93.違和感の町、エステン
湿った風が吹き抜ける、夕暮れのエステン。
その空気は、かつてカークが知っていたエステンとは――何かが違っていた。
「……なんだ、この感じは」
久々にエステンへと戻ってきたカークは、森での修行の成果か、信じられない速度で小屋から走破し、わずか数時間で町へと到着していた。
だが、胸の奥がざわついていた。
理由はわからない。だが、確実に、何かが違っている。
「……やっぱり、おかしいな」
自警団の詰め所に足を運ぶと、そこにはベンゲルでの強化演習を終え、帰ってきたばかりの団員たちがいた。
カークの姿を見つけると、若い団員たちは一斉に立ち上がり、敬礼をした。
「カーク団長、お帰りなさい!」
「留守してすまない!、久しぶりだな、みんな。元気そうだが……エステンで何かあったのか?」
その問いに、一人の団員が眉を寄せた。
「……はい。実は、はっきりとは分からないんですが……昨日帰ってきたばかりなのですが、町の様子が、少し、変なんです、エステンで待機していた他の団員も、なにか様子が変なんです」
「変?」
カークは片眉を上げる。
「はい。表面上は何も変わっていません。けど……」
「なんというか、みんな元気そうにはしてるんですけど、どこか“影”があるような……。笑っていても、目が笑ってないというか」
別の団員が言葉を継いだ。
「たしかに……俺もそう感じてた。なんというか……魂が抜けた人みたいな」
「……そうか」
カークは腕を組んで黙り込んだ。
少しの沈黙の後、決意したように口を開いた。
「実際に見てみる。町を歩く」
「お気をつけて」
自警団の仲間たちは、どこか不安そうにカークを見送った。
エステンの町――
変わらぬ風景。変わらぬ石畳。
変わらぬ笑顔。
だが、何かが――確実に違う。
「……やあ、カークさん! 久しぶりだねぇ!」
八百屋の店主が満面の笑みで手を振ってくる。
「最近変わったことはないか?、でも、元気そうでなによりだ」
「まあねえ、相変わらず商売は暇だけどさ、楽しくやってるよ!変わったことなんてないよ!」
そう言いながら、ぎこちない笑顔を浮かべる店主。
その目――まるで、どこか遠くを見ていた。
カークは違和感をごまかすように、軽く会釈をして通り過ぎる。
次に声をかけてきたのは、パン屋の女性だった。
「カークくん、帰ってきてたのねぇ。まったく、早く顔を見せてくれたっていいのに!」
「はは、すみません。ちょっと修行に出てまして……」
一見、普段と変わらぬやりとり。
だけど、その視線の奥にある“無表情”が、どうしても拭えない。
カークは徐々に、その“違和感”に確信を持ち始めていた。
(これ……本当に、ただの気のせいか?)
心の中で警鐘が鳴っていた。
店主たちは笑っている。
けれど――“目が死んでいる”。
(……これは、ただの疲れじゃない。何かが、この町で起きてる)
カークは足を止め、夕日が落ち始めた空を見上げた。
ふと、ひとつの可能性が脳裏をよぎる。
思い出すのは、ヒルダの言葉。
この大陸で、いま最も力を持つ存在――それが、教会だった。
「……帰るか。ヒルダ殿に相談しよう」
小さくつぶやいたその声は、冷たい風にさらわれていった。




