96.森での急襲
ファルコンの背に乗った3人は、闇夜を切り裂くように飛んでいた。
風の轟音に混じって、誰もが無言だった。
オリビアとルカの眼差しは鋭く、気配を探るように空を睨んでいた。
どこの誰かはわからない。だが――確実に、殺しに来ていた。
「魔法の矢、あれ……本気だったのね」
オリビアが小さく呟く。
ルカは唇を噛みながらうなずいた。「あの角度……狙いは正確だった。もしオリビア先生が防いでなかったら……」
緊張の糸が張り詰める中、マリは――すでに魂が抜けていた。
顔は青を通り越し、紙のように白い。涙と鼻水の痕だけが頬を伝っていた。
「……マリ、生きてるのね?」
「…………」
返事がないただの屍のようだったが、誰も突っ込まなかった。
優しさという名の見て見ぬふりだった。
再び森の小屋へと帰還した一行は、すぐさまヒルダの前で報告を行った。
ヒルダは険しい顔で頷く。「……なるほど、攻撃を受けたか」
「えっ?まさか予想されてたんですか?」マリが震える声で問いかける。
「明確な予兆はなかったが……なんとなく、胸騒ぎがしていた。
森には多くのゴーレムを配置していたし、ファルコンの視覚を通して様子は見ていた」
「さ、さすが……ヒルダさん……」マリはもう何も信じられない顔をしていた。
「ただ、ここが安全かどうかは保証できん」ヒルダが静かに続ける。「次がある可能性も高い」
「――っ、あの攻撃は、おそらく……」
オリビアが一歩前に出て、真剣な声で言った。
「スタンハイム王国お抱えの魔法師団の仕業なのね。使ってきた魔法の質……魔素の濃度が、普通じゃなかったのね」
「確認した。ファルコンの羽根に残っていた魔素、間違いなく王国のものだ。しかも軍属――最上級のね」
ルカが眉をひそめる。「……でも、なんで私たちが……私たち、ただの国民なのに……」
ヒルダは重い口調で言った。「分からない。ただひとつ言えるのは、“王国が敵意を持って動いた”という事実だ」
マリとルカは愕然とした。
母国――自分たちが育った国が、自分たちを狙ったのだ。
「……私、信じたくない……」
「同じく。でも、あの矢の軌道……スタンハイム城の中心からだった。否定できない……」
空気が重く沈み込んでいく。
「――とにかく、今日はもう遅い」
ヒルダが場を切った。「カークも今頃帰ってきているはずだ。明日、改めて全員で作戦会議を行う」
部屋に戻ったマリとルカは、眠れないまま布団に座り込んでいた。
「ねえ……私たち、本当に敵になったのかな……国の」
「どうして……?」
マリは膝を抱えてぽつりとつぶやく。「……誰が、何のために、私たちを……」
ルカも静かに答えた。「もしかして、勇者の話が広がって……?」
その時、部屋の扉が静かに開いた。ヒルダだった。
「寝られないようだな。……スリープの魔法をかけてやろう」
ヒルダの手から、淡い光がこぼれる。
マリとルカは黙ってうなずき、光に包まれ、そのまま静かに眠りについた。
「……今だけは、安らかに眠れ」
翌朝。空は晴れていたが、カークはまだ戻っていなかった。
「えっ、まだ戻ってないんですか!?」マリが驚いて声を上げる。
ミーアが答える。「昨夜、エステンに寄って挨拶だけって言ってたのよ。ヒルダさんも“すぐ戻る”って……」
ルカの顔が青ざめる。「まさか……カークさんも襲撃を……?」
その瞬間、森の奥から風が吹き抜ける。
「――帰ってきたか」
ヒルダの言葉と同時に、金髪の戦士カークと、オオカミ型魔獣のクロが並んで走ってきた。
「遅くなり、申し訳ない!!途中、魔物の群れに遭遇して……クロ殿がいなければ、今ここには……!」
「大丈夫!?ケガは!?」マリが駆け寄る。
「ふっ……死にかけたが、こうしてキノコを食べてるってことは、勝ったってことさ!」
豪快に笑うカーク――だが、胸当てには深い傷が走っていた。
その表情の裏に、死闘の痕跡がにじんでいる。
「ゴブリンエンペラー級の奴が、十体……普通じゃなかった」
「そんなの……出現するような場所じゃないのね…しかもエンペラー級が徒党を組むなんて…」
オリビアが顔をしかめる。
ヒルダが腕を組む。「これは、何かが仕組まれているな……」
彼女は静かに言った。「よし。今から作戦会議だ。私も従魔を各地に送り出している。何かしら情報が集まるはずだ」
カークは静かに席につき、いつものようにキノコ食べながら、真剣な眼差しを宿していた。
「……ここで修行をしていなかったら、死んでいた、以前の私では確実に死んでいた………」
誰もが、言葉を失った。




