苦しい言い訳
静まり返った甲板。
さっきまでの歓声や甲板作業員たちのざわめきが、まるで嘘のように消えていた。海風がかすかに帆を揺らし、波の音だけが遠くから聞こえてくる。
視線――いや、視線の多さに私は少し息を飲んだ。
前からも、横からも、後ろからも。全方向。まるで360度監視されているかのような視線が私を追う。
思わずぎこちなく笑い、口を開く。
「……あの、えっと……」
しかし誰も笑わない。むしろ一歩、距離を詰めてくる。低く、鋭い声が響く。
「今、何を投げた」
船長だった。さっき指示を出していたあの低く重い声だ。目が光る。完全に取り調べの空気が漂っている。
(あー、来た……)
私は軽く手を上げ、ポケットを探る。予備は――ない。空の袋を見つめ、背中に冷たい汗が流れる。
「……粉、です」
「粉?」
声の反応で、空気が一段冷えた。船長の目がさらに鋭くなる。
「何の粉だ」
(どう説明すれば……)
頭の中で、言葉が迷子になる。
“唐がらしです”と言ったところで、理解してもらえるのか、いや、通じたとしても怪しすぎるだろう。
沈黙が長く続く。周囲の視線が、じわじわと圧力になってのしかかる。
(……よし)
私は覚悟を決め、口を開いた。
「刺激物です」
その瞬間、甲板の空気がざわつく。乗員たちが一斉に眉をひそめ、口々に声を上げた。
「刺激物?」
「毒か?」
「いや待て、毒であの動きは……」
勝手に議論が始まる。
(やばい方向に行ってる)
私は慌てて両手を振る。
「違います!毒じゃないです!」
「では何だ」
即座に返ってくる問いに、言葉が詰まる。
(説明、難しくない?)
思わず息を整える。目に見える粉のことを正直に言うと――目や口に入ると痛くて効く、としか言いようがない。
「……調味料です」
一瞬の静寂。
そして船長の声。
「は?」
全員の目が私に向く。視線の重さに、背筋がぞくりとする。
「調味料?」
船長は眉をひそめ、腕を組む。視線は鋭く、私を貫くようだ。
「それを海獣に投げたのか」
「……結果的にそうなりました」
「なぜ」
(聞くんだ……?)
「……なんとなく効きそうだったので」
完全にアウト発言。甲板の空気が一瞬で固まる。
「ふざけているのか?」
私は必死で首を振る。
「違います!真面目です!本当に!」
「真面目に調味料を投げたと?」
「はい!」
沈黙が戻る。全員の視線が、さらに強く、じっと私を見据える。
その時、別の乗員が口を開いた。
「ですが、実際に効果はあった。クラーケンは明らかに異常反応を示した。あれがなければ押し切られていた可能性が高い」
(ナイスフォロー……!)
心の中で小さくガッツポーズをする。
船長はしばらく無言で私を観察し、やがて低く声を落とす。
「……その粉、まだあるのか」
私はゆっくり首を振った。
「もう使い切りました」
ざわつく空気。乗員たちの眉が少し下がる。
(なんでちょっと残念そうなんだよ……)
「入手は可能か」
(いや、それ聞くのか……)
「えーと……たぶん」
「たぶん?」
「同じものは……ちょっと難しいかもしれません」
完全に嘘ではない。確かにこの世界にあるかは分からない。香辛料文化は、あるのかないのか。
船長は深く息を吐き、一歩近づく。
(うわ……近い)
「お前の身元を確認する必要がある」
(やっぱり来た……)
「乗船記録に、お前の名前はない」
「……はい」
「どこから乗った」
(聞くかー……)
答えられるわけがない。“気づいたら乗っていた”は通ったが、今は通らない。
「……その」
言葉を探す。長い沈黙。
「言えないのか」
(言えないというか、言ってもダメ)
「怪しいな」
周囲がざわつく。密航者、スパイ……話がどんどん膨らむ。
私は必死で両手を振った。
「違います!怪しい者じゃないです!」
「怪しい者は皆そう言う」
(正論やめてくれ……)
船長は顎に手を当て、少し考える。
「……拘束はしない」
(お?)
空気がわずかに変わる。
「だが監視下に置く」
(はい来た……)
「勝手な行動は許可しない」
「……はい」
「それと、その“調味料”については後で詳しく聞かせてもらう」
(逃げられないやつ……)
私は小さく息をつき、空を見上げた。
青い空は何も知らないように穏やかで、海面に反射する光がまぶしい。
(……なんか、めんどくさいことになったな)
ぽつりと、心の中で呟いた。
ーーーご飯タイムーーーーー
ユウ「ほんと料理に中国の調味料とか唐辛子入れるのやめてくれない?」
母「味付けに使えるし、おいしいからいいじゃない」
ユウ「小さいから取り除くのめんどくさいし食べると辛いじゃなくて舌が痺れるんだが?」
母「聞こえナーーい」




