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88.真夜中の森

森の夜は、まるで深海のように静かだった。

小屋の中では、カイ以外の全員がすやすやと寝息を立てていた。

ミーアは丸くなって寝ており、オリビアは髪をほどいて枕に頬を押しつけていた。マリとルカは寝言を漏らしながら、布団を分け合って眠っていた。


カイだけが眠れず、小屋を出て、静かに腰を下ろしていた。

冷たい夜風が頬を撫でる。天を見上げれば、木々の合間からこぼれるような星々。


「……何か手はないか………」


カイがぽつりと呟いた。


その時、後ろから足音が聞こえた。かすかな草の軋む音。そして、ゆっくりと近づいてくる温もり。


「寝られなかったか?」


振り返らずとも、その声に安心感が走った。ヒルダだった。


「うん。いろいろ考えてたら、目が冴えちゃって……」


ヒルダは、そっとカイの隣に腰を下ろした。

彼女の動作はいつも落ち着いていて、風景に溶け込むようだった。焚火もない、ただ夜の音と風だけの世界。


「……何かに気づいて、でも選べないでいる。そんな顔をしてるな、お前」


カイは少し目を伏せて、ただ「はい」とだけ答えた。

その声には、弱さと迷い、そしてほんの少しの決意が混じっていた。


「……フォースドラゴンを守るということは、国家と戦うことになる。

勇者を止めるということは、教会と敵対するということだ。どちらも――この世界を動かす大きな力と戦うということだ」


ヒルダの言葉は重く、静かにカイの胸に刺さった。


カイはしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように答えた。


「……やっぱり、戦争は……ダメです」


その一言には、カイの過去が滲んでいた。

戦わないことを選び続けた日本という国。平和の中で育った価値観。それが今、異世界の中で揺れていた。


「……正しいことって、誰かを傷つけることなのかな……って、そんな風にも思っちゃって……」


ヒルダは黙って星を見上げていた。

しばらくして、ゆっくりと口を開いた。


「……答えは、きっと簡単には出ないさ。けど、考え続けることだけはやめるな。それが一番、大事なことだ」


カイは小さくうなずいた。


「今できることを……まずは、フェイを探して、勇者のことをはっきりさせたいんです。けど……あいつ、どこに行っちゃったんだろう」


思わず、頭をかきむしるようにボサボサと髪をかく。


「ポンコツで、自由で、勝手で、もうっ……!」

苛立ちとも情けなさとも言える声を漏らす。


ヒルダは、少し笑ってから言った。


「……私を含めた“四大魔女”ってのは知っているか?」


カイはきょとんとしながらも頷く。


「白の魔女、マルギレットさんは知ってます。……でも他の二人は、まだ」


ヒルダは指を一本ずつ立てながら説明を始めた。


「“青の魔女”・オルガ。水の魔法に長けていて、海辺の小島に住んでる。そしてもう一人、“赤の魔女”・マチルダ。火と戦争の魔法の達人で、最近は消息不明になってるが……」


「黒・白・青・赤……なるほど、四色でバランスが取れてるんですね」


「そういうこと。私たちは、それぞれ得意分野で呼ばれてるのさ」


「それで、その四大魔女が何か?」


ヒルダは懐かしむように遠くを見つめた。


「私たちは、“クルド”という魔女に育てられた。私たちにとっては師匠のような存在だ。マルギレットも、口では“私の弟子”って言ってるけどな。あれは、兄妹弟子ってやつだ」


「えっ、じゃあクルドさんが本当の元祖師匠?」


「そういうことになるな。私から見ても、あの人は規格外だった。魔法においても、思考においても、次元が一つ違ってたよ」


カイの瞳が少し輝いた。


「そのクルドさん……今、どこにいるんですか?」


「はっきりとは分からないが、今もどこかで魔女として生きていると思う。あの人なら、フォースドラゴンのことも、何か知ってるかもしれない」


「会って話してみたいな。きっと、ヒントになることがある」


ヒルダは微笑みながら、星を見上げた。


「……クルドはな、何でも見抜く目を持ってる。私がまだ小さかった頃――そうだな、カイくらいの年頃だった頃かな……」


ヒルダが語り出したその昔話に、カイは静かに耳を傾けた。




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