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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
3.アストラリス内戦
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3.5 真実

 ソレイユ大聖堂での激戦から数日後。王都アストラリスは、戦禍の爪痕を残しながらも、復興に向けて動き始めていた。秩序を取り戻し始めた王宮の一室、豪華な謁見の間に、シェリーとエディは招かれていた。エドモンド皇帝が玉座に座し、その隣には、一人の気品ある女性が静かに立っている。


 シェリーは、隣に立つエディの拳が微かに震えているのに気づいた。彼は、目の前の女性から目が離せないでいる。まるで、魂が引き寄せられるかのように。

(エディ……?)

 シェリーは彼を励まそうとして、ふと口をつぐんだ。いつもなら、こんな時に彼とかわした「あの時の約束」を思い出して、背中を押してあげられるはずなのに。

(……おかしいわ。エディと、何を約束したんだっけ。フェニクスの、あの夕暮れに……)

 脳裏を掠めるのは、デジタルの砂嵐のような空白。パラドクスに支払った「代償」が、親友との絆の糸を一本、音もなく断ち切っていた。


「よくぞ参られた、シェリー、エディ」

 エドモンドの声は、戦いを終えたばかりの疲労を滲ませていたが、その瞳には慈愛と感謝の光が宿っていた。隣に立つ女性――リアナ・ストームが静かに一歩前へ出る。彼女の金色の瞳は、かつてのシェキナの心核を宿したシェリーを一瞬だけ見つめ、その「存在の希薄さ」に微かな戦慄を覚えたようだった。


「リアナ・ストームです。……エディ。私が、貴方の母です」


 その言葉に、エディの時間が止まった。

「嘘だ……!」

 彼は信じられないというように、思わず叫んでいた。

「母さんは……父さんと一緒に、事故で死んだって……! そんな話、今さら……!」

 食ってかかるエディに対し、リアナは悲しげに微笑み、静かに語り始めた。


「16年前、私は帝国の隠密騎士として、当時、王女であったシェリー様の護衛任務にあたっていました。あの夜、ヴァレン・フジシロの魔の手が幼いシェリー様に迫った際、貴方の父、ジェイク・ストームは……」


リアナが語ると共に、彼女の記憶が、鮮烈な映像となってその場にいる者たちの脳裏に流れ込んでくる。


ーーー


”降りしきる雨の中、若き日のジェイクとリアナは、フジシロが差し向けた暗殺者たちと対峙していた。リアナは赤子のシェリーをきつく抱きしめている。ジェイクは、既に体中の至る所から血を流し、満身創痍だった。だが、その背中は、決して揺らがない。”


”「行け、リアナ!」”

”ジェイクが、鬼の形相で叫んだ。「シェリー様と…俺たちの宝物を頼む…!」”

”彼は、最後の力を振り絞り、爆発的な力で敵の集団へと突進していく。道連れにする覚悟だった。振り返った彼の顔には、血に濡れながらも、リアナと、そしてまだ見ぬ息子の未来を想う、優しい笑顔が浮かんでいた。”


”「愛してる」”


”その言葉を最後に、彼の姿は閃光の中に消えた。”


ーーー


 エディは、その場に膝から崩れ落ちた。

「なんで……なんで今まで、黙ってたんだよ……!」

 嗚咽が漏れる。16年分の寂しさが、ようやく解放された魂の叫びだった。


 シェリーは、泣き崩れるエディの肩に、そっと手を置いた。

(エディの父さんは、ウチを守るために……。エディのお母さんは、ウチのせいで……)

 こみ上げる感謝と罪悪感。しかし、その感情の底には、自分だけが知る「欠落」への恐怖が澱のように溜まっていた。


 ふと、部屋の隅にある柱の影に、一対の金色の瞳が光った。

 黒い犬の姿をしたパラドクスが、音もなくそこに座っていた。

 彼は、感動的な親子の再会に背を向けるようにして、シェリーだけを見つめている。その瞳は、まるで「お前が手に入れた未来は、それほどまでに価値があるのか?」と冷たく問いかけているようだった。


 リアナは、ゆっくりと息子の前に膝をつくと、その震える体をそっと抱きしめた。

「よく生きていてくれました。私の大切な……エディ」

 母の温もりに触れ、エディは子供のように声を上げて泣き続けた。


 その光景を、シェリーはどこか遠い場所から眺めているような、奇妙な感覚で見つめていた。

 大切な人の幸せを守り抜いた。……けれど、その幸せを共有するための「自分自身」が、少しずつ、確実に、情報の彼方へと削り取られていることに、彼女はまだ気づいていなかった。


ーーー


 エディとリアナが、16年という長い歳月を埋めるように、涙ながらに再会を果たしている。その光景を、シェリーは胸の痛みを覚えながらも、温かい気持ちで見守っていた。

 やがて、エディの嗚咽が少しずつ収まってきた頃、玉座に座していたエドモンドが、静かに口を開いた。彼の視線は、今度は真っ直ぐにシェリーへと向けられていた。


「シェリー。今度は、君に話さねばならないことがある」


 その場に、再び緊張が走る。エディも、母の腕の中から顔を上げ、シェリーとエドモンドを交互に見つめた。エドモンドの隣に、いつの間にか一人の女性が立っていた。陽光を思わせる金色の髪、慈愛に満ちたその姿は、シェリーの実の母、セラフィナ皇后だった。


「シェリー。私たちの口から、君の誕生に纏わる、全ての真実を話します」

 セラフィナの声は、鈴のように澄んでいたが、その奥には深い覚悟が滲んでいた。


 エドモンドが、重々しく語り始める。

「世間では、私とセラフィナの結婚は『禁断の契約』と呼ばれている。ヴァンパイアの王と、天族の姫。……だが、真実は単なる政略ではない。ルシファーの堕天以来、光へと偏り、停滞し始めた世界の均衡を、力ずくで引き戻すための……壮大な賭けだったのだ」


 彼は、光と闇の双方の力を宿すことで、未来に起こりうる危難に対抗しうる『新たなる可能性』を生み出そうとした経緯を語った。しかし、セラフィナが言葉を継ぐと、その内容はさらに衝撃的な真実へと踏み込んでいった。


「ですが、シェリー。光と闇。相反する力を同時に宿す器は、あまりに脆く、不完全でした。……あなたは、生まれて数日も経たぬうちに、自身の内に渦巻くエーテルの対消滅に焼かれ、消えようとしていたのです」


 シェリーは、息をのんだ。自分の存在がこれほどまでに危ういものだったという事実に、言葉を失う。


「そこで、私たちは究極の選択をしました。アキヅキ医師と、かつての仲間であったクロノエルの協力を得て……君の魂に、『境界の天使シェキナの心核』を埋め込んだのです」


「シェキナの……心核……?」

 シェリーは自分の胸を強く押さえた。あの精神世界の試練で見た、去りゆくルシファーを涙ながらに見送っていた天使。


「そうだ。世界の理を繋ぎ止める楔となった、伝説の天使の残滓。……それがバッファとなって、君の不安定な均衡を支えている。……だがシェリー、それは君の人生を、世界の命運という重すぎる鎖に繋ぎ止める行為でもあった。……親として、我々が犯した最大の罪だ」


 セラフィナの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

「あなたを手放した日のことを、一日たりとも忘れたことはありません。我が身が引き裂かれるよりも辛かった。……でも、シェリー。このネックレス、『調和の心臓』は、あなたの核を安定させるためだけの重石ではないのです。いつかあなたが、自分自身の意志でその翼を広げるための『鍵』となるようにと、ドゥリン七世に託した願いでもあるのですよ」


 両親の、初めて聞く本心。自分は、政略の道具などではなかった。世界の未来を憂い、そして何よりも、娘の命を繋ぎ止めようとする、狂おしいほどの愛情の元に生まれてきたのだ。


「お父さん……お母さん……」


 シェリーは二人の元へ駆け寄り、その胸に顔をうずめた。

 抱きしめられた温もり。


 シェリーは、二人の親の腕の中で、幸せな涙を流しながらも、背筋を凍らせるような静かな恐怖を感じていた。

 守りたいものを守るたびに、自分という存在が、透明な情報の欠片に変わっていく。


ーーー


 王宮での謁見を終えたシェリーは、数日後、一人で故郷フェニクスへと飛んだ。向かう先は、懐かしい夜の教会。扉を開けると、そこには、彼女の帰りを待っていた養父母、ナサニエルとクロノエルの姿があった。


「おかえり、シェリー」

「おかえりなさい。……いいえ、シェリー様、と、お呼びすべきですやろか」

 クロノエルが、少し寂しそうに微笑む。


「やめてよ、お母さん。ウチは、ウチだて」

 シェリーは、二人の元へ駆け寄り、その胸に飛び込んだ。三人で、久しぶりの家族の時間を過ごした後、シェリーは、最後の真実を知るために、意を決して問いかけた。

「お父さん、お母さん。ウチに、全てを話してほしい。ウチの中にある、この『心核』のことも」


 ナサニエルとクロノエルは、静かに頷き合い、祭壇の前で、世界の「裏の歴史」を語り始めた。


「シェリー。私たちはかつて、天界で**『保全院(観測院)』**と呼ばれる組織に属していました。……主の名はシェキナ。光と闇が分かたれる前の均衡を宿した、美しき最後の天使。……私たちは彼女と共に、世界の事象をありのままに記録し、見守ることを誓ったのです」

 クロノエルの瞳に、数千年の郷愁が宿る。


「でも、世界は分かたれた。……シェキナ様は自らを楔として不活性化し、この世界を繋ぎ止めた。……私たちは、主を喪った絶望の中で、主の形見である『心核』を、そして彼女が創造した記録者『パラドクス』を、今日まで守り続けてきたのです」


 シェリーは、自分の影の中に潜む金色の瞳を意識した。クロノエルとナサニエルの視線もまた、その影へと向けられていた。彼らには見えているのだ。かつて自分たちが守り、そして自分たちを拒絶した、主の忠実な番人の姿が。


「シェリー、あなたに核を移植したのは、単に命を救うためだけではありません。……主の愛した世界を、もう一度、彼女と同じ瞳で見届けてほしかった。……それは、私たちの身勝手な祈りだったのです」

 ナサニエルが震える手でシェリーの肩に触れる。


 シェリーは、二人の深い愛と、自分に託された使命の重さを理解した。……しかし、その温もりを感じた瞬間、彼女の脳裏で、また何かが音を立てて崩れ落ちた。


(……温かい。……でも、なにかおかしい...この人たちの名前は、なんだっけ。一緒に笑った、あの教会の裏庭でお菓子を食べた記憶が……消えていく……)


 大切な人たちの告白を聞けば聞くほど、彼女たちとの「個人的な繋がり」が、無機質な「歴史の記録」へと置き換わっていく。シェリーは、涙を流しながらも、その涙の理由さえも自分から遠ざかっていく恐怖に震えた。


「お父さん……お母さん……。……ウチは、二人の子で、本当に良かった……」

 シェリーは、消えゆく記憶の残骸を必死に抱きしめるように、二人を力強く抱きしめた。


 ――影の中で、パラドクスが静かに立ち上がる。

『……残酷なものですね。シェキナを求めた者たちが、主の器を救うために、君という「娘」の記憶を焼き払っている。……ですがシェリー、それが因果を書き換えた者が負うべき、唯一の「責任」なのです』


 シェリーは、愛する人々の腕の中で、一人、孤独な闇の中にいた。

 家族の温もりも、エディの笑顔も、戦いの記憶も。

 全ては「記録」として保存され、自分の「心」からは剥がれ落ちていく。


(……それでも。私は、この『天秤』を手放さない)


 シェリーの胸の心核が、一際強く、美しく脈打った。

 失った記憶の代わりに、彼女の瞳には、かつてシェキナが見た「調和した世界」の残像が、確かな未来の道標として輝き始めていた。

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