7.2.1.会議/翌朝と、エディ
会議
朝の病院の廊下は、静かだった。
シェリーとエディが並んで入っていくと、四人が小さな会議室で待っていた。マリア、ラゼル、サキ。アキヅキ先生がスペースを貸してくれていた。
全員の視線が来た。
マリアがシェリーの顔を見て、一瞬だけ止まった。首筋。指先。視線がそこへ行って——すぐカップに戻った。何も言わなかった。
「昨夜、単独で動いた」とシェリーが言った。「ラゼルの座標の施設。確認だけのつもりで行って——捕まった」
「……なぜ単独で」とサキが言った。
「作戦会議の前に確認したかった」「非合理的です」「うん」「次は言え」とラゼルが言った。「言う。ごめん」
シェリーが報告した。義体の精密製造ライン、大規模マナコンダクター設備、ペナルティ・エンジンの量産ライン。「純潔同盟が単独で持てる技術レベルじゃない。設計と製造を支えられる組織が背後にいる」
「企業だ」とラゼルが言った。「ダミエンから聞いた。資金ルートが三段。最終出所は企業。ナイトフォール絡みの可能性がある」
「ダミエンが」とシェリーが繰り返した。
「義体の製造ラインに特徴はありましたか」とサキが聞いた。声の奥に、ごく薄く何かが混じっていた。「設計に癖があった。規格外の部分がいくつか」「……分かりました」それ以上は何も言わなかった。
ーーー
正式な緊急拡大会議は、午前十時から始まった。
「まず管轄の確認から。本件は義体化案件として内務省の所管か、爆発物案件として王都治安局の所管か、あるいは種族間案件として第三種族調停委員会の所管か——」「治安局は現在定員の六割で大規模案件への即応体制が整っておらず——」「定員の問題であれば人事局との調整から——」「人事局は今期の予算審議が——」「予算審議は財務委員会が——」「財務委員会は義体関連案件の計上区分が未整理で——」
(区分の整理から始めるの? 今?)
「昼の教会が関与する可能性のある案件につき聖務調停局を通じた情報共有が——」「聖務調停局はソレイユ大聖堂との管轄整理が現在進行中で——」「管轄整理の完了前に案件を受理すると後の混乱が——」「では整理完了まで当案件は保留と——」「保留中に証拠が散逸する可能性については——」「証拠保全は治安局の——」「治安局は定員が——」
(戻ってきた)
「義体化倫理審査委員会としては今回の事件を義体の危険性の証左として記録する方針で——」「証左と断定するには専門家による鑑定が——」「鑑定委員会の召集には各院の合意が——」「合意形成には事前の根回しが——」「根回しのスケジュールは——」「スケジュールは幹事長室と——」「幹事長室は現在——」「マナコンダクター技術規制局からは今回の爆発装置がマナコンダクター技術を応用した可能性について追加調査を——」「追加調査の実施には予算措置が——」「予算は緊急枠か通常枠か——」「緊急枠の適用には内閣の認定が——」「認定の手続きは——」
(……また手続きだ)
「天族代表議員団からは本件を機に義体化技術の全面的な安全基準見直しを求める動議を提出する予定で——」「魔族代表議員団は捜査過程の透明性と種族間の公平な情報開示を——」「人族代表連合は被害者十七名への補償制度の早期整備を最優先事項として——」「ドワーフ連合は義体製造業への風評被害対策と業界への説明責任を——」「エルフ評議会は今回の事件と古来の自然魔法への影響について懸念を——」「王室法務局としては各代表からの要求事項を整理したうえで——」「整理には時間が——」
(全員が別の方向を向いとる。誰も同じ問題を見ていない)
「——義体化人権法案の審議については」と保守派の議員が口を開いた。「今回の事件を受け、本法案が義体への社会的認知度を高め結果として過激派を刺激した可能性について検討が——」
「現場を見ました」とシェリーが言った。
場が少し静かになった。
「義体パーツの飛散方向に規則性があります。特定方向へ爆発するよう設計された装置です。事故ではなく意図的に作られたものです。犯行声明の文体も、純潔同盟が通常使う語彙とは異なります。これは——」
「それはあなたの見解ですね」と疲れた五十代の官僚が言った。悪意はなかった。ただ、手順の外から差し出されたものを受け取る窓口を、持っていなかった。
「はい、ただ——」「専門家の鑑定を待ちましょう」「鑑定委員の召集には——」「召集には——」「には——」「——」
(……終わりにしてくれ)
「本日はここまでとします」と議長が言った。「明日の会議で継続審議を」
書類が閉じられた。椅子が引かれた。十数人が立ち上がって廊下へ散っていった。誰も何も決めていなかった。誰も怒っていなかった。誰も焦っていなかった。ただ、今日やるべき手続きを終えて、帰っていった。
テーブルの上に議事録の草稿が一枚残っていた。
「審議継続」の文字だけが、太く書いてあった。
(待っていたら、何かが消える)
ーーー
病院に戻ると、四人がいた。
「正式な捜査は動かない」とシェリーが言った。「縦割りと手続きで止まってる。こっちで動く」
「権限なし、公式情報へのアクセスなし、失敗したら全員詰められる」とラゼルが言った。「把握」「把握」とエディが返した。「ありがとう」
役割を整理した。シェリーが政治サイドと法案の死守。マリアが被害者の義体型番と流通ルートの解析。ラゼルが純潔同盟の内部情報と資金追跡。エディが護衛と実動。サキが爆発残骸の技術データ解析。
「爆発残骸のデータは入手できますか」とサキが問うた。「被害者の治療記録経由で断片なら。合法的な範囲で」「十分です」
シェリーは全員を見た。「これは犯罪捜査じゃない。法案を守る闘いでもある。でも——法案よりも、誰かがまた死ぬ前に知りたいことがある」
「どっちも同じじゃなかと」とエディが言った。「うん。きっとそうだて」
解散になった。各自が動き始めた。
ーーー
廊下でエディを呼び止めた。
「配信、続けていいと思う? こんなときに」「なんで止めんといかんの」「テロがあって、人が死んで——自分が画面の前にいていいのかって」「お前の配信がテロを起こしたわけじゃなかろうもん」「そうだけど」「止めたくないんやろ?」「——うん、止めたくない」「ならそれだけだ」
エディが歩き始めた。シェリーが並んだ。
廊下の窓から昼の光が入ってきた。シェリーは自分の手の甲を見た。褐色は、消えていた。首筋も指先も——いつの間にか、元の色に戻っていた。
ーーーーーー
翌朝とエディ
食堂のテーブルに、トレーが置かれた。
パンが二枚とスープと果物。シェリーが「ありがとう」と言う前に、エディはもう向かいに座っていた。
「食え」
「……うん」
七時過ぎ。他の学生がまだ少ない時間帯だった。昨日の会議の後——夜のうちに各自が動いて、シェリーは明け方まで法案の書類を処理して、三時間だけ眠って、起きた。それがこの顔に出ているのを、エディは何も言わずに見ていた。
ーーー
「今朝の会議、どうやった」
「最悪」とシェリーが言った。「二時間で何も決まらんかった。管轄の話だけして終わった」
「そういうもんやろ」
「そういうもんって分かってても——」
「分かってても、腹立つ。うん」
シェリーはパンをちぎった。「腹立つっていうか。あの会議に出てた人、全員悪い人じゃないと思うんよ。みんな自分の仕事をやってる。ただ——誰も同じ問題を見てない」
エディが少し考えた。「お前はひとりで全部見とったわけか」「そんな大げさなことじゃ——」「お前が現場見て、技術データ持って、政治の動きも見て。それで一人で会議に出た」
シェリーは黙った。「……そういう話じゃないて」「そういう話やと思うけどな」
ーーー
しばらく、二人でスープを飲んだ。
「エディ」とシェリーが言った。「なんで毎回ご飯ついてくるん」
「腹が減ると判断が雑になる」
「それだけ?」
「……それだけ」
シェリーが笑った。ちゃんと笑えた——昨日の夜には笑える気がしていなかったのに、今は笑えた。エディがそれを見て、少しだけ目元が緩んだ。ほんの少しだけ。
「エディって、なんで護衛やってるん。本気で聞くんやけど」
「向いてるから」
「向いてる、ね」
「他に理由が要るか」「いや——」シェリーはパンをもう一枚手に取った。「なんか安心した」
「なにが」
「向いてるからやる、っていう人が隣にいると、安心する。なんでかは分からんけど」
ーーー
食器を重ねていると、エディが「今日も動くんか」と言った。
「動く。ラゼルからさっき連絡が来た。ダミエンのルートが少し見えてきた」
「一人で行くな」
「行かない。でもエディには別のことを頼もうとしてた」
「何」
「法案の護衛。採決の日が近い。議場に入れる人間の数が限られるから、そっちを頼みたい」
エディが「護衛か」と言った。「議場を守るのと、お前を守るのと、両方か」
「両方お願いしてもいい?」
エディが立ち上がった。トレーを持った。「最初からそっちに貼り付くつもりやったけどな」
「言ってくれたらよかったのに」
「言うまでもないやろ」と言いながら、返却口へ歩いていった。
シェリーは残ったスープを飲んだ。温かかった。




