宿でゆっくり
ギルドを出たあと、私たちは夕暮れの街を歩いていた。
石畳の道の両側には店が並び、ランタンの灯りが少しずつともり始めている。
昼間よりも人の数は少ないが、それでも通りには仕事帰りの冒険者や商人の姿があった。
リリィは私の手を握りながら、きょろきょろと周囲を見ている。
狐耳がぴくぴくと忙しく動いていた。
「ユウ!」
「ん?」
「みて!」
リリィが指さした先には、焼き串の屋台があった。
香ばしい匂いが通りに漂っている。
「いいにおい!」
私は少し笑った。
「確かに。でも、先に宿を見つけてからね」
「うん!」
リリィは素直にうなずく。
しばらく歩くと、アイルが言っていた通りの建物が見えてきた。
通りの角にある、二階建ての宿。
木造の落ち着いた建物で、入り口の上には木の看板が下がっている。
そこにはこう書かれていた。
『旅人の小宿ルミナ』
そして建物の軒先には、小さなランタンがいくつも吊るされている。
やわらかい光が宿の前を照らしていた。
「ここでかな」
私は看板を見上げながら言う。
リリィも見上げた。
「おやど!」
私は扉を押し開けた。
カラン、と小さな鈴の音が鳴る。
中は思ったより広かった。
木の床と木のテーブル。
壁には旅人向けの地図や古い武器が飾られている。
奥にはカウンターがあり、その向こうに一人の女性が立っていた。
三十代くらいだろうか。
茶色の髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だ。
私たちを見ると、にこっと笑った。
「いらっしゃい。宿泊かしら?」
私はカウンターに近づく。
「はい、部屋は空いていますか?」
女将は帳簿をぱらぱらとめくる。
「ええ、大丈夫よ。一人部屋と二人部屋、どっちがいい?」
私は少し考える。
そのとき、リリィがぴょこんと顔を出した。
「こんばんは!」
女将は目を丸くした。
「あら。可愛いお客さんね」
リリィはにこにこしている。
「りりぃ!」
「リリィちゃんっていうの? こんばんは」
「こんばんは!」
女将は私を見る。
「……妹さん?」
私は苦笑した。
「いえ、違います。街で迷子になっていたところを保護したんです」
「今日はとりあえず泊めようと思いまして」
女将は少し驚いた顔をした。
「まあ……」
そしてリリィを見て、優しく言う。
「大変だったわね」
リリィは首をかしげる。
「うん?」
あまり気にしていない様子だった。
女将はくすっと笑う。
「元気そうでよかった」
そして帳簿を閉じた。
「じゃあ二人部屋にしておく? 子供一人なら追加料金は取らないわ」
私は少し驚く。
「いいんですか?」
「ええ。うちの宿、には冒険者の人には優しくするのが方針なの」
そして少しだけ優しく言った。
「この子を外で寝かせるわけにもいかないでしょう?」
私は軽く頭を下げた。
「助かります」
女将はカウンターの下から鍵を取り出す。
「二階の奥、203号室よ。夕食はどうする?」
リリィが即反応した。
「ごはん!」
女将は笑う。
「元気ねえ」
私は言った。
「もしまだ用意できるなら、お願いします」
「もちろん。今日はシチューとパンよ。すぐ出せるわ」
リリィの耳がぴくっと動く。
「しちゅー! おいしそう!」
女将はくすっと笑う。
「気に入ってもらえるといいわね」
そして私に鍵を渡した。
「荷物を置いたら、食堂においで」
「ありがとう」
私は鍵を受け取る。
リリィは私の服を引っ張った。
「ユウ」
「ん?」
「おやど、いいところ!」
私は小さく笑った。
「そうですね」
こうして私たちは――
旅人の小宿ルミナに泊まることになった。
私は受け取った鍵を見ながら言った。
「じゃあ、先に部屋に荷物を置きにいこうか」
「うん!」
リリィは元気よくうなずく。
私たちはカウンター横の階段へ向かった。
木製の階段は、踏むたびに小さくぎしっと鳴る。
二階に上がると、細い廊下がまっすぐ伸びていた。
壁には小さなランタンが等間隔に掛けられ、やわらかな灯りが揺れている。
リリィがきょろきょろと見回す。
「ユウ」
「ん?」
「ここ、あったかい」
私は少し笑った。
「確かに、落ち着くね」
廊下の奥、203号室の前で足を止める。
鍵を差し込み、扉を開けた。
ぎぃ、と静かな音。
中は思ったより広かった。
木の床に小さな丸テーブル。
ベッドが二つ並んでいる。
窓の横には棚もあり、荷物を置けるようになっていた。
リリィは入るなり目を輝かせる。
「わああ!」
とことこと歩き回る。
「ベッドがふたつある!」
ぴょん、と軽く飛び乗る。
「ふわふわ!」
私はすかさず言った。
「壊さないでね」
リリィはぴしっと座る。
「こわさない!」
その様子に思わず苦笑した。
私は荷物を棚に置き、窓の外を見る。
街はすっかり夜の雰囲気になっていた。
ランタンの灯りが並び、遠くから人の声や食器の音が聞こえてくる。
そのとき。
ぐぅぅぅ……
小さな音。
振り向くと、リリィがお腹を押さえていた。
「……おなかすいた」
私は笑う。
「そうだね。夕食を食べに行こうか」
「しちゅー!」
すぐに立ち上がり、私の手を引く。
「はやく!」
「分かった分かった」
私は苦笑しながら部屋を出た。
階段を下りると、食堂からいい匂いが漂ってくる。
肉と野菜を煮込んだ温かい香りだ。
リリィの狐耳がぴくぴく動く。
「いいにおい……」
食堂にはいくつかのテーブルがあり、旅人たちが食事をしていた。
私たちは空いている席に座る。
しばらくして、女将が湯気の立つ皿を運んできた。
「はい、お待たせ」
テーブルに置かれたのは、クリーム色のシチューとパン。
「熱いから気をつけてね」
リリィの目がきらきらする。
「わああ! しちゅー!」
女将は笑う。
「元気ねえ」
私は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
女将はリリィに優しく言う。
「ゆっくり食べなさいね」
そう言って厨房へ戻っていった。
リリィはスプーンを握りしめる。
「たべていい?」
「どうぞ」
リリィはふーっと息を吹きかけて、一口。
「……!」
ぱっと顔が明るくなる。
「おいしい!!」
近くの旅人がくすっと笑った。
リリィは夢中で食べ始める。
「これもおいしい!」
パンをちぎってシチューにつける。
私はその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
(……まあ)
今日は色々あった。
迷子の少女を拾い、ギルドで騒ぎがあり、宿まで来た。
けれど今は――
目の前で嬉しそうに食事をしているリリィがいる。
私は少しだけ肩の力を抜いた。
そのとき。
リリィが顔を上げる。
「ユウ」
「ん?」
「ここ、すき」
私は少し笑った。
「俺もだよ」
旅人の小宿ルミナの夜は、こうして静かに始まっていった。
ユウ「誘拐犯とかだと思われてないかな??」
リリィ「ユウ 誘拐犯!!」
衛兵「ここに誘拐犯がいると通報を受けて来た!! 誘拐犯はどこにいる!!!」
ユウ「元の世界に帰らせてくれ!!!!!」




