4.2.1 癒えぬ傷跡、燻る残り火
戦後一ヶ月。アストラリスの街は、復興の槌音に包まれ、活気を取り戻しつつあった。しかし、その喧騒から少し離れた路地裏に佇む戦災孤児院には、いまだ深い傷跡が横たわっていた。
シェリーは、マリアと共に、この孤児院を慰問に訪れた。二人の顔には、華やかな王族の装いはなく、簡素な平服を身につけている。
「シェリー様!マリア様!」
孤児院の院長が、深々と頭を下げて二人を出迎えた。
「いつもありがとうございます。物資も、子供たちの笑顔も、シェリー様のおかげで増えました」
しかし、子供たちの顔には、まだ影が差している者が多かった。天族の子供、魔族の子供、人族の子供たちが、狭い空間で身を寄せ合う。彼らは、親を失った悲しみだけでなく、互いの種族への不信感や、戦争が植え付けた深い傷を抱えていた。
シェリーは、子供たち一人ひとりの目を見て、優しく語りかけた。
「みんな、寂しい思いをしたんやね。でも、大丈夫。ウチは、みんなの味方やから」
彼女は、子供たちの目線に合わせて膝をつき、抱きしめ、頭を撫でていく。子供たちの表情が、少しずつ和らいでいくのが分かった。
しかし、その中の一人、魔族の小さな少年が、シェリーから目を逸らし、口を開いた。
「…どうせ、あんたには分からんよ」
少年は、シェリーの言葉を遮るように、絞り出すような声で言った。
「あんたみたいな、王女様には…俺たちの苦しみが」
シェリーは、静かに少年の言葉に耳を傾けた。彼の目には、悲しみと、そして拭いきれない憎しみが宿っていた。
「父ちゃんも、母ちゃんも…戦争で死んだ。王様も、教会も、誰も助けてくれなかった。あんたのその力で…なんで、父ちゃんを生き返らせてくれんのや…?」
少年の瞳の奥には、戦争で家族を失った悲しみと共に、メディアによって繰り返し刷り込まれた「王女シェリーの力こそが、この悲劇を招いた」というプロパガンダへの盲信が宿っていた。
無垢な子供の言葉は、最も鋭い刃となって、シェリーの胸に深く突き刺さった。彼女は、神にも等しい力を手に入れたはずなのに、目の前の小さな命を救うこともできない。死者を蘇らせることは、できない。その絶対的な力の限界に、シェリーは打ちのめされた。
「ごめんね…」
シェリーは、何も言えずに、ただ少年の手を握ることしかできなかった。その目から、一筋の涙が流れ落ちる。
隣にいたマリアが、そっとシェリーの肩に手を置いた。
「シェリーちゃん。全ての傷を癒すことは、たとえあなたでもできません。でも、私たちには、生き残った子供たちの未来を守る義務がありますわ。彼らが、憎しみではなく、希望を抱けるように導くこと。それが、今の私たちの使命です」
マリアの言葉に、シェリーは顔を上げた。
(そうだ…この子たちの未来を…)
まだ幼い少年は、シェリーの涙を見て、少しだけ戸惑った表情を浮かべた。
シェリーは、少年の手を強く握り返し、約束した。
「ごめんね。ウチには、父ちゃんを生き返らせてあげることはできん。でも、約束する。二度と、こんな悲しい戦争が起こらんようにする。君たちが、笑顔で暮らせる未来を、ウチが作るから」
少年の目に、わずかな光が宿ったように見えた。
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王都アストラリスの路地裏は、まだ復興の光が届かず、夜闇に紛れて怪しい影が蠢いていた。ラゼルとサキは、そんな路地裏の奥、解体されたフジシロの秘密研究所の残骸を調べていた。
「どうだ、サキ。何か手掛かりはあったか」
ラゼルは、周囲を警戒しながら、情報端末を操作しているサキに声をかけた。彼の顔には、フジシロを倒してもなお消えない、張り詰めた緊張感が漂っている。
「ええ。フジシロは、自分の思想に共鳴する者たちと、独自の暗号ネットワークを構築していました。メインサーバーは物理的に破壊されていますが、ローカルに分散されたサブサーバーが、まだ稼働している形跡が」
サキの瞳が、高速で流れるデータと、周囲の魔力の残滓を追う。
「このネットワーク、フジシロが死んだ後も、誰かが維持している可能性があります」
二人は、さらに奥へと進む。壁には、フジシロが掲げていた「力による秩序」を象徴する、歪んだ生命の樹の紋様が、血で描かれていた。その前には、真新しい花が手向けられている。
「ここは、かつてフジシロに虐げられた者たちが、密かに集まっていた場所…」
ラゼルが、壁の紋様を指先でなぞる。
「彼の思想は、一部の者たちにとって、『救い』だったというわけか」
(血筋や種族に囚われず、力ある者が世界を導く。弱者は強者に従い、全てが秩序の元に管理される。確かに、この混迷の世で、絶望している者たちにとっては、甘美な救済に見えるだろう…。)
サキは、デバイスを操作し、残存するサブサーバーから、音声データを抽出し始めた。
『……我々は、血筋や種族のしがらみから解放されるべきだ』
『真の力を持つ者が、この世界を導くべきなのだ』
『フジシロ様の思想こそが、この腐敗した世界を救う唯一の道』
聞き覚えのある声も混じっている。それは、戦場でフジシロの配下として戦った「虚聖徒」の残党の音声だった。彼らは、フジシロの死後も、彼の思想を受け継ぎ、秘密裏に活動を続けているのだ。
「リーダーを失ってもなお、その思想が自己増殖している…。まさに、燻る残り火だね」
サキが顔を上げる。その表情には、分析官としての危機感が滲んでいた。
「この思想が、戦後の混乱に乗じて、さらに広まる可能性がある。特に、戦災で虐げられた魔族や亜人種、あるいは、既存の教会や王政に不満を持つ者たちにとって…」
ラゼルは、静かに路地裏の闇を見つめた。
「根は、思ったより深いな」
彼は、再び情報端末を操作するサキに、静かに命じた。
「そのネットワークを、徹底的に追え。だが、深入りはするな。まだ、我々が動く時ではない」
闇の奥で、フジシロの思想は、今も静かにその熱を保ち続けていた。




