ロイドの指輪
私はその古い木箱を見つめたまま、ゆっくりと近づいた。
倉庫の奥に置かれた箱は、他の荷物とは明らかに雰囲気が違う。
木は黒ずみ、金具は錆びている。
長い間ここに置かれているようだった。
左手の指輪が、じわりと熱を持つ。
(……やっぱり)
私は小さくつぶやく。
「観察」
すると視界に文字が浮かび上がる。
【観察】
対象:木箱
状態:封印
内容:不明
特記事項:強い黒石反応
私は思わず息を止めた。
(強い……?)
さっきの箱は「微弱」だった。
だがこれは違う。
明らかに反応が強い。
リリィが小声で言った。
「ユウ」
「それ……こわい」
私は振り返る。
「感じるのか?」
リリィは小さくうなずく。
「なんかね」
「いやーなかんじ」
私はもう一度箱を見る。
(中に黒石があるのか……?)
そのときだった。
後ろから声がする。
「……その箱には触るな」
私は振り向いた。
ロイドが立っている。
いつの間に来たのか分からない。
腕を組み、こちらを見ていた。
私は箱から手を離す。
「すみません」
「ちょっと気になってしまって」
ロイドはゆっくり近づいてくる。
その目は、箱ではなく――
私の左手を見ていた。
「……お前」
低い声だった。
「その左手にある指輪」
私は一瞬固まった。
ロイドは続ける。
「どこで手に入れた」
私はとっさに答える。
「拾っただけです」
ロイドはしばらく黙っていた。
その沈黙は、妙に長く感じられた。
やがてロイドは小さく息を吐く。
「……嘘は下手だな」
私は言葉を失う。
ロイドは箱の前で止まった。
そして静かに言う。
「安心しろ」
「取って食うつもりはない」
リリィが私の後ろに隠れる。
「ユウ……」
私はロイドを見る。
「……どういう意味ですか」
ロイドは少しだけ空を見上げるようにして言った。
「その指輪」
「わしも持っていた」
私は目を見開いた。
「……え?」
ロイドは左手を見せた。
指輪はない。
だが指には、古い傷跡のような跡が残っていた。
「壊れたがな」
ロイドの声は静かだった。
「四十年以上前に」
倉庫の中が、しんと静まる。
私はロイドを見つめる。
「……ロイドさん,,,,もしかして」
ロイドはゆっくりうなずいた。
「そうだ」
「お前と同じだ」
「別の世界から来た人間だ」
私は少しだけ息を吐いた。
驚きはあった。
だが――
初めてではない。
私はすでに、別の世界の人間と一緒にいる。
私は隣を見る。
リリィは首をかしげていた。
「ユウ」
「ユウといっしょ?」
私は小さく首を振る。
「……いや」
「なんでもない」
ロイドは古い木箱に手を置く。
「その箱の中には」
「黒石が入っている」
私は思わず言った。
「やっぱり……」
ロイドは私を見る。
「黒石を集めている」
「元の世界に帰るためにな」
私は少し考える。
(帰るため……?)
その言い方に、わずかな違和感があった。
ロイドは続ける。
「だがそれだけじゃ足りない」
「黒石と指輪、そしてー」」
ロイドの目が、まっすぐこちらを見た。
「“指輪を持つ者”」
倉庫の空気が張り詰める。
ロイドはゆっくり言った。
「お前は」この世界に来て、どれくらいだ」
私は少し迷ってから答える。
「……六日です」
ロイドの眉がわずかに動いた。
「六日」
そして指輪を見てぽつりと言う。
「……それで黒石を感知しているのか」
私は驚く。
「どうしてそれを」
ロイドは小さく笑った。
「わかるさ」
ロイドは箱を軽く叩く。
「この石は」
「世界を渡る鍵だ」
そして私をまっすぐ見た。
「ユウ,,,,お前は帰りたいか」
その言葉に。
私はすぐには答えなかった。
(帰りたいか……)
もちろん考えたことはある。
だが――
ロイドの話には、少しだけ違和感があった。
(黒石を集めて帰る……?)
私は左手の指輪を見る。
この指輪は、黒石がなくても使える。
時間はかかるが――
自然に充電される。
黒石は、あくまで充電を早めるためのものだ。
リリィの世界では、黒石は珍しいものでもない。
魔物化した人間を倒せば、普通に手に入る。
だがロイドの話し方は違う。
まるで――
黒石がなければ帰れないかのようだった。
私はふとロイドの手を見る。
さっき見せた指。
そこには、指輪の跡が残っている。
そして思い出す。
(……形)
ロイドが持っていたという指輪。
それは――
私とリリィのものとは違った。
私たちの指輪は、中心に渦巻くような模様がある。
だがロイドの指輪は違う。
ただの――
丸い輪だった。
私は心の中でつぶやく。
(……旧型?)
もしかすると。
ロイドの指輪は。
もっと古い型の装置だったのかもしれない。
だから――
黒石がなければ使えなかった。
私はゆっくり顔を上げた。
ロイドが、じっとこちらを見ていた。
「どうした」
私は少しだけ考えてから言った。
「……ロイドさん」
「その指輪はどんな形でした?」
ロイドは少しだけ目を細める。
「形?」
そしてぽつりと言った。
「ただの輪だ」
「飾りも何もない」
私はやっぱり、と思った。
(……違う)
この指輪は。
ロイドが持っていたものより――
新しいようだ。




