95.再び光に
日が沈み、街は夜の帳に包まれていた。
噴水広場には、どこか沈んだ雰囲気を纏った二人の姿があった。マリとオリビア――そして最後に姿を見せたのは、ルカだった。
「お待たせ……」
馬車から降りたルカは、少しだけ笑って見せたが、その表情にはやはり疲れがにじんでいた。
誰もが、何かを抱えていた。
わかりきっていた。誰も言わなくても。
「それでは、再びヒルダ母さんのもとに行くのね」
オリビアが静かに口を開いた。
その声もまた、どこか張りつめていた。
「でも、ここではファルコンは呼べないのね」
「町外れまで歩くしかないね……」
マリがそう言って頷くと、三人は黙って歩き出した。
町はずれの草原に向かう途中、マリがぽつりとつぶやいた。
「……『戦争になるかも』って、聞いたの……」
不意に口をついて出た言葉だった。
押し込めておくには、重すぎた。
ルカも頷く。
「私の家も同じだった。兵を出すって……父が……行くって……」
重い空気が漂った。
「……私も、掴んだ情報があるのね。でもそれは……ヒルダ母さんに会ってから話すのね」
オリビアの瞳には、いつもの飄々とした雰囲気はなく、鋭い意志の光が宿っていた。
町はずれに着いた4人。
草原の中心で、オリビアが空を仰いで両手を掲げた。
「来るのね、ファルコン!」
その声に応じるように、暗い夜空を割って風が舞った。
音もなく、大きな翼が空を横切る。
旋回しながら、ヒルダの従魔・ファルコンがゆっくりと降りてきた。
「さ、乗るのね!」
オリビアが元気よく言うが――一人だけ、表情が絶望に染まっていた。
「こ、これだけは……再び乗りたくなかった……」
顔面蒼白、涙目のマリだった。
「うぅ……地上……地上が恋しい……」
ファルコンが大きな翼を広げ、力強く地を蹴った。
重力が一気に消え、夜空へと舞い上がる。
しかし――そのときだった。
「――え?」
マリがふと気配を感じて振り返った瞬間、紫色の光が視界に差し込んだ。
「なっ……!」
光の矢――魔法の矢だった。
ベンゲルの市街地中心部から放たれたそれは、ファルコンの左翼をかすめて飛び去った。
「攻撃!?」
「こっちに向かって……!」
次の瞬間、数本の光の矢が次々と空へ放たれた。
その軌跡は、確実に彼女たちを狙っていた。
一瞬にして緊張が走る。
オリビアは無詠唱で杖を召喚し、両手で構えた。
「ディフェンス・シールド展開!」
淡い緑色の魔法障壁が、ファルコンの周囲を覆う。
その刹那、光の矢が魔法壁に突き刺さった。
鈍く重い音――だが、まだ貫かれてはいない。
「くっ、あと何本か……!」
マリも短杖を握りしめ、ルカも構えの姿勢をとる。
だが、矢の数が多い。防ぎきれない。
「お願い!飛んで! ここから離脱するのね!」
オリビアの叫びに、ファルコンが翼を大きく広げ、体を傾けて旋回――そして一気に最高速へと移行した。
視界が揺れ、身体が強く押し付けられる。
「きゃああああああああああ!!!」
マリの悲鳴が夜空に響く。
光の矢が次々と魔法壁に突き刺さっていくが、ファルコンの加速がそれを上回り、光の矢は次第に置いてていかれていた。
風が止んだとき、広がっていたのは星々の世界だった。
誰もが無言だった。
ただ、静かに息を整えていた。
「……あ、危なかったのね……」
オリビアが杖を降ろして、深く息を吐いた。
「誰が……何のために……」
「ベンゲル……スタンハイム王国が攻撃をしてきたってこと……?」
ルカの目が鋭く光る。
「――とにかく、今はヒルダさんのもとへ」
「そう……急ごうなのね」
ルカとオリビアが決意を固める中――
「む、無理……やっぱり……わたしには無理……」
マリは涙と鼻水を流しながら、ファルコンの背中で完全にぐったりしていた。
「高いところがダメなのね、マリ……」
オリビアがぼそっと呟いたが、マリはもはや聞こえていなかった。
そして、彼女たちを乗せた影は、夜空を切り裂いて――
再び、ヒルダのもとへと飛び去った。




