7.6.3.父への相談(幕間)
王宮の執務室には、午後になっても書類が積まれる。
エドモンドはそれを一枚一枚読む。押印する。次の書類を取る。シェリーが扉を叩いたとき、顔を上げなかった。「入れ」とだけ言った。声は静かだ。感情の起伏を乗せる必要のないときは、ただ静かになる。
シェリーが椅子に座った。向かいの椅子は来客用だが、シェリーはそこに座ることにもう慣れた。一年前は緊張した。今は——まだ緊張するが、違う種類の緊張だ。父親が怖いのではなく、正直に言えるかどうかが怖い。
「用件は」
書類を読みながら問うた。効率的な人だ、といつも思う。
「訓練したい」とシェリーが言った。「体術を。魔力に頼らない戦い方を」
エドモンドが書類を置いた。初めてシェリーを見た。
ーーー
「施設で捕まった」とシェリーが続けた。「ペナルティ・エンジンで魔力を封じられた瞬間、何もできんくなった。抑制具みたいなものをつけられたら、わたしは普通の人間より少し頑丈なだけになる。それじゃ足りん」
「お前はすでに人より速く、頑丈だ」
「でも戦えんかった。技術がない。体だけある状態だった」
エドモンドが少し黙った。窓の外、アストラリスの午後の光が入っている。
「なぜ単独で動いた」とエドモンドが言った。「施設の件。なぜ仲間に知らせなかった」
「……確認だけのつもりだった」
「次も同じことをするか」
「しない。それは反省しとる」
「反省した上で、また単独で動く判断を取ることがあるか」
シェリーは答えなかった。答えられなかった。ある、とは言えないし、ない、とも言い切れない。
エドモンドがわずかに表情を変えた。「それがお前だな」と言った。責める声ではなかった。ただ確認していた。
ーーー
「訓練の件」とエドモンドが言った。「一人、適任者がいる」
「リアナさん」
「知っていたか」
「なんとなく。この話をするとしたら、そうなるだろうって」
エドモンドが静かに息を吐いた。「覚悟しておけ。容赦はない。リアナは——かつて王直属の教官を務めていた。部下たちが、鬼と呼んでいた」
「エディのお母さんが鬼教官」
「呼び方の問題ではない」
「分かっとる。本気でお願いしたい」
エドモンドが書類を端に寄せた。意思決定の動作だ、とシェリーはもう知っている。
「リアナには今夜伝える」と言った。「日程は向こうが決める。文句を言うな」
「言わん」
「痛くても泣くな」
「泣かん、たぶん」
「たぶん、か」
シェリーが「……うん、たぶん」と繰り返した。エドモンドが何かを言いかけて、やめた。珍しいことだ、と思った。
ーーー
立ち上がろうとしたとき、エドモンドが「シェリー」と呼んだ。
「なんで」
「……無事で戻れ」
冷徹な統治者が言う言葉として、少し違う気がした。でも、エドモンドはそれ以上何も言わなかった。書類の束を引き戻して、また読み始めた。
シェリーは「うん」とだけ言って、扉を閉めた。




