83.森の化け物
不幸か、幸いか――
オリビアの怒りの魔法で森の道は一掃され、巨大な一本道が現れた。
魔物に警戒しながらの進軍だったが、今では馬車をまっすぐ進めることができ、予定よりも早く目的地へと近づいていた。
「……もう少しだ」
「うん、もうすぐだよ」
カイとミーアが同時に口を揃えた。
見た目には同じような森の風景が続いているのに、二人には小屋の存在が近いことがわかっていた。
帰る場所の“気配”が、確かにあった。
だが、そのとき――。
「……馬を止めるのね」
手綱を握っていたオリビアが、突如として馬車を停めた。
「どうしたの?」
「まさか、魔物……?」
緊張が走る。
オリビアは静かに、しかし真剣な口調で言った。
「なにか……とんでもない“力”が近づいてくるのね」
それを聞いた四人は、すぐさま臨戦態勢を取った。
魔法陣の起動、武器の準備、杖を召喚し握る。
カイも、その何かを感じ取っていた。
まだ正体はわからないが、確かに“強い”――とてつもなく、深く、古い力。
「前方に2つの……なにかを見つけました! とてつもない速さです!」
ルカが詮索魔法を発動し、声を張り上げた。
「……こっちに来る!!」
木々の向こうから、ものすごい勢いで何かが迫ってくる。
カイは反射的に聖剣ポチを抜き、前に出た。
「みんな、下がっていて!!」
直後、頭上から巨大な影が落ちた。
地面に着地したのは――巨大なオオカミ型の魔物。
全身が銀に輝き、赤い瞳がカイを真っすぐに捉えている。
「くっ……!」
その巨体がカイに飛びかかり、牙が唸りを上げた。
カイは咄嗟に構えるが、体ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「カイッ!!」
マリが悲鳴のような声を上げた。
ミーアが矢を抜こうとしたが、背後からもう一体――
今度は人型の、鋭いソードを構えた影が現れた。
「っ……速いっ!」
ミーアの目がその動きを追い切れなかった。
風が裂ける音。
刃が振るわれた瞬間、空気の色が変わったように感じた。
「全滅……?」
ルカが呆然と呟く。
――だが、その瞬間、何かが違うことに気付いた。
カイが……笑っている?
「おいおい、くすぐったいって……!」
カイの声が聞こえた。
見ると、巨大なオオカミ型の魔物が、倒れているカイの顔を――
「ペロペロ舐めてる!?!?!?」
マリの声が裏返った。
呆気にとられるマリとルカ。
一方、ミーアも戦いの最中、目の前の剣士に追いつけずにいたが――
その剣士が急に攻撃を止め、木剣をカチッと鞘に納めた。
ミーアも、静かに短刀を収めた。
「え、えっ? えっ!? 何が起きてるの!?」
ルカが混乱しながら右往左往していた。
「説明するね」
カイが銀色のオオカミの頭を撫でながら言った。
「こいつは“クロ”って言って、俺の友達なんだ。前にこの森で助けて、一緒に過ごしてた。
ブラッディウルフの上位種に進化して、今は毛がシルバーになってるけどな」
クロは満足そうにカイの頬を舐め続けている。
舌が分厚くて、かなりぬるぬるしている。
「大きくなったなぁ、ほんとに……」
カイの頬がぐっしょり濡れていた。
その頃、ミーアは剣を納めた男に向き合っていた。
「強くなりましたね……カークさん」
そこに立っていたのは、革の胸当てをつけた、野武士のような青年。
――かつて、カイたちと共に行動した剣士、カークだった。
「お久しぶりです、ミーア殿、カイ殿!」
カークは少し笑って、森の空気を吸い込んだ。
どこか誇らしげだった。
カイはクロに舐められながら、苦笑いで返した。
「……迎えに来てくれたのか」




