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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
7.偽旗
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7.3.1.父の痕跡

 データが展開された。


 アキヅキ先生の研究スペースを借りた解析室——サキは端末を三画面に広げ、マリアが取得した治療記録から被害者の義体パーツのスペックを逆算し始めた。


 最初の三十分は順調だった。


 義体パーツの材質、関節の規格、神経接続インターフェースの型番——これらを市販品のデータベースと照合する。一致しない。どれも、型番が存在しない。カスタム品だ。製造元の刻印もない。


 〔市販品ではない。カスタム品。製造元なし。——通常、この規模のカスタム品は特定の研究機関か軍の発注品に限られる〕


 次に設計図の様式を解析する。3Dデータそのものは入手できないが、完成品の計測値から設計者の「癖」を逆算することはできる——それはサキが幼い頃から知っていた技術だった。父の机の上の設計図を勝手に見ながら、設計図の読み方を覚えた。


 計測値を入力していく。


 関節部の配線ルーティング。接続端子の配置。変換素子の傾き——


 サキの手が、止まった。


ーーー


 数値を、もう一度確認した。


 変換素子の傾き:3.7度。


 変換層に組み込まれるマナタイト結晶の取り付け角は、規格上0度か5度のどちらかだ。3.7度は規格外の数値だ。製造上の誤差でもない——誤差なら個体差が出る。しかし複数の被害者の義体パーツを計測した結果、全員が3.7度だった。意図的な設計だ。


 〔設計要件を確認する〕


 被害者の記録を参照した。義体化の理由——事故・疾病による四肢・臓器の喪失。いずれも神経接続あり、魂の連続性を保つ必要のない用途だ。1+2層設計で完結する。


 この用途の変換素子に求められるのは一つだ。エーテルを電気に変換して第二層(電気演算コア)に渡すこと。最適角度は0度か5度——変換効率を最大化するだけでいい。エーテルの波形パターンを電気信号に保持する必要がない。その情報を受け取るべき第三層(エーテル共鳴コア)が、この義体には存在しないからだ。


 〔3.7度は、この義体では意味を持たない数値だ〕


 偶然の可能性を確認した。義体部品の製造業者のデータベースを検索した。類似パターンを持つ設計者を探した。三十秒で結果が出た——「該当なし」。


 次に配線ルーティングのパターンを確認した。


 三又交差点が、ない。全て、Y字分岐になっている。


 〔第二層・電気配線の全分岐点がY字だ——変換後の電気信号のインピーダンス整合を極度に重視した設計者だ〕


 〔知っている〕


 サキは端末から目を離さなかった。


 〔この癖を、知っている〕


 自分の義体の内部仕様を参照した。変換素子の傾き——3.7度。


 ボクの義体は全三層構造だ。今はまだ脳が生物のままだから、魂の連続性は生物脳が担っている。第三層(エーテル共鳴コア)は現時点では、生物脳と義体をつなぐインターフェースとして機能している。だが——この設計は完全義体化を前提としている。いつか脳を換装するとき、変換素子が3.7度でなければエーテルの波形パターンが第三層に届かない。


 問題の義体には、第三層がない。完全義体化を想定した設計でもない。3.7度を選ぶ理由がない。


 〔同じ数値が、まったく別の文脈で選ばれているとは考えられない〕


 もう一つの可能性を試した。他の設計者が同じ癖を持つことがあるかもしれない——設計様式の類似データを引いた。「高い類似性を持つ既知の設計者:0件」。


 数値の意味が、確定した。


ーーー


 幼い頃、父の研究室に入り込んで、机の上の設計図を勝手に広げた。夕方の光が斜めに入って、青焼きの紙の上に影を作っていた。父の研究室は油と金属の匂いがした。サキが七つか八つの頃だ。


 父が気づいて振り返った。怒らなかった。「何を見てる」と聞いた。「なんでここに三又を使わないの、電気が干渉しないなら三又の方が効率的では」と言ったら、父が少し笑った。「干渉しないだけじゃ足りない。三又だと、変換した後の電気に微妙なずれが残る。」「ボクには気になる」——「規格に入ってないずれが」——「うん。」ー「エーテルが電気になったとき、そのままきれいに届けたい。だからY字だけ使う」


 それだけの会話だった。怒られなかった。追い出されなかった。ただ——設計図を一緒に見た。


 そのときの父の声が、義体化された耳で再生された。音声データとして、正確に。記憶はデータになっていても、消えていなかった。


 〔——第一層の変換素子から第二層の電気配線まで、全層に渡って同じ癖がある。これは父の設計だ〕


ーーー


 データを閉じた。


 再び開いた。


 数値は変わらない。3.7度。Y字分岐。変わらない。


 また閉じた。


 自己診断を実行した。処理系の異常確認——〔感情処理ユニット:高負荷状態〕。再起動を試みた。完了しなかった。〔入力データが処理限界値に近い〕というエラーが出た。こんなエラーは、今まで見たことがなかった。


 〔父が生きている。そして——この義体はテロに使われた〕


 処理が追いつかない感覚があった。正確には、処理が追いついていないのではなく、処理の優先順位の設定が機能しなくなっている——どの情報をどの重みで扱うべきか、判断が出力されない状態だ。


 端末の右下にバッテリー残量が表示されていた。午後の充電からまだ二時間しか経っていない。それなのに、残量が想定より早く減っている。


 〔情動の処理はエネルギーを食う。把握していたが——ここまでとは〕


 「父が作ったものが、人を殺した」


 声に出したのは、意図していなかった。部屋には誰もいなかった。言葉が空気に溶けた。溶けても、消えなかった。


 可能性を整理した。


 最悪のケース:父はこれを知っていた。テロへの転用を承知で設計した。

 次のケース:父は知らなかったが、止められなかった。

 最善のケース:父は止めようとして、失敗した。だから今、連絡が取れない。


 〔どれが正解でも、傷つく。——でも知らないよりいい〕


 バッテリーが、また少し減った。


ーーー


 しばらく、動かなかった。


 端末の画面だけが明るかった。変換素子の傾き:3.7度という数値がまだそこにある。消えていない。消えない。


 窓の外が少し暗くなっていた。気づかなかっただけで、時間が経っていた。


 サキは端末を折りたたんだ。立ち上がった。少し時間がかかった——足の感覚の問題ではなく、体の重みをどこかに預けてから立ち上がる動作に慣れていた気がした。今日はその重みが、少し多かっただけだ。


 解析室を出た。


ーーー


 廊下にシェリーがいた。


 法案関係の書類を脇に抱えて、別の部屋へ移動しようとしていたところだった。サキを見て「あ」という顔をした。「どうした——」と言いかけて、止まった。「顔色、って言えないか。ごめん」


 「義体なので顔色はわかりません」


 「うん、そうだった。——何かあった?」


 サキは一拍、置いた。


 言うべきかどうかの計算ではなかった。言えるかどうかの問題だった。データを言語化して他者に渡すことを、今この瞬間できるかどうか——それだけだった。


 「……シェリー、少しいいですか」


 シェリーが書類を持ったまま、足を止めた。「うん」


 「爆発に使われた義体。設計の癖から、製造者が分かりました」


 「……誰」


 「父です」


 シェリーが固まった。書類を持ったまま、動かなくなった。


 「父は生きています。そしてどこかで、誰かに技術を使われている。自発的かどうかは分かりません。でも——」


 「探したい?」


 シェリーが言葉より先に聞いた。サキは、その速さに少し驚いた。計算でも同情でも気遣いでもなく——ただ次の手を確認するような、迷いのない問いだった。驚き、という感情ログが記録されたのは、久しぶりだった。


 「はい」とサキは即答した。「ただ、これはボク個人の問題なので、チームを巻き込むのは——」


 「一緒に探す」


 「でも——」


 「一緒に探す。それだけ」


 サキはしばらく、シェリーの目を見た。義眼のセンサーが表情を細かく読む。眉の角度、瞳孔の径、口角の位置——揺れていない。本気だ。数値が示している。


 それと別に——数値にならない何かもあった。ログに残せない。カテゴリが存在しない。それでも、確かに受け取った。


 「……ありがとうございます」と、小さく言った。


ーーー


 「ただ、今は他のメンバーには言わないでおきたい」


 「分かった。いつ話す?」「時機を見て」「うん」


 少し間があった。


 「一つだけ聞いていいですか」とサキが言った。「シェリーはなぜ、そんなに即答できるんですか」


 シェリーが少し考えた。「……わからん。でも、やめる理由が見当たらんかった」


 「そういう人なんですね」「どういう人?」「……言葉の前に動く人」


 シェリーが苦笑した。「そう言われると、計画性がないみたいだて」


 「そうは言っていません」とサキが返した。


 言ってから、少しの間があった。笑いではない。でも、笑いに近い何かが、内側で動いた気がした。名前はつけない。今はまだつけない。


 〔……記録しておく。この会話の全部を〕

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