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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
4.癒えぬ傷
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4.1 戦禍の爪痕と和平への第一歩

 ソレイユ大聖堂での死闘から、一週間が過ぎた。

ミスティス王国を二分した内乱は、その元凶であったヴァレン・フジシロの死をもって、急速に終結へと向かっていた。王都アストラリスの空を覆っていた禍々しいオーラは消え、破壊された街並みには、復興のための槌音が響き始めている。

 アストラルパレスの玉座の間。エドモンド皇帝は、王家の権威の象徴である玉座から、集まった貴族と、昼夜両教会の代表者たちを睥睨した。彼の隣には、皇妃セラフィナと、王女として初めて公式の場に姿を現したシェリーが、静かに控えている。


「これより、停戦の勅令を正式に布告する」


エドモンドの厳かな声が、静まり返った玉座の間に響き渡る。

「今回の内乱は、ヴァレン・フジシロの巧妙な偽旗作戦と情報操作によって引き起こされたものであることが、ラゼル・ナイトシェイド卿とサキ・ニノマえ嬢の調査によって明らかとなった。両教会は、互いに最大の被害者であると言えよう。よって、これ以上の無益な争いを禁ずる」

 その言葉に、両教会の代表者たちは、悔しげに、あるいは安堵したように、頭を垂れた。フジシロという共通の敵がいたとはいえ、互いに多くの血を流した事実は消えない。憎しみの連鎖は、まだ燻っている。

(この度の停戦は、あくまでも皇帝陛下の絶対的な権威と、あの王女の異様なまでの存在感の前でのみ成立しているに過ぎぬ。いずれ、我らの正義は示されねばならぬ。)

だが、皇帝の絶対的な宣言と、その隣に立つシェリーの、以前とは異なる圧倒的な存在感の前には、誰も異を唱えることはできなかった。


 会議の後、シェリーはエドモンドに連れられ、別の謁見室へと向かった。

そこには、一人の青年が、尊大な態度でソファに腰掛けていた。ダミエン・ブラッドオーデンだった。彼の服装は、以前のような華美なものではなく、彼の故郷である「深海の国」の様式を取り入れた、機能的かつ威厳のあるものに変わっていた。

「勅令は聞いた。貴様の父君も、なかなか面白い手を使う」

ダミエンは、シェリーを見るなり、不遜な笑みを浮かべた。


「ミスティス王国初代『魔族大使』、ダミエン・ブラッドオーデン様が、皇帝陛下にご挨拶です」

ダミエンの後ろに控えていた側近が、皮肉のこもった口調で紹介する。

 エドモンドは、その態度を意に介さず、静かに告げた。

「大使殿。貴殿の着任を歓迎しよう。だが、釘を刺しておく。貴殿の行動は、常に我が帝国の監視下にあることを忘れるな。シェリーとの『契約』も、だ」

 その言葉には、ダミエンを「シェリーの番犬」として利用しつつも、危険人物として管理下に置くという、賢王の老獪な意志が込められていた。

「フン…結構。俺は俺のやり方で、貸しを返すだけだ」

ダミエンは、シェリーを一瞥し、思念通話で囁いた。

《決闘の日まで、せいぜい死ぬなよ、グレイソン》


 ダミエンは、魔族との正式な国交という、新たな政治のカードとして、アストラリスの表舞台に立った。それは、シェリーが望んだ「融和」への、歪ではあるが、確かな第一歩だった。

 一方、激戦の末に救出されたルシアンは、いまだアキヅキ医師の元で、深い昏睡状態にあった。彼の身柄は帝国が保護し、その目覚めが、今後の天族との関係を左右する、重要な鍵となっていた。


---

 停戦勅令が布告された後のアストラリスでは、目に見える復興と、水面下での激しい権力闘争が同時に進んでいた。

 フジシロという共通の敵を失った今、昼夜両教会の権威は地に落ちた。フジシロの偽旗作戦に踊らされ、互いに多くの血を流したという事実は、彼らの求心力を著しく削いでいた。特に、最高幹部であったフジシロの暴走を止められなかった昼の教会への風当たりは強く、その影響力は目に見えて縮小していく。代わって、エドモンド皇帝を中心とした王権が、かつてないほどに強化されつつあった。

 そんな中、王都では新たなムーブメントが生まれ始めていた。


「シェリー様こそが、我らを救ってくださった」

「天族も魔族も関係ない。シェリー様の元に、一つになろう」

シェリーの活躍と、彼女が掲げる「融和」の思想は、人種や思想の違いを超え、特に若い世代から熱狂的な支持を集め始めていた。彼らは自らを「天秤派」と名乗り、シェリーを新たな時代の象徴として祭り上げようとする。シェリー自身はその状況に戸惑うばかりだったが、その声は、既存の権力者たちにとって無視できない勢力となりつつあった。

彼らは、瓦礫の撤去作業や食料の配給、仮設住宅の建設といった復興作業に積極的に参加する一方で、シェリーの言葉や行動を模したポスターを街中に掲げ、SNSでその理念を熱心に発信するなど、その影響力を着実に広げていた。

 一方、技術革新派にも大きな動きがあった。フジシロの秘密研究所から、サキの父であるジュンイチ・ニノマエが無事に救出されたのだ。彼は、長年の監禁生活で衰弱してはいたが、その頭脳は些かも衰えていなかった。

サキは、父との再会を涙ながらに喜んだ。

「お父さん…!ずっと、ずっと会いたかった…!」

「サキか…。大きくなったな…。済まなかった、お前と、お前の母さんに、辛い思いをさせて…」

ジュンイチは、娘の成長と、妻が既に亡くなっていることを知り、静かに涙を流した。

彼は、ザカリアス教授らと共に、新たに設立された「科学技術院」の中心人物となり、その卓越した知識と技術で、王国の復興に絶大な貢献をしていくことになる。フジシロに悪用された技術は、今、人々のために使われようとしていた。


 フジシロに与していた旧貴族たちは、反逆者として次々と粛清され、没落していった。エドモンドは、この機を逃さず、血筋ではなく実力で人材を登用する政治改革を断行し、自身の権力基盤をさらに強固なものにしていく。

 しかし、その権力の空白地帯に、音もなく滑り込んできた新興勢力があった。

魔導技術企業『クロノス・ダイナミクス』。彼らは潤沢な資金と、科学技術院をも凌駕する独自の技術力を武器に、破壊された都市インフラの再建を次々と受注し、市民の生活に深く入り込み始めていた。CEOのカイロスという男の素性を知る者は誰もいないが、彼の提供する「安全」と「効率」は、疲弊した民衆にとって抗いがたい魅力を持っていた。

 アストラルパレスの一室。シェリーは、ラゼル、サキ、そして解放されたばかりのルシアンから、戦後の報告を受けていた。

「旧貴族派の残党は、ほぼ一掃できた。だが、フジシロの思想に共鳴する者は、まだ各地に潜んでいる。……それに、あのクロノス社。彼らの技術には、かつての『事象院』の影が見え隠れする」

ラゼルの報告は、常に冷静で的確だ。

「お父さんも、彼らのことは警戒している」

サキが、複雑な表情で付け加えた。

「救出されたお父さんは、フジシロの元で強制されていた研究の資料を全て破棄したと言っているけれど……。時折、一人で『全身義体化』の理論モデルを眺めているのを見かけるの。あれは、今の倫理では決して許されないはずの技術なのに」

「うん、ありがとう、二人とも。無理はしないでね」

シェリーの労いの言葉に、ラゼルは少しだけ表情を和らげた。

(……全身義体化。もし、そんな魔法みたいな技術があれば、救える命もあるのかもしれん。……例えば、サキちゃんみたいに、いつも無理しとる人がもし大きな病気になった時でも……)

シェリーは、サキの少しだけ痩せた横顔を見つめながら、ふとそんなことを考えた。その予感が、どれほど重い意味を持つことになるのか、今の彼女はまだ知らない。

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