87.勇者転生
木の葉のそよぎが、静かに小屋の窓を揺らしていた。
話はまだ続いていた。紅茶は冷め、誰も口をつけていない。ヒルダの小屋の空気は、重く沈んでいた。
カイがゆっくりと口を開く。
「フェイが言ってたんだ。すでに“勇者”はこの世界にいて、どこかで生活してるって」
カイの声は少し戸惑いを含んでいた。それを聞いたヒルダが腕を組み、考え込む。
「……その“勇者”が本当に転生者なら、話は通じるかもしれないわね」
「そうだよな……地球から来た人間なら、きっと話せるって思って……」
カイが前を見つめながら静かに言う。自分のように戸惑い、悩んでいる誰かを想像していた。
しかし、ヒルダは首を横に振った。
「けれど……勇者を“転生”させる術を持っているのは、おそらく“教会”だけよ。となれば、行き先は――教会」
「……教会……か」
カイが言葉を反復しながら、顔をしかめた。
「厄介よ。今やこの大陸を“実質的に”支配していると言っても過言じゃないわ」
マリが驚いた顔で聞き返す。
「えっ、でも……国王は? 王政が一応……」
ヒルダは目を細めて静かに笑った。
「国王なんて飾りよ。実際、あの王だって“教会の手駒”にすぎないわ」
その言葉に、ルカが硬い声で言う。
「……それって……完全に詰んでますよね?」
「まぁ、言い方を選べば“お手上げ”ってやつね」
ヒルダはため息をつきながら椅子にもたれかかった。
「何か調べようにも、教会相手じゃ、全てを隠されて終わりよ。勇者も、今ごろどこかの“箱の中”に閉じ込められてるかもしれない」
沈黙が流れる。外からは鳥の鳴き声と風の音だけが聞こえていた。
そんな中、オリビアがポンと手を打ち、ふんわりとした口調で言った。
「それなら、フォースドラゴンの方を探してみるのはどう? 勇者の方が見つからないなら、待ち伏せして“会ってしまう”っていうのはどうかしら?」
ヒルダが少し首を傾げて考える。
「……それが、現時点ではベターかもしれないわね。でも問題は、どうやって“あの存在”を探し出すかよ」
カイが少し身を乗り出して、言った。
「フェイに聞くのが早いんじゃない? あのポンコツ女神、そういう時だけ無駄に詳しいからさ……」
ふと、部屋を見渡したカイの表情が曇る。
「……あれ? そういえば……最近、フェイの姿を見てないな?」
ヒルダがあっさり答えた。
「ここ数日、姿を見せてないわよ」
「マジかよ!! なんだよあのクソダ女神……どこ行きやがった……」
カイはソファにのけぞるように倒れ込み、両手で顔を覆った。
「……はぁ……俺、あいつに頼る時点で終わってるな」
ミーアが苦笑しながら言った。
「でもお兄ちゃん……フェイ、いつもあんな感じだったよね?」
「いつも“ダメ”だったんだよ……」
カイが小声で返し、全員の肩がかすかに震えるように笑った。
一旦落ち着きを取り戻したところで、みんなで今後の案を整理し始める。
「“勇者”を探す案」
「“フォースドラゴン”を探す案」
「“フェイ”を探す案」
各案に長所と短所があり、すぐに答えが出るような話ではなかった。
そんな中、オリビアがぽつりと呟いた。
「ねぇ……」
一同が彼女の方を向く。
「……すぐに結論は出ないのね。だったら……とりあえず――食事にするのね?」
「賛成!!」
カイが即座に手を上げた。
「さっきからお腹ぐぅぐぅ鳴ってたもんね」
ミーアがニコニコしながら茶化す。
「ちょ、マジで聞こえてた!?」
「しっかりと。しかも3回」
全員が一斉に笑った。重く張りつめていた空気が、風船が割れるように弾け飛んだ。
マリが、ふっと肩の力を抜いた。
「……こうしてる時間が、ちょっとだけ救いだよね」
ルカも続けるように笑う。
「うん、神のこととか、教会とか、難しい話はひとまず置いといて……おいしいごはん、食べましょ?」
「今日は私がスープを作るの」
オリビアが杖を片手に、キッチンへと優雅に向かう。
こうして、世界の命運を握る一行は、一旦“現実”を脇に置いて、テーブルを囲むことにした。
それは、戦いの前のささやかな“日常”の一幕だった――。




