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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
9.2つの戦場
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9.2.2つの戦場

議会


 本会議場は広かった。


 半円形の議席が四段に重なって、正面の演壇を囲んでいる。傍聴席は満員だった——採決の日だと知れ渡っていた。シェリーは証人席から議場全体を見渡した。数えるまでもなかった。賛成票が過半数を超えるかどうか——今朝の時点では、まだわからなかった。


 「本日の議事に入ります」


 議長の声が、空間に響いた。


ーーー


 保守派の主席議員が立ったのは、開会から三十分後だった。


 「義体化推進の結果として起きた、先のテロ事件について——」


 シェリーは表情を変えなかった。来ると思っていた。最後にここを使ってくる、と。


 「犯行に使われた義体は、いずれも高性能の攻撃用に改造されたものです。義体技術が普及すれば、こうした悪用の事例は増加します。この法案は、その危険性を制度的に後押しするものだ——」


 「答弁の時間を求めます」


 シェリーが立った。


ーーー


 その瞬間、端末が振動した。マリア経由の通信だった。テキストだけが来た。


 〔ラゼルより。テロ使用の義体、供給元判明。クロノス・ダイナミクス社。生命純潔同盟への資金も同社から。証拠データ添付〕


 (……来た)


 シェリーは端末をポケットに戻した。議長が「発言を許可します」と言った。


ーーー


 「先のテロ事件で使用された義体の供給元について、今朝方、独立した調査によって判明したことをご報告します」


 議場が静まった。


 「供給元はクロノス・ダイナミクス社です。同社はまた、生命純潔同盟の主要な資金提供者でもありました」


 ざわめきが起きた。


 「今回のテロは、義体化の推進が招いた事故ではありません。義体技術を悪用したい勢力が、意図的に起こした工作です——その勢力は、現在も活動を続けています。今まさに調査中の場所に、います」


 (タワーで、今、サキたちが動いている)


 「この法案を潰すことは、そうした勢力の目的に沿うことになります。逆に言えば——彼らが最も恐れているのは、この法案の成立です」


 保守派議員が「証拠を示せ」と言った。


 「データは提出します。証拠の検証は採決後でも可能です。ただ——」シェリーは議場を見渡した。「今日の採決は、証拠の話ではないはずです。人間として認めるかどうか、という話のはずです」


ーーー


 休憩に入った。


 シェリーが廊下に出ると、何人かの議員がそれぞれ別の場所へ向かっていた。保守派の中で、三人が——ひそかに議長に何かを告げているのが見えた。


 (……退席、か)


 棄権という形だ、とシェリーには分かった。理由は分からなかった。でも——何かが、水面下で動いている。


 (誰が動かしたんだろ)


 答えは来なかった。来なくていい——と思った。


ーーー


 採決前の最終発言の機会が回ってきた。


 シェリーが立った。


 議場が静かになった。傍聴席も、静かだった。


 「今日、私が話す相手は議員の皆さんだけではない——と思っています」


 少しの間があった。


 「この場所の外にも、今日のことを待っている人たちがいます。今この瞬間も、別の場所で——誰かが動いています。その人たちのために、ここに立っています」


 (サキ。エディ。ラゼル)


 「では——話します」



ーーーーーー

アストラリス・タワー


 アストラリス・タワーの正面エントランスは、無人だった。


 〔警備センサー:無効化済。ラゼルの先行処理——完了〕


 「行くぞ」とラゼルが言った。


 エディが先に扉を押した。三人で中に入った。


ーーー


 低層のロビーに、オートマタが六体いた。


 人型ではなかった。四足歩行の重装型——タワーの警備用に設計されたものだ。サキは形状を見た瞬間に仕様を照合した。〔クロノス・ダイナミクス社製 重装警備型 第四世代。武装:打撃・拘束。非殺傷設定。ただし——改造の痕跡あり〕


 「こっちはやっとくばい」とエディが言った。木製の柄を手に持ちながら、オートマタの方を見ていた。「お前らは上へ行け」


 「一人で六体は——」


 「うるさかろうもん」


 ラゼルが「行きます」と言った。サキはもう一秒エディを見た。それから、ラゼルについた。


ーーー


 中層への階段を上がりながら、下の階から衝撃音が届いた。それから、静かになった。


 〔エディの生体反応:正常〕


 七階の踊り場で、ラゼルが手を上げた。立ち止まる。


 「ここで接続できるか」


 「やってみます」


 サキは壁のパネルを見た。タワー内ネットワークの末端接続点——設備管理用だ。義手の先端を当てた。認証壁が三層ある。最初の二層はパターン型、三層目は動的キーだった。


 〔解析中……完了。接続——確立〕


 「入りました」


 タワーの内部ネットワーク構造が、サキの視野に展開した。演算層が五つ。データベースが十二系統。その奥に——見覚えのある信号パターンがあった。


ーーー


 〔……これは〕


 「何か見えたか」とラゼルが聞いた。


 「……あります。散逸共鳴波の増幅プログラムが」


 「散逸共鳴波——キーシグナルか」


 「はい。ただ——」


 規模が違った。サキが今まで検出してきた「残滓」ではない。タワー全体に張り巡らされたマナコンダクター接続点に、放出のシーケンスが組み込まれていた。


 〔放出ポイント数:197。起動後——各ノード独立動作(スタンドアロン)。ネットワーク遮断・外部停止命令:排除設計〕


 「197点」とサキは声に出した。「タワー全体のマナコンダクター接続点——全部から同時に、散逸共鳴波を放出する設計になっています。都市規模で、一斉に」


 〔散逸共鳴波の大規模放出——エーテル定着機能を攪乱する。義体を持つ者への影響は、特に直接的だ〕


 「……都市全体のエーテルが乱れる」とラゼルが言った。「機器が誤作動する、ということか」


 「義体も、オートマタも」サキは続けた。「そして——散逸共鳴波はエーテルバランスを光に傾ける。天秤を、カイロスが望む方向に動かす手段です」


 〔プログラムの構造——確認中〕


 起動されれば、各ノードはネットワークから切り離されて独立動作する。外からの停止命令は届かない——だから止めるには、全ポイントに逆位相の信号を物理的に送信して上書きするしかない。同時に。一点でも遅れれば、残存する点が連鎖して再起動する。必要演算量を算出した。数値が出た。サキは一度目を閉じた。また開いた。数値は変わらなかった。


 「……急ぎます」


ーーー


 十五階の踊り場で、ラゼルが「待て」と言って手を上げた。


 廊下の突き当たりに、一体いた。


 人型のオートマタだった。重装型とは違う——細身で、頭部にセンサーアレイが並んでいる。索敵・追跡特化型だ。こちらを向いていた。距離は二十メートル。


 〔攻撃予備動作:なし〕


 ただ、立っていた。


 〔……この個体の制御系——乱れがある〕


 スキャンをかけた。命令シーケンスが微妙に乱れていた。散逸共鳴波の残滓がフロア全体に漂っている。エーテル定着機能を攪乱するその信号が、オートマタの制御精度に干渉していた——命令通りに動けていない、という感じの。


ーーー


 ラゼルが「撃破するか」と言った。低い声で。


 サキは一瞬、考えた。


 〔撃破すれば上に進める。それだけだ。このオートマタは命令に従っているだけだ〕


 分かっていた。でも——足が止まっていた。


 サキは前に出た。


 「あなたは」と言った。オートマタに向かって。「自分の意思で、ここにいますか」


 ラゼルが「……何をしている」と言った。


 オートマタが動かなかった。センサーアレイが微かに動いた——追跡ではなく、観測のような動き。


 サキは廊下を歩き始めた。オートマタの横を通り過ぎた。


 攻撃は、来なかった。


ーーー


 「……」


 ラゼルが通り過ぎたあと、振り返った。オートマタがまだ立っていた。こちらを向いていた。追ってこなかった。


 「さっきのは何だった」


 「分かりません」とサキは言った。「でも——通してくれました」


 「なぜ問いかけた」


 「……散逸共鳴波がこのフロアに漂っています」とサキは言った。「このオートマタの制御が乱れていたのは、その影響です。命令通りに動けていない状態で——それでも立っていた」


 「だから通したと」


 「それだけなら、別の命令が優先されるはずです」サキは少し考えた。「でも——しなかった。だから、聞いてみました」


 「何を」


 「同じ問いを抱えているかもしれない、と思いました。自分がなぜここにいるのか、という問いを」


 ラゼルが少しの間、サキを見た。


 「お前は変わってきたな」


 「そうですか」


 「以前のサキはそういうことは言わなかった」


 サキは少し考えた。


 「……たぶん、そうです」


 答えがそれで終わった。ラゼルはそれ以上聞かなかった。二人は上へ向かった。

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