月曜日のゴミ捨て
月曜日の朝。少し眠い。でも、いつも通りの流れだ。
私はゴミ袋を手に持ち、家を出る。冷たい空気。まだ人通りは少ない。今日は燃えるゴミの日。指定の回収所は、家から少し歩いた先にある。
カラス除けのネット。すでにいくつかの袋が置かれていた。
私はしゃがみ、ネットをめくる。ゴミ袋を中に入れる。それだけの、いつもの動作。
――そのとき。
足音。後ろから。コツ、コツ。誰か来た。
私は特に気にせず立ち上がり、少し横にずれて場所を空ける。
「……どうぞ」
軽く声をかけると、相手は小さく会釈した。
「ありがとうございます」
その声を聞いた瞬間、心臓が止まりかけた。
ゆっくり、顔を上げる。
そこにいたのは――あの母親だった。
ベビーカーを押した女性。中には赤ちゃんがいる。
そして、左手には何の装飾もない指輪。
(……なんでここにいるんだよ)
頭の中が、一瞬で冷える。
だが、相手は普通だった。本当に、どこにでもいる母親。ゴミ袋を持ち、少し眠そうな顔で立っている。あのときスーパーで見た違和感は――どこにもない。完全に、“普通”。
「朝早いですね」
母親が何気なく話しかけてくる。自然な声。違和感はない。
「……そうですね」
私は慎重に答える。目が合う。
でも、あのときのような“圧”はない。ただの普通の会話だ。
「この辺りにお住まいなんですか?」
にこり、と軽く笑う。
押しつけがましくない、自然な表情だった。
(……普通すぎるな)
私は一瞬だけ迷ってから、口を開く。
「ええ、まあ……この先です」
当たり障りのない返事。
声が少しだけ固くなる。
エレナは小さくうなずいた。
「そうなんですね。私もこの近くなんです」
穏やかな口調。
本当に、ただの近所の人との会話。
――なのに。
(……おかしい)
(絶対におかしいのに)
にこり、と笑う。口元がやわらかく緩む。
目元も自然に細くなって、どこにでもいそうな、感じのいい人の笑顔だった。
私は無意識に指輪に触れていた。そして、小さく呟く。
「……観察」
視界の端に表示が浮かぶ。
【観察】
対象:エレナ・ヴァルディス
危険度:低
弱点:なし
――同じ。やっぱり同じ表示。
だが前回と違う。今度は、はっきりと名前が出ている。
(……なんで今は見える)
思考が追いつかない。
その間にも、母親――エレナは自然にゴミを置き終えていた。ネットを丁寧に戻す。赤ちゃんが小さく声を上げる。
「あらあら、ごめんね」
優しくあやす。本当に、ただの母親。
その光景が――逆に怖い。
「それじゃ」
エレナが軽く頭を下げる。
「お気をつけて」
そのまま歩き出す。ベビーカーを押して、ゆっくりと。
私は何も言えない。ただ、見ている。
普通の背中が、日常の風景の中に溶け込んでいく。
数歩。十歩。そして、角を曲がる。
――消えた。
私は、しばらく動けなかった。
風が吹く。カラスが鳴く。いつもの朝。
でも、確実に何かが違う。
(……俺のこと覚えてないのか?)
バッグの中、指輪を握る。冷たい。
(それとも、気づいてないフリをしている?)
その考えが浮かんだ瞬間、背筋がぞくりと震えた。
遠くで弟の声がする。
「おーい、早くしろよー!遅れるぞー!」
現実に引き戻される。
「……今行く」
振り返る。もう一度だけ、さっきの角を見る。何もない。ただの道。
私はゆっくり歩き出す。いつもの朝。いつもの通勤。
でも、頭の中ではずっと、あの女の笑顔が消えなかった。
ユウ「やばい奴が近所に住んでるの??こわいんだが」




