは町の子って感じの素朴な感じだったけど、今日のはいいところのお嬢さんって感じがするよ。」
「そうかしらこれでも地味目のものにしたんだけど。たまたま入った家がよかったのかもね。」
「んー、きちんと街の人の許可はとろうか。」
カルナは仕方ないと言った感じで了承してくれた。
カルナの攻撃で廃墟となった聖堂はそれでも街のシンボルとしてみんなの集合場所、話し合いをする場所として機能していた。
ザッハが早速聖堂内の瓦礫を外に持ち出している。
彼一人で巨石を悠々と持ち上げている。体格だけならばこの街の誰もよりも大きい。その巨体に似合った力を持っていた。
エルンストは町の人々と話し合いをしている。
彼の横にはクロエがいた。まるで執事のように張り付いている。
聖堂のところに街の人みんなに振る舞われている朝のスープを受け取りカルナと一緒に食べ始めた。
街の復興はエルンストが代表者となり進めることになった。
そのために連れてきたのだから当然よとカルナがいい、エルンストも任せてくれと請け負っている。
服の件も確認していただいて問題ないということになった。
カルナの世界では服は捨てるほどあったそうだ。毎日着替えるどころか少し汚れた程度でも替えてしまうという。
この世界では布を買ってきて自分たちで服の形に手作りする。
代々服を受け継いで大事に使うものだと伝えると”へぇー”と言ってわかってくれた。
彼女の世界ではみんなが貴族以上の生活をする世界なのかもしれない。
エルンストやクロエはカルナはきっと王族出身なのかもしれないと言い出していた。
エルンストと街の人々の話し合いがひと段落し休憩している時を見計らって話しかけた。
エルンストの隣にはクロエが張り付くように一緒にいる。朝からずっと一緒にいるような気がする。
ザッハは聖堂の巨石を撤去し終えて今は道路に散乱している大きな瓦礫をどけている。
主要な道路が使用できるようになれば荷馬車での搬入出ができるようになり作業効率が上がると期待されている。
「諜報部隊の司令部ってのを観させてもらえないかな。」
「もちろん、と言いたいのだがそれがどこにあるか僕たちも知らないんだ。
今日使いの人を王都に派遣する予定だ。彼らが到着するまで待ってもらえないだろうか。
その時に資料を見せてもらうように取り計らうつもりだ。」
「諜報部隊とあなたたち勇者ってどういう関係なの?」
カルナが口を開いた。
エルンストは顔を下に向けて気まずそうに口を開く。
「以前に勇者は魔王を欺くための囮だと言ったね。
僕たちは彼らに情報を渡す約束だが彼らが僕たちに情報を渡すことは基本的にはない。
今回、僕たちがノキマを目指したのは王からの依頼なんだ。
ノキマが魔王軍の手に落ちてしまってそれをどうにかしてほしいと任命式の時に言われた。
その時に諜報部隊の存在を知った。」
「勇者学校では諜報部隊は育成していないってことね。
学生に魔王討伐をやらせようっていう無茶な方法の裏で大人たちが別に動いていたというわけね。」
カルナの言葉の棘がエルンストを刺す。
クロエがカルナを睨んでいる。
「それでも僕は本当に魔王を倒そうって思っていた。」
「僕はそれを信じるよ。だってエルンストだからね。」
小さいころから誠実な少年だった。彼が嘘をつくことなど想像できない。
「前に諜報部隊は王の直轄だと言ったわね。
彼らは何をしているの。」
「彼らは他の残っている国々との連絡役を主な任務としている、と聞いている。」
「まだ信用はされてないって感じね。他の国があるかもしれないって話は?」
「それも彼らから教えてもらった情報だ。前に話した内容以上のことは知らないんだ。」
すまないと頭を下げるエルンストにこちらも慌ててしまう。
「諜報部隊はめんどいわね。先に彼らの司令部に行きましょうか。」
その発言にエルンストが顔を上げる。
「知っているのか?」
「当然よ。昨日の夜に魔法で探索をかけておいたの。
そしたら普通の家なのに地下が広い家があったわ。
おそらくそれが司令部ね。」
エルンストもクロエも驚いて言葉が出てこないようだ。
「あなたたちが知っているか聞いてみただけよ。」
そう言ってカルナは振り返って歩き始めた。
「ま、待ってくれ。そこに僕たちも付いていってよいだろうか・・・?」
「好きにしたら」
とつぶやいてカルナはそのまま歩いて行ってしまった。
僕たち3人も慌ててカルナの後を追いかけた。
彼女はそのまま一人で歩き出し街の端の壁があるところに行く、その辺りは街の中心部から外れているので今は誰もいない。
襲撃を受ける前でもこの辺りには閑散としていただろう。
彼女はそのまま壁伝いに歩きあるところで足を止めた。
そこは崩壊した街の中で比較的損害が少ない区画である。
彼女が足を止めた前にある家も無傷と言ってよかった。
その中に彼女は入っていった。
見た目はよくある一軒家。隣の建物と比べてもおかしいところはない。
彼女に続いて3人も入る。
ごくありふれた家の間取り。
慎ましやかな暮らしをしていた雰囲気が漂っている。
本当にここが司令部だったのかと思っているとリビングの中央でカルナが立っていた。
本来はテーブルがあるべき場所だがそのテーブルや椅子の類が見当たらない。
「この下よ。」そこには確かに床下収納を思わせる蓋がついている。
「内側から鍵がかかっているみたい、でも難しいものじゃない。」
彼女は杖でトンと蓋を叩くと内部で金属が擦れ合う音がした。
「開いた。カザン、蓋を開けてちょうだい。」
カザンは言われるがまま蓋の取っ手を握り持ち上げる。
床下収納だと思っていた蓋は地下に続く階段がありその扉であった。
「魔法は施錠された鍵すらも開けることができるのか。」
エルンストの言葉にも反応することなくカルナは階段を下りていく。
杖を光らせて照明にしている。
階段を降りる音が終わったのを確認してからカザン、エルンスト、クロエと降りていく。
地下の空間は広く家がもう一軒そこにあるような感じである。
カルナが空中にいくつもの光る玉を浮遊させてくれているので昼間のように明るい。
光る玉は触っても熱くない不思議なものだ。
机がいくつも並べられており無造作に書類が散乱している。
壁にも紙が貼られている。いくつかは乱暴にはがされたのだろう紙の破片がまだ残っていた。
「魔物が襲撃してきて急いで重要な書類だけを持って脱出したみたいね。」
「それだとおかしい、扉には内側から鍵がかかっていたのだろう。」
そう言ったエルンストも自分で言って気が付いたようだ。
壁に一か所だけ布が掛けられているところがある。
王家の紋章があしらわれている。
エルンストはその布に近づき、それをめくる。そこには通路があった。
「その向きなら壁の下を通って街の外に出れるわ。
最重要な書類はすでに持ち運び出されているようだけど、それは彼らにとって最重要なものね。
私たちには多くの未知な情報だと思う。」
そして彼女は壁に大きく貼られた紙を見る。
これは?とカザンが聞くと彼女は呟いた。
「この世界の地図よ。」
それは初めて見るものだった。エルンストの父が渡してくれた、この地方が書かれた地図とは違う。
いくつもの大陸があり、島がある。
大陸には川や山が描かれている。
世界はこれほど広いのか、実家のあるタカラヒはどこだろうか、ノキマの街はどこだろうかと探すがまったくわからない。
リュックに閉まっている地図を持ってきたらよかった。
カルナは杖を地図の前に掲げて
「記憶せよ」
とつぶやく、すると杖から縦に伸びた光が現れて地図の端から順に照らしていく。
地図のもう片方の端まで行くとその光は消えてしまう。
「何をしたの?」
そう聞くと、彼女は部屋の空いている空間に向かって杖を振り向け壁にかかった地図と同じものを映し出した。
その光景にその場にいた3人は言葉を失ってしまう。
光を当てただけで地図をそっくりそのまま複製したのだ。
「カルナ殿。あなた様が持つ魔法は僕たちが使用できるようにならないのだろうか。
無理なお願いと承知の上で一度王に謁見してもらえないだろうか。
きっと王もあなたへの支援を惜しまないはず。」
エルンストが提案する。
「興味ないわ。」
「あんたねぇ!こっちが下手で出ていれば偉そうに。今のこの時だってどこかで魔物に襲われている人がいるかもしれない。そんな人も興味がないって見捨てるわけ?」
「私は特定の国や集団の仲間になるつもりはない。」
「私たちが苦しむ姿を見て高みの見物ってわけだ。強い人はいいよね、そうやって自分は安全なところからただ眺めているだけでいいんですから。」
エルンストが止めないか、と言ってクロエを抑える。彼は申し訳ないと言って頭を下げた。
それを見てクロエは居心地が悪そうにそっぽを向いた。
自分のせいで彼が謝ったのが嫌だったのだろう。
「魔法が万能だ。使えるものが増えれば確かに魔王を倒すのも難しくないかもしれないな。
しかしだ。その魔王を倒した後どうなる。」
その言葉は僕ら3人への問いかけのようだ。
3人とも何も答えれない。僕らは魔物がいない世界を知らない。
大人たちも魔物が登場する前の世界を語りたがらない。
「魔法を持つ国と持たない国。魔法を持つ国による一方的な戦争になるわ。
戦争と呼べるものになればいいけど。」
「人同士が争うってこと?」
そんなバカなことがあるわけがないと言おうとしたが言葉が喉から出てこなかった。
「そして魔法を持つ国が支配したら今度はその魔法使い同士で新たな戦いが起こる。」
「戦争なんて不利益の方が大きい。いくら王とはいえそんなバカなことはするはずがない。」
「まずは外交的努力で解決されるべきって言いたいんでしょう?
誰が時間も手間もかかる外交的努力っていう話し合いをする必要があるの?
魔法を使えば町も城も一瞬で消せる。
戦う方が早いわ。」
「・・・カルナ殿はすでに魔王討伐後の世界について考えていらっしゃるのですね。
未来を見通す力も感服しました。」
カルナの説明にエルンストは理解したようで、少し慇懃なセリフを吐いた。
彼にとって彼女は畏敬の相手になっているのだろう。
カルナは外に出てくると言ってカザンの袖をつまんだ。
カザンも彼女と一緒に外に出る。
残った2人は部屋に残された機密資料を調べ始めていた。
外に2人で出てカルナは家の壁にもたれかかっている。
「カルナはすごいね、もう魔王を倒した後のことまで考えているなんて。」
エルンストと同じセリフだったがそれくらいしか褒める言葉が思いつかなかった。
「別に魔王のことなんて考えてないわ。
ただ歴史を話しただけよ。」
「歴史?」
「私の世界のね。」
「カルナの世界では人同士が争っているの?」
「私の国は平和よ。そりゃあ犯罪は起きるけどね。戦争ってものはないわ。
それでも世界全体で見たらそういうことは起きているし収まる気配はない。
一つ収まっても別のところで似たような争いが起きるのよ。
この世界みたいに魔王がいてそれを倒すために一致団結しようとしているあなたたちが羨ましい。」
カルナは前の世界で魔王を捕まえたと言っていた。
カルナも魔王もこの世界で最強と言っていいほどだ。
カルナの世界ではカルナですらどうにもならないことが起きているというのか。
混沌とした世界なのかもしれない。
2人で雑談をしながら待っているとエルンストとクロエが家から出てきた。
カルナが何も持ち出していないわよね?と聞くと二人は頷いて答えた。
彼女は家の壁を杖で叩いた。
家の中から金属が擦れるような音がいくつか聞こえる。
「何をしたの?」
「私たちが入る前の状態に戻しておいたわ。
誰かが侵入した形跡があると問題になるでしょう。
持ち出されたりしたものは復元できないけど、埃についた足跡や地下室の扉、閲覧した書類とかは元通りにしておいた。」
それだけをいうと彼女は街の中心に戻るべく1人足を進め始めた。
その後ろを僕たち3人も付いて行く。
エルンストが小声で話しかけてくる。
「カザン、君はすごいよ。僕ではカルナ殿と一緒に行動することなどとてもじゃないができないし身が持たない。」
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