帰る方法はある
私はゆっくり目を閉じた。
(………とんでもないものを拾ったな)
そう思いながら、もう一度、指輪を見つめる。
この世界。
そして――
世界532。
どうやら、
この指輪のせいで、俺たちはここにいるらしい。
「ユウ……?」
ベッドの上で、リリィが首をかしげる。
まだ少し眠そうだ。
ふわふわの狐耳が、ぴくりと小さく動く。
「どうしたの?」
「ゆびわ、へん?」
俺は少し考えてから答える。
「……ああ。ちょっとだけ」
リリィはゆっくり体を起こす。
毛布が肩からずり落ちる。
狐耳が、心配そうにぺたんと下がった。
「へんって?」
俺は指輪を指で軽く回す。
さっきまで表示されてた文字は、もう消えている。
ただの銀色の輪に戻っていた。
「この指輪だけど」
ゆっくり言う。
「どうやら“世界を移動する道具”らしい」
リリィはぱちぱち瞬きをする。
耳が小さく揺れる。
「……いどう?」
「うん」
少し言葉を選ぶ。
「遠い場所へ行ける道具だよ」
リリィは少し考える顔になる。
狐耳がぴこぴこと動く。
「……とおいとこ?」
俺はうなずく。
「とても遠い場所だ」
「この世界とは違う場所だね」
リリィは黙る。
しばらく指輪を見つめて、ぽつりと言う。
「……じゃあ」
「わたし」
「ユウのとこに来たの」
「それ?」
俺はうなずく。
「おそらく、この指輪のせいだろう」
リリィは少し口を開ける。
でも驚いて叫ぶことはない。
ただ――狐耳が、ぴんと立った。
「……そうなんだ」
小さくつぶやく。
それから、少しだけ笑った。
「でも」
「ユウにあえた」
俺は一瞬、言葉を失う。
リリィはベッドの上で足をぱたぱたさせながら言う。
「だから」
「いいよ」
小さく息を吐く。
(……この子は)
恐ろしいほど前向きだ。
普通なら、知らない場所、知らない人間――
それだけで怖がるはずだ。
でもリリィは違う。
むしろ少し楽しそうにすら見える。
狐耳も、ぴこぴこと元気に動いていた。
俺は小さくため息をつく。
「……まあ、結果としては、そうだな」
リリィは嬉しそうに笑う。
「うん!」
耳もぴょこっと跳ねる。
ふと首をかしげる。
狐耳も同じように傾いた。
「でも」
「どうやってかえるの?」
その言葉に、俺は静かに指輪を見る。
……いい質問だ。
さっきのメッセージにはこう書いてあった。
転送先を二つの世界に限定する仕様。
俺はゆっくり言う。
「おそらく、この指輪――世界を二つ行き来できる」
リリィの狐耳がぴんと立つ。
目も少し大きくなる。
「……ほんと?」
「うん」
俺はうなずく。
「つまり、この世界と――もう一つの世界」
少し言葉を切る。
「おそらく、君の世界だな」
リリィは少し黙る。
それから、ほっとしたように息を吐いた。
狐耳がふわっと下がる。
「……そっか」
「じゃあ、おうち、かえれる?」
「可能性は高い」
そう答えてから、少し考える。
ただし――一つ気になることがある。
自分の指輪を見る。
古い型で、表示が少し乱れている。
俺は静かに言う。
「ただし、ちょっと気になることがある」
リリィは首をかしげる。
狐耳も一緒に傾く。
「なに?」
俺は指輪を見せる。
「俺の指輪、少し表示が乱れててね」
リリィはじっと見る。
耳がぴくぴく動く。
「……へん?」
「うん」
俺は軽く苦笑する。
「少し古い型みたいで、機能の一部が不安定なんだ」
でも、焦るほどじゃない。
この指輪には帰還機能がある。
転送されても、元の世界に戻れるからだ。
俺は肩をすくめる。
「少し癖のある道具って程度だ」
リリィは少し考えた顔になる。
耳がくるくる動く。
そして――
「……だいじょうぶ?」
小さく聞く。
「うん」
俺はうなずく。
「帰る方法はあるから」
リリィはほっと息をつく。
狐耳もふわっと下がる。
にこっと笑った。
「……じゃあ、だいじょうぶ」
「ユウいるし」
俺は思わず笑う。
「随分、信用されてるな」
リリィはこくこくとうなずく。
その時――
指輪が、もう一度光った。
「……!」
俺はすぐ指輪を見る。
リリィもベッドから身を乗り出す。
狐耳がぴんと立つ。
光はさっきより強い。
指輪の内側に――新しい文字が浮かび上がった。
指輪「帰還機能消失しました」
ユウ「え!?」
リリィ「ユウ かえれないの?」
ユウ「ああああががががが」




