ロイドの頼み
私はロイドを見つめた。
「……ロイドさん。その指輪は、黒石を使わないと動かなかったんですか?」
ロイドは少しだけ眉をひそめた。
「当たり前だ。黒石がなければ、あれはただの金属だ」
私はゆっくり首をかしげる。
「……そうなんですか」
ロイドは私の反応に違和感を覚えたのか、目を細めた。
「何が言いたい」
私は少しだけ迷う。
言うべきか。
それとも――黙っておくべきか。
だが、ロイドは四十年以上もこの世界にいる。
そして今も黒石を集め続けている。
もし。
本当に知らないのだとしたら。
それは――
あまりにも長い遠回りだ。
私は左手の指輪を見せた。
「この指輪、黒石がなくても動きます」
倉庫の空気が一瞬止まった。
ロイドの目が大きく開く。
「……何だと」
私は続ける。
「時間はかかりますけど、自然に充電されるんです」
ロイドは何も言わない。
ただ私の指輪を見つめていた。
その視線は、さっきまでとはまるで違う。
驚きと――信じられないものを見るような目だった。
「……そんな話、聞いたことがない」
私は少し苦笑する。
「俺も、最初は知らなかったです」
リリィが横から言う。
「ユウの指輪、勝手に光るもんね。ピカーって」
私は苦笑した。
「まあ、そんな感じ」
ロイドはしばらく黙っていた。
やがて、低い声で言う。
「……見せろ」
私は少し迷った。
だが、ゆっくりと手を差し出す。
ロイドは私の指輪をじっと見る。
指には触れない。
ただ観察している。
やがて、ぽつりと言った。
「……模様がある」
私はうなずく。
「渦巻きです」
ロイドは自分の左手を見る。
指輪の跡が残る指。
「わしのは、ただの輪だった」
やはり。
私は心の中で確信する。
(……世代が違う)
この指輪は。
ロイドの持っていたものより――
新しい。
ロイドは小さく笑った。
だがその笑いは、どこか苦かった。
「はは……四十年」
私は黙って聞く。
ロイドは箱に手を置いた。
「四十年以上、黒石を集めてきた。帰るためにな」
倉庫の静寂が重くなる。
「だが、もしお前の言う通りなら……」
ロイドは私を見る。
その目は、さっきまでとは違う。
ほんのわずかだが――希望が混じっていた。
「わしの指輪は、旧式だったということか」
私は静かに言った。
「……多分」
リリィが首をかしげる。
「じゃあ、ロイドさんは帰れないの?」
その言葉に、ロイドは少しだけ笑った。
「壊れてるからな」
そして箱を軽く叩く。
「だが、まだ終わったわけじゃない」
ロイドは私を見る。
「ユウ。その指輪、世界を渡れるんだな」
私はうなずく。
「はい」
ロイドは少し考え込んだ。
倉庫の中で、静かな時間が流れる。
やがてロイドは言った。
「……なら、一つ頼みがある」
私は首をかしげる。
「頼みですか?」
ロイドはすぐには答えなかった。
少しの間、古い木箱を見つめている。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「……お前。他の世界へ行けるんだな。その指輪で」
「はい」
「自分の世界だけじゃなくて……?」
私は少し考えてから答える。
「行ったことはあります。別の世界にも」
私は隣のリリィを見る。
「リリィの世界とか」
リリィが小さく手を挙げる。
「はーい」
ロイドはその様子をしばらく見ていた。
やがて小さく息を吐く。
「……そうか」
その声は、どこか遠くを見るようだった。
「わしはな……もう、元の世界には帰れんと思っている」
私は黙って聞いた。
ロイドは続ける。
「この世界に来て、もう四十年以上だ」
倉庫の静かな空気の中で、その言葉は重く響いた。
「わしが消えたあと、家族がどうなったのかも分からん」
ロイドは少し笑う。
だがその笑いは、どこか寂しかった。
「最初の十年はな、帰ることばかり考えていた」
「次の十年は、黒石を集めれば帰れると信じていた」
ロイドは箱を軽く叩く。
「だが、二十年も三十年も経てば……分かってくる」
倉庫の天井を見上げる。
「もう、向こうでは別の人生が進んでいる」
私は何も言えなかった。
ロイドはゆっくりこちらを見る。
「だがな。一つだけ、どうしても気になることがある」
その目は、さっきまでとは違っていた。
長い年月を生きてきた人間の目だった。
「家族だ」
リリィが小さくつぶやく。
「……かぞく」
ロイドはうなずく。
「わしが消えたあと、妻がどうなったのか」
「子供がどう育ったのか」
「それだけが、ずっと気になっている」
倉庫の中で、しばらく誰も話さなかった。
やがてロイドは、私をまっすぐ見た。
「ユウ。頼みたい」
その声は静かだった。
だが――とても真剣だった。
「もし、お前がわしの元の世界へ行けるなら」
ロイドはゆっくり言う。
「家族がどうなったのか、調べてきてほしい」
私は少し息をのむ。
ロイドは続けた。
「生きているのか、もういないのか。それだけでいい」
そして小さく笑った。
「安心したいだけだ」
リリィが私の服を少し引く。
「ユウ。どうするの?」
私はロイドを見る。
四十年以上。
この世界で生きてきた男。
その目には。
帰る希望ではなく――
ただ。
家族を知りたいという願いだけがあった。
ロイドは最後に言った。
「無理ならいい。危険なことは頼まん」
「だが、もし行けるなら……頼む」
倉庫の静寂の中で。
私は、しばらく答えられなかった。




