92.忘れられた自警団
マリ、ルカ、オリビアがそれぞれの用事のために小屋を出発してまもない頃――
静かになった森の小屋で、ミーアはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、カークさん。自警団の方は大丈夫なんですか?」
その言葉に、カークは「しまった!」という顔でピタリと動きを止めた。
「……あっ……!」
眉間にしわを寄せて、頭を抱えるカーク。
「いや、ちゃんと伝えてはあるよ。『しばらく修行に出る』って。強くなるまでは戻らないと」
「ふーん……でも、せっかくエステン通るんだから、一度顔を出したらいいのに」
ミーアは意地悪そうに笑って、少しからかうように言った。
その瞬間――
「……あっ!!」
またもや、カークはハッと大きな声を上げた。
それに追い打ちをかけるようにミーアが言う。
「お兄ちゃんが、自警団の手伝いしてるって言ってたよ」
ミーアが、まるで悪戯を仕掛ける猫のようにニヤニヤしながら、言った。
その言葉に、カークの顔が真剣になった。
「……それは初耳だ……」
彼は拳を握り、どこか遠くを見つめながら言った。
「でも、あいつらならきっと……いや、それでも――」
ふと、カークの眉が寄った。
そのわずかな“迷い”を見逃さなかった者がいた。
「なら、今からエステンに行けばいいじゃないか」
背後から、まるで予知していたかのようなタイミングで、ヒルダが現れた。
その声は柔らかく、それでいて命令にも聞こえる、絶妙な響きを持っていた。
「……あっ!!!」
本日三度目の「あっ!!」を叫んだカーク。
しかし、もう何も言わなかった。
次の瞬間――
「カークさん!、行ってらっしゃい!」
ミーアが笑顔で手を振る。
カークは一度だけ深く頷くと、まるで矢のような速さで地を蹴った。
その速度は尋常ではなく、まるで獣が森を裂くように、風の唸りとともに姿を消していった。
木々が風圧でざわめき、残された地面には力強く踏み込まれた足跡が残る。
ヒルダはその様子を見届けながら、静かに頷いた。
「……やっぱり、あれぐらいの“責任感”がなきゃ、リーダーは務まらん」
ミーアは空を見上げながら、ポツリとつぶやいた。
「でも、やっぱりちょっと心配だな……今のエステン、自警団もだけど、町や国全体がどこか不穏な空気だったし……」
ヒルダは一瞬、目を細めてから言った。
「それも修行のうちだ。自分の場所、自分の人間たちを守りたいなら、まず己が強くならねばな」
森の小屋に、再び静けさが戻った。
だけど、その空気はどこか新しい風を含んでいた。




