9.7.発現
タクシーを降りて、寮の入口を抜けた。
廊下に人はいなかった。夜の十時を過ぎていた。エディとラゼルとはタワーの下で別れた。サキは充電に戻ると言っていた。
疲労が、足の裏から全身に広がっていた。今日使えるものは全部使った——デンドログラムを通した採決の読み。演説の着地点を探る感知。タワーへ向かった直感。そのひとつひとつが、光属性のエーテルを削っていた。
(眠れそうだ)
部屋の鍵を開けた。電気をつけた。
通り過ぎた——鏡の前を。
三歩ほど進んで、足が止まった。
ーーー
引き返した。
鏡に映った自分を見た。
肌が、人族の人が日に焼けたような褐色に変わっていた。
首筋、腕の内側、顔の輪郭まで——以前とらえられて変化したときより深く、均一に広がっていた。色が揃っていた。むらがなかった。それがかえって、静かな確認のような感じがした。
髪を見た。
銀ではなかった。
白金——プラチナブロンドだった。父エドモンドと、同じような色だった。
「……あ、そういうことか」
声に出した。声は、普通だった。驚きよりも確認のような、静けさがあった。
(こういう日が来る、とは思っていた)
思っていた——いつか来るとは。でも今日だとは思っていなかった。思っていなかっただけで、来た。それだけだった。
ーーー
廊下からノックの音がした。
「……シェリー、いますか」
サキだった。
「いるよ」
扉を開けた。サキが立っていた。「バッテリーの充電確認に——」
そこで止まった。
サキの義眼が、0.3秒だけ動いた。表情には出なかった。
二秒の沈黙があった。
サキが無言で廊下の棚に手を伸ばした。壁掛けの小型鏡を外して、シェリーに向けた。
「……もう見たよ」とシェリーは言った。
「そうですか」とサキが言った。
ーーー
サキが部屋に入ってきた。端末を開いた。
〔皮膚色変化率:推定73%。髪色移行率:推定88%。光属性エーテル残量——低。記録開始〕
「少し計測させてください」
「何を?」
「定量的に記録します。回復の進捗を」
シェリーがベッドの端に腰かけた。サキが腕のセンサーをかざした。数値が流れた。
「サキ——これ、戻るよな?」
「はい。理論上は」
「理論上、ね」
「……経験的にも、戻ります。以前より深いですが、原理は同じです」
「どれくらい?」
サキが少し間を置いた。
「……長くなります。数ヶ月——あるいはそれ以上です。この事件が落ち着いた頃になっても、まだ残っているかもしれません」
シェリーが少し考えた。鏡の中の自分を見た。プラチナブロンドの髪が、ランプの光を反射していた。
「わかった」
それだけ言った。
ーーー
「誰かに言いますか」とサキが聞いた。
「エディには言う。マリアはたぶん気づく。他は様子見で」
「……了解です」
サキが端末に打ち込んだ。
〔記録01:発現確認。肌褐色化・白金髪変化を確認。原因:デンドログラム過使用による光属性枯渇。予測回復期間:数週間〜一ヶ月以上。経過観察を継続〕
「……記録、ありがとう」とシェリーは言った。
「記録なので」とサキが返した。
端末を閉じた。立ち上がった。扉に向かった。
「……サキ」
「なんですか」
「今日、来てくれてよかった。タワーで」
サキが、扉の前で一瞬止まった。
「……ボクも来て——よかったです」
それだけ言って、扉を閉めた。
ーーー
廊下に出た。
扉が閉まる音を聞いた。
〔記録02:シェリーの「来てよかった」——発言、確認。〕
〔……〕
端末をポケットに戻した。充電室に向かった。廊下の窓の外に、オーロラがまだ見えていた。




