70.オリビアの日常
魔法学校・古代魔術研究会・研究室の準備室にて。
ここは、オリビアの個室であり、実質的な住まいとなっていた。
厳重なロック魔法が幾重にもかけられ、誰一人として容易に立ち入ることはできない。
その理由は、誰にも知られてはならない、彼女の“秘密”がそこにあった。
静かな朝。
カーテンの隙間から差し込む柔らかな光。
オリビアは、水晶玉に手をかざしていた。
「今日の天気は……晴れ。午後は少し風が強いかもしれないのね」
彼女は占いの結果を小さな羊皮紙に記し、伝書鳩にくくりつけて窓から飛ばす。
この世界の天気予報は魔法に依るものだったが、その精度は魔法使いの実力に大きく左右される。
そして、オリビアの占いは、常に正確で評判だった。
「農家の人たちも助かるのね。よし、次は……」
ティーカップにそっとお湯を注ぎ、香るアールグレイに頬をゆるませる。
ふぅ、と小さく息をついた。
──オリビアの日常は、紅茶と共にあった。
試験の採点をしながら、紅茶を飲む。
授業の課題を作りながら、紅茶を飲む。
古代魔法の研究中は、なぜか牛乳を飲む。
「カルシウム、カルシウムなのね……身長、もう少し欲しいのね……」
そう呟きながら、カップを両手で持ち上げる姿は、とても偉そうに講義をしている姿とは別人のようだった。
午後、研究室にはマリ、ルカ、ミーアの三人がやってきた。
四人で、以前討伐した、呪いの箱の板を囲んで研究が始まる。
「この魔法陣、古代戦術魔法の追跡魔法に分類されるみたいなのね」
オリビアが言いながら、手にしていた羽ペンで板の上の魔法陣をなぞる。
その瞬間。
(ピカッ)
「……え?」
板が突然ガタガタと震え出し、宙に浮いたかと思うと、またあの箱のように床を滑りはじめた!
「うわああ!来るわよまた弁慶よ!逃げてぇぇ!」
マリが叫んだ瞬間、板は勢いよくルカの足にガツン!!
「……痛い……スネはだめ……」
続けてマリが叫ぶ
「ミーア!今のうちに魔法で止めて!」
「……ふ、不覚……です…」
ミーアがスネを抑え静かに崩れ落ちる
板はターゲットを切り替え、次はマリの方へ猛突進!
「こっち来ないでぇぇぇええ!」
オリビアはその様子をじっと見つめていたが、突然何かを思い出したように叫んだ。
「止めてあげるのね!!」
召喚した杖を取り出し、呪文を唱えながら板へ魔力を集中させる。
「禁制・固定術式・第二層・オリビア式・ロックオン!」
ドンッ!!と軽い衝撃と共に、板がピタリと止まった。
「……あ、止まった?」
「ふ、ふぅ……オリビア先生、ナイスです……」
「ありがとう先生……でも……」
ルカとミーアは、スネを抱えて座り込んでいた。
「……赤く腫れてる……」
「お、お茶にするのね!まずはお茶なのね!」
慌てて紅茶を淹れ始めるオリビア。
どこか挙動不審で、いつもの落ち着きとは違った。
──そして、三人が帰宅した後。
夜の研究室。
カーテンを閉め、扉をロックし、静まり返った部屋にオリビアが一人。
彼女は準備室へと入っていく。
ベッドの上には、色とりどりのぬいぐるみたちがずらり。
うさぎ、ねこ、くま、そして……ドラゴン風のものまで。
オリビアはふわふわのくまのぬいぐるみを抱きしめ、ぽすんとベッドに倒れ込む。
「……今日はちょっと疲れたのね……でも、みんなが無事でよかったのね……」
目を閉じながら、小さくあくびをひとつ。
「……ルカのスネ……冷やしてるといいのね……」
くすくすと笑いながら、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
その姿は、まるで年相応の、ちょっぴり子供っぽい少女そのものだった。
そして、穏やかな寝息が聞こえはじめる。
準備室のドアは静かに閉ざされ、夜は更けていった。




