ユウとの出会い
気が付くと、リリィは冷たい石の床に横たわっていた。
「……ん」
まぶたをゆっくり開ける。
空は見えない。
高い建物の壁が左右から迫る、細い路地の中だった。
石の床はひんやりとしていて、頬に触れる感触が少し冷たい。
「ここ……どこ?」
リリィは体を起こし、きょろきょろと周囲を見渡す。
見たことのない場所だった。
知らない石の壁。
知らない匂い。
知らない街。
そのときだった。
頭の中で、突然声が響いた。
『第175世界 適応開始』
「え?」
リリィはぴくっと耳を動かす。
誰かが話したのかと思い、後ろを振り返る。
でも、誰もいない。
『生存率 81%』
「……?」
意味がわからない。
リリィは首をかしげた。
「だれ……?」
しかし返事はない。
静かな路地に、風の音だけが流れていた。
リリィは困ったように耳をぺたりと下げる。
「ここ……どこなの……」
そのとき、隣に置いてあるものに気づいた。
布に包まれた木の箱。
リリィの目がぱっと明るくなる。
「……あ!」
急いで抱き上げる。
「おべんとう!」
そうだ。
今日はお父さんに弁当を届ける日だった。
リリィはぎゅっと弁当を抱きしめた。
「そうだ……」
少し考える。
「おとうさん……おべんとう、とどけないと」
それが一番大事なことだった。
リリィは立ち上がる。
少しよろよろするが、なんとか足を踏み出した。
「ギルド……いかなきゃ」
路地の奥から、人の声が聞こえてくる。
どうやら大きな通りが近いらしい。
リリィは狐耳をぴくぴく動かしながら、声のするほうへ歩き出した。
路地を抜けると、そこには人通りの多い通りが広がっていた。
「わあ……」
リリィは思わず声を出した。
たくさんの人。
たくさんの店。
でも――
どこか違う。
リリィは首をかしげた。
「……へん」
まず、服が違う。
明るい色の服を着た人が多い。
赤、青、緑。
ふわふわした服や、ひらひらした服。
それに、鎧を着ている人もいる。
「おおきい……」
剣を背負った人。
大きな盾を持っている人。
そして。
「……あれ?」
リリィは不思議そうに目を丸くする。
長い杖を持った女の人が歩いていた。
杖の先には、きらきら光る石がついている。
「へんなぼう……」
さらに周りを見る。
剣を持った人はいる。
斧を持った人もいる。
でも――
リリィは気づいた。
「……あれ?」
小さくつぶやく。
「てっぽう……ない」
リリィの世界では、ハンターたちは銃を持っていた。
でも、この街では誰も持っていない。
代わりに。
剣。槍。杖。
そんなものばかりだった。
リリィは少し不安になる。
「ここ……」
ぽつりとつぶやく。
「いつものまち……ちがう」
でも。
弁当をぎゅっと抱きしめる。
「おとうさん……」
耳がぴくぴく動く。
「ギルド……さがさなきゃ」
リリィは人の流れを見ながら歩き始めた。
しかし。
どこを見ても知らない景色。
知らない建物。
知らない人。
リリィはだんだん不安になってくる。
「……」
きょろきょろ。
きょろきょろ。
その様子を、通りの人たちがちらちら見ていた。
「迷子か?」
「狐耳の子供だな」
「珍しいな」
ひそひそ声が聞こえる。
リリィは立ち止まる。
「……」
胸が少しきゅっとなる。
「おかあさん……」
目がうるうるしてきた。
でも。弁当を見る。
「……だめ」
小さく首を振る。
「おべんとう……とどける」
リリィは小さくつぶやき、また歩き出した。
人通りの多い通りを、弁当を抱えながらてくてく進む。
しかし、どこを見ても知らない景色ばかりだった。
「……ギルド、どこ?」
きょろきょろと周囲を見る。
大きな建物はある。
店もある。
でも、父が働いているギルドの建物とはまるで違う。
そのときだった。
通りの先から、突然ざわめきが広がった。
「おい!下がれ!」
「離れろ!」
誰かが叫ぶ。
リリィはびくっと肩を震わせた。
人々が慌てて道の端へ逃げる。
何が起きたのかわからず、リリィはその場に立ち止まった。
すると。
通りの奥から、数人の冒険者が走ってきた。
「くそっ、まだ暴れてるぞ!」
「捕まえろ!」
その後ろから、鎖に繋がれた大きな獣が暴れていた。
狼のような姿だが、普通の狼よりずっと大きい。
牙をむき、鎖を引きずりながら唸っている。
「うわっ!」
「危ない!」
周囲の人たちが慌てて逃げる。
リリィもびっくりして後ろに下がった。
「な、なに……?」
狼のような魔物が暴れ、鎖を引きちぎりそうになる。
冒険者たちが必死に押さえつけていた。
「押さえろ!」
「落ち着かせろ!」
リリィは怖くなり、小さく震えた。
「こわい……」
人の流れに押されるように、リリィは別の道へと歩いていく。
やがて。
気が付くと、広い場所に出ていた。
そこは小さな広場だった。
石の噴水があり、ベンチがいくつか置かれている。
人はいるが、先ほどの通りほど多くない。
リリィは噴水のそばに座り込んだ。
「……」
弁当を抱きしめる。
知らない場所。
知らない人。
知っている人は、誰もいない。
そのとき。
ぐぅぅぅ……
お腹が鳴った。
リリィははっとした。
「……あ」
お腹を押さえる。
朝から何も食べていない。
弁当を見る。
父のために持ってきたものだ。
しばらく迷う。
「……」
でも、またお腹が鳴る。
ぐぅぅぅ……
リリィは少し涙目になった。
「……おとうさん」
弁当をそっと開ける。
卵焼き。野菜炒め。お肉。
全部、母が作ってくれたものだった。
リリィは小さくつぶやく。
「……ごめんなさい」
「おとうさん……」
箸を持ち、そっと卵焼きを食べる。
「……おいしい」
涙がぽろっと落ちた。
「おかあさん……」
しばらく黙って食べ続ける。
弁当はすぐに空になった。
リリィは少し安心したように息をついた。
お腹が満たされると、急に眠くなってくる。
広場のベンチに寄りかかる。
「……おとうさん」
「……おかあさん」
そのまま、リリィは静かに眠ってしまった。
それから、しばらくして。
「おい、嬢ちゃん」
低い声が聞こえた。
リリィは目をこすりながら起きる。
「……ん」
目の前には、鎧を着た中年の男が立っていた。
どうやら広場を見回っている警備兵らしい。
「こんなところで寝てたら危ないぞ」
リリィはきょとんとする。
「……うん」
男はしゃがみ込み、優しい声で聞いた。
「親はどこだ?」
リリィは小さく首を振る。
「……わからない」
男は少し困った顔をした。
「迷子か?」
リリィはうつむく。
「……うん」
男はため息をついた。
「困ったな……」
しかしそのとき、別の場所で声が上がった。
「おい!」
「こっち来てくれ!」
警備兵は振り返る。
「ちっ……」
そしてリリィを見る。
「ここから動くなよ」
そう言い残し、急いで走っていった。
リリィはベンチに一人残された。
「……」
少しだけ寂しくなる。
でも、立ち上がった。
「……ギルド」
また探さないといけない。
リリィは広場を出て、また街を歩き始めた。
そのときだった。
突然。
胸の奥が、ふっと温かくなる。
「……?」
頭の奥で、小さな感覚が生まれる。
まるで。
「……あっち」
と、誰かが教えてくれているみたいだった。
リリィは自然と、ある方向を見た。
人通りの多い通り。
なぜか、そっちへ行ったほうがいい気がした。
理由はわからない。
でも。
「……うん」
リリィは歩き出す。
人混みの中を、てくてく進む。
そして。
人混みの向こうから、ひとりの人物がこちらへ歩いてきていた。
リリィはその人を見た瞬間、胸が少し温かくなる。
怖くない。
むしろ――
「……あのひと」
安心する感じがした。
まるで。
「いいひと」
だとわかるみたいに。
リリィはぱっと顔を上げる。
そして。
思い切りその人へ走り出した。
「まってー!」
その人物こそ――
ユウだった。




