97.ミーティング
小屋の外。
木の壁にとまっていた一匹の蝶が、瞬間――
トカゲの舌に巻き取られ、ぱくりと消えた。
静寂。
張りつめた空気の中、ヒルダを中心にテーブルを囲む面々。
全員の視線が一点に集まり、まるで呼吸すら慎重になっていた。
ヒルダが口を開く。
「……では、これまでの情報を、一度整理しよう」
全員が、無言でうなずく。
誰もが感じていた。もう、後戻りできない場所に来ていることを。
ヒルダは、淡々と話し始めた。
「カイが“大迷宮”で出会ったデュラハンの証言によると――
フォースドラゴンは、“災厄の魔竜”などではなく、
この星にとって、むしろ生命の源だという」
「生命の……源……」マリが目を見開く。
ヒルダはうなずきながら続ける。
「だが、教会と国家は資源を得るため、
都合の悪いフォースドラゴンを邪魔者に仕立て上げた。
情報操作により、“災厄”のイメージを広め、
人々の憎しみをドラゴンへと向けさせた……」
カークが眉をしかめる。「つまり……怒りを利用したということか」
「その通り。人々の感情エネルギーを魔素と融合させたのだろう
そして――勇者を召喚した。
教会が竜殺しを実行させるためにな。
しかも、勇者も転生者だった……カイと同じく、異世界の人間だ」
その言葉に、場の空気がまた一段階、重くなる。
「今、フォースドラゴンは復活の兆しを見せている。
それを警戒したのだろう。再び、勇者が召喚されたと思われる」
ルカがうつむき、声を絞り出す。
「じゃあ……その情報を知った私たちを、国と教会は――」
ヒルダが答えた。
「――邪魔と判断し、消そうとした。そう考えるのが自然だろう」
マリは拳を握りしめた。
「もし本当に国が敵だとしたら……私たちだけで、勝てるの?」
沈黙。
オリビアが静かに口を開いた。
「……それは無理かもしれないのね」
ヒルダは頷いた。
「我々だけではな。だが――カイがその希望をつなぎに行っている。
クルドに会うためにな」
マリが驚いた表情を見せる。
「……カイ、大丈夫なのかな……」
「心配いらん」ヒルダはすぐに答えた。
「なんでそんなに断言できるんですか?」
マリが疑わしげに尋ねると、ヒルダはニヤリと笑って、手のひらに何かを出現させた。
それは――スマートフォンに似た形の、光る魔導具だった。
「これは……?」マリが身を乗り出す。
「カイから、前の世界の道具の話を聞いて、それをヒントに作った。
離れた相手と会話ができる魔導具だ。もちろん、同じものでなければ使えんがな」
ルカが驚きの声を上げる。
「じゃあ……カイと、連絡をとっていたんですか?」
ヒルダはあっさりと答える。
「当然だ」
マリの表情が一変する。怒りが込み上げてくる。
「それならもっと早く言ってくださいよぉおおお!!」
怒りに任せてヒルダの手から魔導具をひったくると、マリは叫んだ。
「カイ!カイ!聞こえる!?今すぐ出なさいよバカカイ!」
――少し間をおいて、魔導具からノイズ混じりの声が返ってきた。
『え?……マリ? どうしたの?』
「どうしたの、じゃないの!! このバカぁあああ!!」
『え、なになに!? 何か俺やった!?』
マリは、泣き出しそうな声で続けた。
「今どこにいるの……っ!? 心配したのよ……」
『あ、えっと……レクサイドってとこ。砂漠地帯だよ。……元気だよ』
その瞬間、マリはその場にへたりこんだ。
「もう……なんで黙っていくのよ……バカ……」
『……ごめん。どうしても、いてもたってもいられなくて……』
「もう、いい。次からちゃんと連絡してよ!絶対だからね!?」
『ああ、わかった。マメに連絡するよ』
魔導具の光が消えると、マリはほっとため息をついた。
――と、その視線が四方から突き刺さる。
「……なによ、なんなのよ!?」
全員、冷ややかで、どこかうらやましそうな目で見ていた。
マリが赤くなってうつむく。
「……うるさいわね」
その後、一同は改めて情報を整理していった。
浮かび上がるのは、ただ一つの事実。
「――これはもう、“戦争”だ」
ヒルダの口から出たその言葉に、マリとルカは思わず息を呑んだ。
「うちのお父様たち……と、戦うことになるの……?」ルカが震え声でつぶやく。
「そんなの……無理よ……」マリの目にも、光がなかった。
ヒルダは二人の肩に優しく手を置いた。
「……だからこそ、止めなければならない。戦争になる前に、私たちの手で」
ふたりは静かにうなずいた。
けれどその目には、複雑な葛藤の色が残っていた。
するとマリがぽつりとつぶやいた。
「でも……どうして、私たちの行動がバレたんでしょうか……?」
ルカも続ける。「私もそれが気になってて……」
ヒルダの目が細く鋭くなる。
「……それは簡単なことだ」
一拍、間があった。
「――スパイがいたんだよ」
「ス、スパイ!?」
一同がどよめく。
ヒルダは、低く言った。
「私たちの行動、目的……細かい情報を知っていた者が一人いる」
皆が息をのむ
静かな森のかな、樹木の隙間からやさしい光が差し込む
小屋の壁には、背が引き裂かれたトカゲと
壁に静かに止まる綺麗な蝶が一羽いた。




